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「あ、あの・・・ごめんなさい。私のことなんて・・・。」
「いや、もっと聞かせてくれ。本当に君は記憶がないのか?」
思わず、彼が何を考えているのか分からず首をかしげる。
「どんな事故で?子供は今何歳?」
矢継ぎ早の質問。
「え、あ・・・。事故は恐らく交通事故だったんだと思います。」
「恐らく?」
「はい。山道で運転を誤った車から投げ出されて・・・雪山だったんですが、いい人に見つけてもらって、病院に運ばれたらしいです。」
こんなこと話してもいいのかしら?
個人的なこと・・・。
でも余りに必死に見えるから・・・。
「一緒に乗っていた人は?」
「どうなったのか、分かりません。」
聞いてないので。
ううん、話してくれないの。
誰も・・・。
「そう・・・子供は?いつ?」
「え、あぁ・・・アルヴィンは、私が命の綱渡りをしている時もお腹の中に、妊娠していると教えてもらったのは、意識がはっきりしてからだったんですが、・・・。思いのほか体の回復が早くて、あの子も助けてもらえたんです。」
私の宝であるアルヴィンの年齢を告げながら、過去に思いを巡らせた。とは言っても私の歴史など記憶上たかだか10年だ。
目が覚めて自分のそれまでの記憶がなかったこと、まだ十代の子供だった私が妊娠していたと言う事実は、私を大きく混乱させた。名前も分からない妊娠しているふしだらな子供。クロフォード家の祖父母が孤児院に来るまでと養父母の家に引き取られるまで囁かれていた言葉だ。
目の前の彼もアルヴィンの年を聞いてそう思っただろうか。
「ど、どんな髪の色に、瞳の色を?」
待っていた嘲りの言葉は彼から出てこなかった。
「あ、あの、どうなさったんですか?」
「頼む…貴女の子供の髪の色と瞳の色を…。」
何だろう?すがるような表情。
暗闇だけど彼の美しい緑の瞳が私を見ている。
その色はアルヴィンの色に似ていると思った。
彼に正直に伝えた。
声に出すとますますアルヴィンに会いたくなった。
それだけのことに声が震えて胸が痛んだ。
彼は何処か安堵の表情を見せたけど直ぐに考え込んだ。
「あ、あのミスター?」
「出来るなら、貴女には、クラウディオと…。」
彼の瞳に明らかな熱を感じ私の頬にも熱がこもった。
「しばらく、イタリアを留守にします。工場見学など必要な手配は私が帰ってからにしていただけませんか?」
えっ?そ、そんなっ!
「こ、困りますっ!わた」
「頼む!」
意味が分からない。
けれど、彼に肩を捕まれ頭を下げられたら、何もいえなくなった。
「こ、子供と毎日電話することを許していただけますか?」
「そんなことは、もちろん!」
「だって、国際電話ですよ?」
彼は柔らかく笑った。
「問題ない。大伯母様の相手をしていて欲しい。あの方は、ある事件以降御自分を責めて生きている。」
あの方が?
「で、でも・・・私に勤まりますか?」
「俺の予感が外れでなければ・・・。」
彼はそう言って部屋を出て行った。
イギリスへ帰る予定が立たなくなってしまったことが悲しく辛いのに、心のどこかで何かの鐘がなる音がした。
つづく
2017年2月…コメントに気付き、ちょっと加筆。次話を書いていたら消えてしまい、今に至ってます。