51-さすがはデック・マイヤーズ。いい音響かせる。
異世界召喚って奴は、要は肉体的なパラダイムシフトだ。それまで感じ取っていた感覚的価値観や物理的常識がひっくり返る現象、つまり『死』を介して肉体から解放された精神が別次元に再構築される時に強制ワールドシフトされる。それを別次元の召喚士がちょっとだけ働きかけるだけだ。
その次元を越える現象をヴァーチャライザーを使って仮想的に再現してやればいい。時間効果を自在に修正できる時法算術とツヨイココロをもってメタ認知再構築能力を発揮すればそれは可能だ。
時間をかけて自信を持ってじっくり取り掛かればどんな仕事だってこなせるもんだ。その手順をちょいと修正して増長させてやればいい。異世界召喚なんてそんなもんだ。
そして、召喚される対象は何も生き物に限ったことじゃない。非生物だって召喚は可能なはずだ。いや、精神抵抗がない分だけ簡単に成功するはずだ。ツヨイココロを使えよ、勇者カナタ。非生物も異世界召喚できるんだ!
『ツヨイココロスキルレベルアップ。メタ認知再構築成功』
ヴァーチャライザーの柔らかなウィスパーボイスとともに、不意に圧倒的な存在感を背後に感じた。熱、そして微振動。その機械は確実にそこにある。
よし。非生物、物質の異世界召喚成功。これで勇者カナタはまた一段と強くなったわけだ。
「デック・マイヤーズ製のスチームエンジンだっ!」
金属の獣のように重々しく硬質な唸り声を上げるその鋼鉄の塊は、まるで蒸気を噴き出すために発生した超自然現象のようで、無限に動き続けるのではないかといぶかしむほどに激しくシャフトを回転させていた。
このスチームパンクワールド最新のエンジンは俺の16トンコンボイトラックよりも大きく、それでいて気が遠くなるほど膨大で精密なパーツが繊細に重なり合い、巨大生物の剥き出しの心臓のように細かく脈動していた。
スチームエンジンから生み出された回転エネルギーは新たな熱エネルギーへと変換されてエンジンのさらなる動力となる。言うなれば異世界の永久機関のようなものだ。
無尽蔵に作り出される蒸気エネルギーは金属メッシュホースを通して俺の左腕のスチームバンカーにストックされ、さらに増幅され、蒸気圧縮砲を充填して蹴爪ブーツの機動力となる。
「さすがはデック・マイヤーズ。いい音響かせる」
スチームエンジン音も高らかに、さあ、身体をスチームが駆け巡り、熱くなってきたぜ。圧縮蒸気砲の再充填もあっという間に完了。蹴爪ブーツのサスペンションもリザーバータンクもフル重圧だ。
『耐熱属性発動。すべての熱ダメージは無効。熱ダメージを超蒸気圧へ変換。物理攻撃力上昇』
スチームエンジンからの蒸気圧はあまりに熱く、ロングコートをたなびかせる俺のヒーローシルエットが白い光を放ち出す。
限界突破のヒーローパワーを魔王城タンクを持ち上げるためだけに消費してやる。タンクは無重力状態に囚われているんだ。これだけの大質量だろうと、四天王最高戦力だろうと、魔王が中に居ようと、ただシンプルにぶっ飛ばす!
「行くぜ、タンクッ!」
魔王城がぐわんとたわんだ。
城という建築物の構造上、絶対受けないであろう真下から持ち上げられるチカラに構造バランスがあっけなく崩壊した。ぐんっと急加速で迫り上がる城の基礎部分の動きと、城上部の細まった部位が無重力状態のためその場に留まり続けようとする自重とがぶつかり合い、そこを起点として絶望的な破壊音と壊滅的な亀裂が城全体に走った。
まだまだスチームエンジンからのエネルギー供給は止まらない。建築物の表面を波打つように伝播した運動エネルギーは塔の先端部分にまで到達した。俺が破壊した一本と、まだ形を保っているもう一本の尖塔が溢れ出るエネルギーに震え、伝わってきた運動エネルギーの移動力に耐えきれず無残にも砕け折れる。
「これがっ、異世界最高出力のっ、エンジンパワーだっ!」
これだけ巨大な城を駆動させる魔王城のエンジン部も相当のパワーとトルクがあるんだろうが、俺が知る限り異世界最高技師のデック・マイヤーズが製作したマシンに敵うものなんてありゃしない。
圧縮蒸気砲とスチームバンカー、そして両脚の蹴爪ブーツからジェット噴射のようにスチームを排出して、俺はついに巨大過ぎる魔王城タンクをリフトアップした。
ぐんぐん加速する城の土台部分が、自重があり過ぎるために運動エネルギーがまだ伝わっていない城の上層部に押し迫る。いかに異世界の建築物だろうと慣性の法則に従ってもらうぞ。
持ち上がる城の下部とその場に留まり続けようとする城の上部が激しくぶつかり合い、真ん中から歪み、ひしゃげ、砕け、折れ、潰れる感触と音とが俺の両腕にびりびりと伝わってきた。これこそ勝利の手応えだ。
「カナタ・インパクト!」
『圧縮蒸気砲再充填完了』
一気に城を陥させてもらう。魔王城をさらに高く突き上げるためにスチームエンジンのパワーで無重力空間を飛ぶ。そして無重力状態から解放してやる。重力に引かれて落ちてしまえ。
『アンチグラヴィティエリア解除』
森の上空に浮かぶ斜めに折れ曲がった城が再び重力の檻に囚われた。その瞬間に今まで聞いたこともない圧縮された破壊音が城の内部から響いてきた。そして、俺の目の前に落ちつつある城の底に、カナタ・インパクトが炸裂する。
「ジ・エンド・オブ・ブリリアント・セブンデイズ!」
ほぼ静止した時間の中で最高にヘビーな七連発を撃ち込む瞬間、俺は、あんぐりと口を開けてまさしくムンクな叫びの表情をして驚愕しているThe Dと、何かに期待するようなキラキラした目をしたイングリットさんの顔を見た。