第6話 森のヒグマにご用心
数時間後。たびかさなるモンスターの襲撃をしりぞけた俺たちの前に、バカでかい青銅の扉が立ちはだかっていた。どう見てもここが、B3Fの最深部のようだ。
「おい、上層のボスというのは、どういうヤツなんだ。ある程度の情報は、冒険者たちのあいだで、共有されているのだろう」
そう言うと、俺は扉開きの呪文の詠唱をスタート。……ったく、こーいうのはひとりでにゴゴゴゴとおいでませするのが、礼儀じゃないのか。つくづく、ダンジョンってのはサービスが悪いなぁ。
「ああ……このフロアは、魔物の勢力圏の入れかわりが激しいからな。その時にいちばん勢いのある群れのヌシが、ボスとして待ち構えているんだ。巨大蛇なら当たり、爬虫王なら普通、重魔狼ならハズレといったあんばいだな」
得物を聖油でメンテナンスしながら、ゼラが答える。彼女の冷静さを映すかのように、刃こぼれひとつないその刀身は、白銀に輝いていた。
ゆっくりと、決戦場へ続くゲートが開いていく。妖樹の幹とこずえに囲まれた、ドーム状の空間。そこに、鎮座していたのは――
「グオオオオオオアアッ!!」
クマだ。熊……なのだが、体高は5メートルを軽く超えている。毛は、夜そのものの漆黒。一本一本が針金のように太いそれが、獣の全身をおおう鎧となっている。
そいつは、ルビーのごとく血走った眼で、俺たちをしっかと見すえていた。
「夜叉羆……! クソッ、大ハズレだ……! おい、私が時間を稼ぐから、飛行呪文の準備を――」
数歩前をいくゼラが、血相を変えて振りかえった。目を大きく見ひらき、剣の柄を握りしめる手が、わなわなと震えている。
「ククク、なかなか手ごわいヤツが出てきたようだなァ。確かに、ダンジョンの外のモンスターとはちがう、凄みを感じるぞ」
「余裕ぶるのはやめろ。中層のオオモノにも匹敵する、突然変異の魔獣……ヤツが出てきたら、誰かひとりを囮にして、即撤退がセオリーだ。私なら、大丈夫だ。わるいことは、言わん。逃げろ……!」
好都合だ。規格外のモンスターを圧倒的パワーで殲滅することで、俺の強さを見せつける。さあアモンよ、お前のスキルの真価を、見せてみろ――!
「ふん、男に媚を売ることしか能のないアバズレめ、下がって水割りでも作っておけ。大迷宮を完全制覇するウィザードの強さを、その目に焼きつけるがいい」
俺はそう言うと――キュイン。じゃっかんステータスが上がるのを感じた――力あることばを、舌にのせた。
◇◆◇◆◇
「ガアァッ!」
魔獣が吼える。びりびりと、大気が振動……大きくひらいた口の周りに、紅蓮のプラズマがほとばしり――瘴気をおびた、極太の熱線が俺に向かって放たれた。
「大蔦壁!」
拳を地面にたたきつけ、魔力をリリース。しゅるしゅるしゅるっ! 急速成長したツル草が、あっという間に木の防護壁を編みあげる。
水と土の複合呪文、森林エリアと相性抜群の、防御術式である。それを俺は、熱線を阻むように――10枚同時に、展開した。
ぎゃぎゃぎゃぎゃん! 壁を5枚まで貫いたところで、熱線の放射がやんだ。周囲には、木が燃えるにおいと水蒸気が、立ちこめている。
攻撃をよけるのは、たやすい。しかし俺は、自分がダンジョン最深部に到達しうる実力者であることを、示す必要があるのだ。
少なくとも、俺のことを死ぬほど嫌っているゼラに、中層以降の探索に付いてくる決心をさせねばならない。なのですべての攻撃を、正面から受けきって倒すことにした。
「グオアァッ!」
大熊が、爪で地面をえぐって土塊をとばす。俺はそれを、火球で迎撃。細かい石つぶては、風の防護壁でブロック。そのまま、連続して火球を撃ちこみ続けた。
「グ……ウガアアアッ!」
モンスターが、火魔術での挑発に耐えかねたのか、猛然と突進。インファイトで、勝負を決めるつもりのようだ。
ツタの防御壁を破壊しながら進む魔獣の前あしが、地面から湧いて出てきた、茶色のケムリに包まれ――瞬時にして、ボトリと溶けおちた。
「グギャアアアアッ!?」
反転・酸蝕雲。おなじく、水と土の複合魔術である。土壌中の細菌を異常活性化させて、腐食性のガスを生みだす。
本来は、強酸性の霧で攻撃する術。だが俺は研究のすえに、酸を中和する物質のほうが、生物への毒性が高いことに気づいていた。
しかしチートスキルでのブーストがなければ、これほどスムーズな発動は困難だっただろう。
魔獣が苦しみながら、ゴロゴロと横に転がる。かたほうの腕に生命エネルギーを集中させ、組織を修復……再び立ちあがり、噛みつかんと迫る! だがその頃には、俺は次の呪文の詠唱を終えていた。
「――蒸爆土砲!」
ぐさぁっ! ……どっかああぁん!
地面から突きでた、内部が空洞な土の槍が、モンスターの表皮を穿つ。その中で、火と水の魔力を合成し、水蒸気爆発! 高熱と、指向性をもった超圧力を噴射する、三属性複合呪文である。
「グ……グエアアアアッ!」
魔獣がはるか遠くに吹っとび、木の幹に叩きつけられる。そのままズルズルとすべり落ちるが……狂気的な闘志でもって、熱線のチャージを再開。
……退かないのであれば、しょうがない。よし、そろそろ終わらせてやる……!
魔力を集中。モンスターの上空に、局所的な黒雲が形成された。大気中に微細な氷分子を発生させ、気流操作でこすり合わせて……水と風の複合術、単純にして明快な、その名は――
「――落雷!」
どぎゃああん! ばりばりばりばりぃ!!
魔獣の全身が、はげしく明滅。ふと見ると、腐りおちた前足の断端から、ムカデ状のクリーチャーがはい出してきた。すかさずそいつを、発火で仕留める。
この蟲が突然変異の、元凶だったのだろうか。魔獣はしばし痙攣したのちに、動かなくなった……
◇◆◇◆◇
……いや、えぐい。えぐすぎる。本来、発動に長時間のコンセントレーションを要する、上位複合呪文。とうぜん、失敗や不発も多い。
しかしチートスキルの恩恵が、それらを息をするように、矢継ぎ早に放つことを可能にしていたのだ。
ファイアボールなどの基礎呪文の攻撃力も、大幅に上がっている。しかもあれだけ連続で魔術を撃ちまくったにもかかわらず、俺のMPにはまだ余裕があった。
先ほどの緊急援護や、水浴び事件でのステータス低下にもかかわらず、この効果。感動しながら振りかえった俺の目に、映ったのは――
「なんだ、その、でたらめな魔力は……! 多属性呪文の連射など、見たことないぞ……!」
(ふふん、どうやら、ワシのスキルとおぬしの相性は、申し分ないようじゃのう)
へたりこんで口をぽかんと開けているゼラと、その横に浮かんでホクホク顔のアモン。どうだ、凄いだろう。いや、ここで満足げなムードを出しては、いけないぞ……
「フン、なにを驚いている。念のため言っておくが、俺の暗黒魔導はまだ発展途上だ。やはり、このダンジョンの瘴気は、体によくなじむ……さあ、いったん帰還するぞ」
俺はよく分からない理屈のコメントをして、ボス部屋の奥から光を放っている転移ポータル――魔獣の討伐とともに、起動した――に向かって歩きはじめた。
「……おい、あと2人のパーティメンバーだが……人選は、貴様の推薦を聞こう。できるだけ腕が立つ者。それでいて、トラウマや辛い過去を持っている冒険者を考えておけ」
ポータルに乗りながら言う。当然、とまどう彼女。
「な、なぜ、そんなヘンな条件を……」
「知れたことよ。肉壁として使うためには、俺の言うがままに動く人間でなくてはな……弱みのあるヤツのほうが、奴隷にしやすいであろう。ク、クク、クハハハハ……!」
高笑いをあげつつ、ダンジョンの入口に帰還。うんうん、悪役を演じるのも、だんだん板についてきたぞ。
◇◆◇◆◇
ダンジョンを出ると、すでに日がかげり始めていた。と、横にならんで歩いていたゼラが立ち止まる。
「……」
「どうした」
「……私は、貴様のことは、全く好きになれん。だが、実力はホンモノだと分かった。姫さまのために、中層以降の探索も、よろしく頼む……」
うつむきながら、悔しそうに言った。よっしゃ、第1段階はミッションコンプリートだ。すかさず俺は、立ち去ろうとする彼女に――
「どこへ行く。さあ、宿に戻るぞ」
何をほざいてるんだという顔で、こっちを見るゼラ。
「は? いや、私はふつうに、借家に……」
「ク、ク、ク……我らは、もうパーティなのだぞ。俺は、ボスとの激闘で疲労こんぱいだ。この疲れは、貴様の肌で労ってもらわねばな……! むろん、拒否権はないぞ。嫌なら、メンバーから外れてもらうだけの話よ」
彼女の顔が、赤竜の翼膜よりも、深紅にそまった。
「ば、馬鹿野郎、この……! よりによって、迷宮の外でも辱めを……くうっ、殺せっ……!」
「仕事がら、アフターは慣れっこであろう。なぁに……全部やらせろとまでは、言わん。今晩は、添い寝だけで構わんぞ、フハハハハ……!」
キュインキュイン。INT(知力)と最大MPが大幅にUP。ごめんね、ゼラ。
俺は、「アフターはやってないぞ」と言いながらわなわなと震える彼女をあとに残して、市街にもどる道を、歩きはじめたのだった……
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