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夫の事について その一

 王都の町は相変わらず賑やかで、昼という事もありそこかしこから美味しそうな匂いが漂ってきます。


 そんな町中をライル様と並んで歩いて行きます。


「そうそう。俺にまでお弁当作ってくれてありがとね。とっても美味しかったよ」

「そう言っていただけるのなら頑張った甲斐がありました」


 少しばかりご迷惑になってしまったらどうしようと思っていたので、美味しかったと言ってもらえて嬉しいです。


「あ、あの、ディー様も食べてくれていましたか?」


 手料理初披露となるお弁当だったのです。その辺りは物凄く気になります。


「美味しそうに食べてたよ。……俺のお弁当まで奪うほどに」

「え?」

「いやいや、何でもないよ。まあ、感想はディート自身から聞くといいよ。きっと大絶賛すると思う」

「そ、そうでしょうか? そうだったら良いのですが」


 ディー様自身に感想を聞くのは少々勇気がいりそうですが、今後のお弁当制作のためにも感想はちゃんとお聞きしておきましょう。


「あの」

「何?」

「実は前々からお聞きしたかった事があるのですが」


 ライル様と二人でお話しできる機会に恵まれましたので、気になっていた事を聞いてみようと思います。


「なになに? 何でも聞いてよ」

「ありがとうございます。その、以前お聞きした時はディー様にはぐらかされてしまいましたが、お二人がご友人になられた辺りのお話をずっと聞いてみたくて。あの、話せないという事でしたらもう二度と聞いたりしませんから」


 ミランダさんから好きな人の事は知りたくなるものだという事を聞き、その通りだと思ったのです。私もディー様の事は何でも知りたいと思いますし、私の事も知ってもらいたいと思うのです。ですが私は今までディー様好みの女性になるために日々を費やしていたため、ディー様自身の事を知ろうとしてこなかったのです。


 私は自分の気持ちにすら気付けなかった鈍感娘です。きっと気付かぬうちにお慕いする気持ちが大きくなり過ぎて、嫌われたくない一心でディー様好みの逞しい体を手に入れる事に躍起になっていたのだと思います。ですがこれからはそれと並行してディー様自身の事を知っていきたいと思うのです。


 知りたいと言っても、どういう子供時代だったのかとか何が苦手で何が好きかとか、そういう些細な事でいいのです。どんな些細な事であってもディー様が生きてきた道のりを知る事ができるなら、それだけで私は嬉しいと思えるのです。


 ですから、ディー様とライル様のご関係に関しても知りたいと思うのです。


「夜会の時の話? あれは場所が悪かっただけの話で、ディートだって別に隠そうとしてたわけじゃないと思うよ」

「そうなのですか?」

「たぶんね。でもいい機会だし、ちょっと話しておこうかな」


 ライル様は一度私の方に視線を向けた後、視線を進行方向に戻してからそれを教えてくださいました。


「俺がディートと初めて会ったのは十歳の頃。地方の町で出会って、その時は少しだけ一緒に遊んだくらいの関係で終わっちゃったんだ。それからしばらくは会う事もなかったんだけど、俺が王城に見習いとして出仕し始めた頃に同じように出仕してたディートと偶然再会してね。それからいろいろあって今もこうして一緒にいるってわけ」


 ディー様とライル様はとても仲が良いので幼馴染なのかと思っていたのですが、実際はそうではなかったようです。


「見習い出仕ってほとんど雑用仕事ばっかりでさ、見習いは俺ん家みたいにあんまり家格も高くない貴族の子供がするのが一般的で、上位貴族のご子息たちはそんな雑用なんかせずに最初から重要な役職に就いてる人の下に付いて仕事を教わるのが普通なんだ。でもディートは、国でも十指に入る程の大貴族家の跡取りだっていうのに俺たちと同じように雑用仕事してたんだよ。それを知った時は滅茶苦茶ビックリしたんだよね、俺。他の奴らからも物好きな奴だとか言われて、もしかしたら愛人の子なのか、それとも養子なのかって噂されてたな」

「そんな噂が?」

「誤解がないように言っておくけど、ディートは正真正銘レヴェリー侯爵夫妻の実子だよ。愛人の子でもないし養子でもないから」


 ライル様はディー様と初めて出会った時に、話はしなかったもののディー様のご両親のお顔は拝見していたそうです。ですから、ディー様がご両親のどちらにも似ていた事を今でも覚えているそうです。ライル様はディー様のお祖父様にも生前何度もお会いした事があるようで、お祖父様とお父様とディー様は誰が見ても血族だと分かるくらいに目元がそっくりだったとか。


 ディー様はあまりご家族の事を話そうとはなさらないので、私は今までご両親を早くに亡くされている事とお祖父様も三年ほど前に亡くされている事くらいしか知りませんでした。ですがディー様の人となりを思えば、きっと素敵なご家族だったと思うのです。

 私はディー様のご家族にお会いする事は叶いませんでしたが、できる事ならお会いしてみたかったです。


「ディートは何て言うか、良くも悪くも真面目なんだよね。見習いの事に関しても、何の苦労もせずに人の上に立っても良き指導者になれるわけがない、とか考えて俺たちと一緒に雑用仕事してたみたいだし。何でも、お祖父様もご両親もそう言う考えの人たちだったんだって。凄いよね。俺だったら家の威光を利用して楽する事を考えるけどな。俺の家凄いんだぜ! とか何とか言って」


 肩を竦めながらそんな事を言うライル様の様子に少しだけ笑ってしまいました。


「俺、貴族はみんな傲慢で自分勝手な奴らばっかりだと思ってたけど、ディートに会ってそうじゃないんだって知ったんだ。それだけじゃなくて、ディートにはいろいろ教えてもらったしいろいろ助けてもらった。だからディートは俺にとって大切な恩人なんだ」


 遠くを見つめるライル様の瞳に少しだけ切なさが見えたのですが、それについては気付かなかった事にしておこうと思います。


「俺ずっと別の場所で暮らしてたから、フロウ伯爵家で暮らし始めたは十三歳くらいの頃からだったんだ」

「え、そうだったんですか?」

「うん。兄さんに引き取られるまで自分が貴族だって事すら知らなかったよ。だからフロウ伯爵家の邸に来たばかりの頃は戸惑ってばかりだった。そんな時にディートに再会して、いろいろお世話になったんだ」


 何でも、ライル様は生まれてすぐに一般家庭へと養子に出されたようで、ずっと平民だと思って生きてこられたようです。


 何と言いますか、フロウ伯爵家の内情は複雑なようですので、この話を聞いてしまって良かったのかと不安になってしまいました。


「俺とディートが出会った頃の話をすると話の流れでこの話になるかもしれないとディートは思ったんじゃないかな。実際にディートと初めて会った時は、俺は伯爵家とは無縁の場所にいたからね。だから夜会の時は話を濁したんだと思うよ」


 それを聞いて、ディー様がどれだけライル様の事を友人として大切に思っているのかが分かった様な気がしました。そしてそれを理解しているライル様も、きっとそんなディー様だからこそずっとご友人でいるのだと思うのです。


「ディートはそうやっていっつも人の事ばっかりでさ。自分が不利益を被ったって誰かが助かるならそれで構わないと思ってるところがあるんだ。ディートのそういうところ、俺はあんまり好きじゃない」


 それを言うライル様は心配そうな顔をしています。その顔は、夜会の時にディー様もしていた顔です。


「口では黒い発言してても頭の中ではいつだって誰も傷付かない方法を考えてる。ディートはそんな奴だから、そこに付け込まれる事が多々あるんだ。友人としてディートをいいように利用しようとする奴には腹が立つのは当たり前なんだけど、当の本人がそういう事を然程気にしないってところにももどかしさを感じるというか」

「ライル様の仰りたい事は分かります。私だってディー様を利用しようとする方には嫌な気持ちしか抱けません」

「でしょう! そうなんだよ。でもディートにはその辺りが上手く伝わらなくてさ。いつも「何を怒ってるんだ?」とか聞かれるし! 治水工事の見積もりは河川が国を跨いでいようと俺たちの仕事じゃないのに!」


 その時の事を思い出しているのか、ライル様が頬を膨らましてムスッとしております。そのお顔はちょっと可愛いです。


「そういうお仕事も引き受けてしまうのですか?」

「引き受けてるわけじゃなくて押し付けられるんだ、別部署の無能なお偉いさんに。ああでも大丈夫だよ。ほとんどディートが目にする前に俺や部署の子たちが突き返しに行ってるから。無駄な仕事増やされるとディートが家に帰らなくなるから、俺も部署の子たちもそりゃあもう必死だよ」


 私を見下ろすライル様が力ない笑みを向けてきます。どうしたのかと思って見つめ返せば、何故か謝罪されてしまいました。


「ごめんね、ディートを早く家に帰せなくて。俺たちもディートに仕事を回さないようにしてるんだけど、アイツ真面目だから、自分の仕事が終わったら部署の子たちが抱えてる仕事を手伝いはじめるし。さっさと帰れって言ってるのに結局遅くまで付き合ってくれてさ。全く、仕事や俺たちの事よりリリちゃんの方が大事だろうに」


 ディー様が遅く帰宅されるのはそういった理由があったからなのだと今初めて知りました。私はただお仕事がお忙しいとばかり思っておりましたが、ディー様やライル様たち双方の気遣いを知った今、先ほどディー様に一緒にいる時間が欲しいなどと話してしまった私は結局自分の事しか考えていなかったのだと思い知りました。反省です。


「皆さんの大変さを微塵も分かっていなかった自分がとても恥ずかしいです」

「リリちゃんは気にしなくていいんだよ。元はと言えば、俺たちがディートに甘え過ぎてたのが悪いんだ。ディートももう結婚したんだし、これからは家族の方を優先してもらいたいんだよね。だから今までお世話になった分、今度は俺たちがディートの力になれたらいいと思ってる。部署の子たちはみんなそう思ってる」


 フロウ伯爵家の夜会でお会いした部署の皆さんからはたくさんのお祝いの言葉を頂きましたからディー様はとても慕われているのだと思っておりましたが、その信頼はディー様自身が築いてきた大切な繋がりでもあったのですね。


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