第5話(8/8)
『ほな、通信終わり』
『はい』
小手先でどうこうできる状況じゃないから、早々に通信は終わった。このあたりの気遣いというか、感覚が共有できるのはありがたい。伊達に元プロじゃないってわけだ。
それはさておき。
うまいことやられたな、と思った。
(あるにはある動きだけど……)
実戦でさくっと出されるとさすがにビビる。
この状況をどうにかできる都合のいい奥の手があればいいが、ないものは仕方ない。地力でなんとか勝つしかない。
逆に相手が奥の手を出して来たら終わる。私にはさっきのカマル選手のようなとっさの対応力はない。できる限り情報を集め、予習し、カウンターのタイミングを覚え込んできた。
(やるしかない)
何度も言い聞かせてきたことだ。
カウントが、ゼロになった。
前に踏み込み、距離を詰める。重心を低く、すり足みたいに、じりじりと近づいていく。カウンターのタイミングを決して外すことのないように、視界にカマル選手を捉え続ける。
彼女は相変わらず、地面に張り付くような姿勢だ。
私が射程内に入るのをじっと待つような目に見える。
勘違いだった。
四肢を使って、滑るように突進してきた。思わず体が動きそうになるが、リアクションをこらえる。まだだ。近づいてくるなら好都合。
(来い!)
こちらの狙いに気づいたか、彼女の初撃は足払いだった。最低限、地面から浮かせることで回避。今度は手を払いに来た。こちらも手首を返し、互いの手が弾かれる。宙を舞う、ふたつのこぶしがコアを直接狙いに来た。
(カウンターで決める──!)
私は避けなかった。
頭の中でガラスが割れる音がする。
1カウントスタート。
右のこぶしを突き立てるようにして、相手のコアを破壊する。再度、ガラスが割れる音がして──、私は目を見開いた。
(──世界が傾いている)
左側には、水がある。右側には宇宙をバックに、カマル選手がこちらを見つめている。喜びや安心といった色はなく、倦怠感があるように思えた。
頭から、着水し、また1カウントが始まるが、水中で姿勢を保つだけでその時間は過ぎた。
カウンターの成立条件は、相手の得点から1秒以内に得点すること。この1秒間のカウントが連鎖する以上、たとえ互いのコアが破壊されていても、着水さえさせれば点は取れる。
(カウンターに対するカウンターか。普通だったら、まず成立しない。対策してる選手なんて一人もいないだろう。カマル選手も、そんな練習をしてきたとは思わない。アドリブであれができるだけの実力を持っていたってだけ……)
しかしそうなると、ああ、そうか。
一連の動きは、これまでとはレベルが違いすぎる。
(人が急に強くなることはない。ただ、そう見えることはある)
カマル・アイマンは本気じゃなかった。私が、彼女の一回戦の相手よりも善戦できたのは、彼女が手を抜いていたからだ。必要最小限のスペックで勝てばいいと考え、そして見事成し遂げたのだ。
彼女に、彼女のコーチに、驚きはないだろう。勝てる相手に勝っただけだ。彼女たちの考えていたことは、どれぐらい手を抜けるか、という調整である。
よろしい、私は負け犬だ。
──勝つのはこれから。
野石研人、ルーザーズへ。カマル・アイマン、ウィナーズ3回戦へ。
いずれも、次の試合は翌日である。




