35-相変わらずわけわからん
おいおい、待て待て。せっかくイングリットさんと防衛師団の連中抜きでこれからの話ができるチャンスだったのに、なに勝手に異世界転移しちゃってんだ。
青い空には斜めに歪んだ楕円形の太陽。右上から左下へざあーっと流れる白い雲。庭園に並べられたガーデンテーブルセットもきっちり斜めっている。
例のごとく、俺はざっくりと異世界転移してしまった。目の前に広がる斜めった世界と実体にかかる重力とに違和感があり、眩暈に似た頭クラクラ感がのし上がってくる。異世界酔いだ。
異世界酔いになる世界は限られている。あの斜め世界だ。ここはタイムレスワールド。
ブラックパラレルカナタのブラックヴァーチャライザーと俺のヴァーチャライザーが自動的に同期してしまって、俺の意思決定を待たずして16トントラックによって仮想死亡が成立したわけだ。
ヴァーチャライザーは俺が開発した次世代ゲーム機用のVRガジェットの試作機だ。一応オンラインプレイにも対応するよう近くにある他種端末と無線接続できる仕様にはなっている。世界に一台しか存在しないはずが、平行世界の俺の登場によって二台目のヴァーチャライザーと接続されたってことか。
「さて、と。ブラックの奴もタイムレスワールドに来てるのかな」
水平線以外が仰角66.6度の斜めに傾く壊れた異世界。そもそも時間の概念に手を突っ込んでいじり回すような奴らがいっぱいいる異世界だ。壊れた、というよりも、ぶっ壊れた異世界の方が似合ってる。
ここは、どこかの庭園っぽいな。ウッドデッキのテーブルにはアフタヌーンティーのセットが用意されている。向かい合うように椅子が二つ、誰も座っていない。
誰もいない。ブラックも、この異世界の友人も。しかしここは時系列を自在にいじれる世界だ。この時間に誰もいないからと言って油断はできない。
「異世界の友人はいつも突然訪れるものだな。ようこそ、異世界を探究するタナカ」
ほらな。背後から声をかけられた。つい数秒前まで誰もいなかったのに、そもそも数秒前って概念がないから的外れな表現になるが、振り返ればそこにフレスコ・スピリタスがずっと前から立っているように立っていた。
「よう、フレスコ。なあ、もう一人の俺も来なかったか?」
「不思議な表現だ。例えば、昨日のタナカはもう一人のオマエか? 明日からのタナカも含めればオマエは無限に存在する」
時法算術学者のフレスコはわざとらしく首を傾げて見せた。そしてふっと姿を消す。いや、消えたわけじゃないな。今までのパターンからすれば、移動時間をすっ飛ばしてテーブルに着くという結果のみを計算したってとこか。
アフタヌーンティーがセッティングされているテーブルに振り返れば、ほらな、やっぱりフレスコが湯気の沸き立つティーポットからお茶を注いでいる。それとも注いでいた、か。いつのまにか、何て不確かな言葉なんだろうか。この時間の概念がない異世界では無用の言葉だ。
「異世界を探究するカナタの時系列とは別の世界線のタナカだよ。全体的に黒っぽいカラーリングしてるブラックカナタだ」
フレスコは俺に椅子を勧めてから、俺のヒーロースタイルを上から下までじとっと眺めた。
頭に尖ったデザインのヘッドマウントディスプレイヴァーチャライザーを装備し、右腕にはかなりごつい圧縮蒸気砲。左手首に時間操作スマートフォンを括り付け、荷重力偏移ベルトはまさしくヒーローチャンピオンズベルトだ。新装備の蹴爪ブーツはまるでメカナイズされたヒクイドリのそれ、縫製前の重力編集ロングコートを肩に羽織っている。それぞれの装備に金属的なシルバーと俺のイメージカラーであるパープルのラインが走っている。
「ブラックタナカがいるなら、オマエはパープルタナカか」
いやいや、その発想はなかった。俺がパープルカナタで、ブラックがオリジナルかよ。それは違う。俺こそが最高のタナカであり、オリジナルカナタだ。
「少なくとも、オレは黒いタナカとは出会っていない。これから出会うこともなかったな」
テーブルに片肘をつき、ロングスカートの脚を柔らかく組むフレスコ・スピリタス。空間の斜めにぴったり合った仰角66.6度のぱっつん前髪をさらりと流し、相変わらず男か女か不明な中性的な微笑みを向けてくる。
「オマエはどうだ? ブラックタナカはオマエと出会っているのか? あるいは、パープルタナカはオマエと出会っていたのか」
「また小難しいこと言いやがって」
「出会う、と、出会った、は違うようで結果は同じだろ? オマエは別の世界線とやらのオマエと出会ったってだけで、オマエ自身と同時刻に出会うのとはまた違う現実だ」
「ブラックとか関係なく俺は同時刻に一人だけってことか?」
「オマエがここにいたという結果が、オマエがここにいる原因と理由をおしえてくれるものさ」
「相変わらずわけわからん」
時間の概念がない異世界人との会話はやたら哲学的になってしまって疲れてくる。めんどくさい思考と会話はもうやめて、俺もアフタヌーンティーをいただくとするか。
「オマエの愛しのイングリットさんのために、オマエはここにいるんだろ?」
フレスコが注いでくれた俺のカップの甘茶は、ついさっきまで湯気を立てていたはずがいつのまにか凍るほど冷たくなっていた。
「イングリットさんのため?」
「オマエがここにいるのが、オマエがここに来た因果なんだよ」




