【番外編】義理の弟は、姉の秘密を知りたがる(番外編)
「あれだけ騒いでおいて、気づかれてないと思っているのが面白いな」
アランは楽し気に口元を緩めた。
いつも物陰から自分たちの様子を伺っている女生徒がいることには気が付いていた。
本人は気配を消しているつもりらしいが、ただの令嬢がいくら気配を消したところで気が付かない訳がない。
初めは、スパイや暗殺者の類を疑ったが、本当にそうならばあまりにも尾行が下手すぎる。
陰で護衛している騎士たち曰く「ただの殿下達のファン」らしい。
「殿下達」ということは他にも対象者がいるのだろう。
聞いているのは、メアリーもその1人であると言うことだけだ。
害もない上に、何故か自分達の仲を応援してくれている様子でもあったので、放っておいている。
コソコソと覗かれるのはいい気分がしない者もいるかもしれないが、常に監視の目がある身としては些細なことだった。
それどころか、いないと妙な寂しさまで出てきたので、愛着が沸いていると言わざるを得ない。
今日も今日とて、草陰からコソコソと覗いていることには気が付いたが、途中から見知らぬ青年と何やら揉めだした。
そこそこの声量で会話しているため、話す内容が丸聞こえだ。
殺すだなんだと不穏な空気が漂っていたが、嫉妬に駆られた青年と、慌てふためく女生徒の様子でただの痴話げんかだと理解する。
つい、すれ違う2人の会話に気を取られてしまった。
なるほど第三者の目線で観察するのは、実に面白いものだ。
最終的に何やら大泣きする女生徒を青年が抱き寄せたので、そっと視線を外す。
どうやら痴話げんかは終わったらしい。
メアリーが起きるまでの退屈しのぎになったな、などと考えていると隣で眠っていたメアリーが身じろぎした。
もう少しこのままでいたかったが、残念ながら目を覚ましたようだ。
「あれ、私......」
目を開けたメアリーは、ぼんやりとした様子で状況を確認している。
そして、私に寄りかかって寝てしまっていたのだと理解した瞬間、彼女は飛び上がるように起き上がった。
「す、すみません!私、アラン様になんて無礼な……!」
「いい。寝不足だったのだろう?よく寝れたなら良かった」
私が笑いかけると、メアリーは申し訳なさそうな顔をした。
彼女は私に迷惑をかけたと思っているようだ。
メアリーになら、どんなことをされても迷惑ではないというのに。
しばらく私に謝っていたメアリーは、少し先にある草陰で大泣きする女生徒に気が付き動きを止めた。
「どうしたのかしら。泣いている方がいますね」
メアリーは心配そうに女生徒を見つめている。
優しい彼女は、知らない誰かが泣いていても、こうやって心を砕くのだ。
「心配いらない。あの青年と痴話げんかをしてたんだ。つい先ほど仲直りしたよ」
そう告げると、メアリーは表情を和らげた。
「良かった。仲直りしたんですね」
「あれは、犬も食わないって奴だ」
クスクスと笑う彼女につられて、私も笑みをこぼした。
しばらくそうやって笑い合い、日がだいぶ傾いた頃。
不意に彼女は寂しそうな顔をした。
「……遅くなっちゃいましたね。もうそろそろ帰らないと」
「……もうそんな時間か」
急に現実に引き戻されるかのような言葉。
草陰に隠れるあの2人の様に、愛を囁き合う関係であったなら。
もう少し側にいて欲しいと言えるのに。
そんな関係になれない私たちの立場が、もどかしい。
名残惜しいが、帰り支度のためここから立ち去ろうと腰を上げる。
けれど、草陰の2人が目に入り、お互いに動きを止めた。
「どうしましょう。帰るにはあの方達の側を横切らないといけませんね。お邪魔しちゃうかしら......」
困った顔で、メアリーは私を見上げた。
確かに、庭園から校舎に戻るには、2人の側を横切らないと帰れない。
抱き合う2人に気が付かれないように帰るのは難しいだろう。
「そうだな......」
気が付かれてもいいが、お互いに気まずいこと請け合いだ。
どうするかと考えながら、メアリーを見つめる。
ふと、妙案が思い浮かんだ。
そもそも、私はもう少し彼女と共にいたいのだ。
考え浮かんだ答えは、我ながら卑怯な気もしたが、側にいられるのならと言葉を続ける。
「......今邪魔するのは無粋だろう。彼らが立ち去るまで待つとしようか」
私の答えを聞いて、メアリーは何か考えた後、嬉しそうに頷いた。
「だから、もう少しこのまま......」
今だけは、彼女の側に。
草陰に隠れる2人に感謝しつつ、私は束の間の幸せを享受したのだった。
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