41.思いそれぞれ
イセンの婚約者の発表に世間が沸く中、マリワは自室で考えにふけっていた。考えていたのは先日ロリアとカミールに聞いた、王家専用の書棚を覗いた動機についてだ。
ロリアはもともと薬学に長けている。そこから先祖の薬師達の技術を学び、妖精の魔法に興味が移ったという理由は納得できる。
……そして、カミールは。
「光属性が妖精の魔法に近いから、妖精の魔法に興味を持った。」と言うがどうも腑に落ちない。イセンを操って王家の書棚の本を読む動機としては弱く思えた。カミールとロリアが読んだ本もそうだが、国家機密を含む資料もある。本を無断で閲覧したことがわかれば、その罪は極めて重い。
……ただの好奇心でここまでできる?こんなに賢い娘たちが?後先を考えずに?
マリワは首を振った。
……あり得ないわ。好奇心だけでここまでするなんて。もしかするとカミールは、過去に妖精の存在を疑うに値する何かがあったのかもしれないわね。まぁ、カミールもロリアも花びらとしてそばに置くことになるから、いずれはわかることでしょう。
「さて、」と立ち上がり、マリワは自室を出ると、花びらの運用にかかる会議へ向かった。
***
卒業式の日の夜、ロリアとカミールはロリアの部屋で祝杯を交わしていた。と、言ってもロリア特製のなんちゃってチェリー酒なのでアルコールは入っていない。
グラスを傾けて、「いい色ね。」と褒めるカミールを眺めながら、ロリアは言った。
「……あなたの思いどおりになったのかしらぁ?花びらの任命は棚ぼただったわね。」
カミールは特製チェリー酒をひと口飲むと、ゆっくりと答えた。
「……そうね。もともとは王室に取り入って、母の助手として王城に入ろうと思っていたものね。まさか、こんなに早く王城勤めが決まるなんて。メリアには感謝しかないわ。」
カミールは微笑んだ。
「確かに。雷竜様の祝福を持つメリアがいなかったら、私たちはまんまと側室にでもされていいように扱われていたでしょうね。恋の魔法にかかった状態では、妖精の魔法の研究すらやる気になれなかったものねぇ。」
やれやれ、とロリアは頭を振った。そして、「一応、釘を刺すけれど、」と真面目な顔で言った。
「王城勤めが始まっても、わたくしはあなたに協力するわぁ。あなたのあの話は興味深いし。ただ、」
「本当に安全が確保される範囲内、よね。もちろん、最初の約束は覚えているわ。」
ロリアの言葉を引き継ぎ、カミールは言った。
「わかってるならいいわぁ。わたくし、損はしたくないから。ま、今回の王妃様の閻魔の瞳は想定外だったけどね。」
ロリアが言うとカミールも頷いた。
「そうね。でも、そういう能力を持っていると知れたことはプラスね。」
カミールは微笑むとグラスを掲げた。
「ふふ、私たちのこれからの幸運にを祈念して、もう一度乾杯しようかしら?今日は飲みましょー!」
カミールが言うと、ロリアは吹き出す。
「カミール、あなた酔っているの?そんなこと言うタイプじゃないでしょう?」
そこまで言って、ロリアはじっとカミールを見る。カミールはいつものようにニコニコしていた。
「まぁ、普段の優等生なあなたは建前だものね。乾杯しましょう。」
ロリアはそう言うと、グラスを掲げ、カミールとグラスを合わせる。「チン。」と軽やかな音が部屋に響いた。
***
「うーん。」とクローゼットの前で悩んだメリアは、これと決めてブラウンのワンピースを着た。これも、恋の魔法にかかっている時に買ったもので、おとなしめなデザインのものの1つだ。実はメリアは服を選ぶのが得意ではない。自分の髪色に合わせた服を考えるのにいつも苦労していた。恋の魔法の支配下では、服の好みなどはイセン王子の趣向が多少なりとも作用していたらしい。派手な服が多めでメリアの好みではなかったが、センスだけは抜群に良かった。
……イセン様には少し感謝だね。
メリアは着替えを済ませると待ち合わせ場所に向かった。途中、目に入った月刊花喋を購入した。すると、売店にいた学生と思われる客が、メリアを見てひそひそと話している。
「かっこいいー。メリアよ。王妃様の"花びら"に任命された……。」
メリアは足早に売店を後にした。王妃専属の騎士団、“花びら”に任命されたメンバーが発表されると、王妃様の言ったとおり、メリア達を見る周囲の目は変わった。婚約者候補争いに参入した頃は、蔑みや嘲笑の的だったメリアだが、花びらに任命された今では、尊敬や憧れの目を向けられるようになっていた。
待ち合わせ場所のカフェの前に着いた。メリアは先ほど購入した花喋を開く。中には妃教育を受けるオルレアについても書かれていた。当初は芸人の娘が勉強についていけるのかと、不安視する声も多かったのだが、イセンの婚約者となり張り切ったオルレアは、そんな周囲の不安を吹き飛ばす勢いで、必要な知識を吸収しているとのことだった。記事には王政学、歴史学、作法のテストで満点と書かれていて、メリアは思わず微笑んだ。
そして、もうひとつの記事。メリアが読みたかったものだ。
ーー王妃、王の元専属護衛と密会か?禁断の恋の行方は!?
との見出しで報じられているのは、王妃の部屋に昼夜問わず、王の元専属護衛のエルタが頻繁に出入りしているというものだった。おそらく、花びらの運用などについて話しているだけなのだろうが、周囲からすれば王妃が王に愛想をつかし、学生時代に仲睦まじかったエルタと復縁しようしていると映ったようだ。
「噂を放置してるってことは、王妃様自身のお考えなんだろうよ。そういうの徹底してるだろ。」
不意に背後から声がかかり、誰かがメリアから花喋を取り上げようとした。しかし、メリアはくるりと振り返りながら手を払いそれを阻む。
「あ、ジオラス。ぴったりだね。」
時計を見ながらメリアは言った。
「完全に油断していると思ったんだけどなぁー。」
ジオラスはちょっと悔しそうだ。
「さっきの話だけど、やっぱりあえてなんだろうね。いかにも逢引してます、みたいな記事放置してるの。」
「だろうよ。あの王妃様だぜ?多分、王様に対しての嫌がらせだろ。あと、『あなたの行動しだいで離縁も可能だ』って意思表示じゃない?そんなこと可能かどうかは別として、王妃様がいなくなって1番困るのは王様だからさ。」
「だから、メリアが心配することじゃないぜ。」
そういうとジオラスはメリアの眉間をツンと突こうとした。……が、その指はメリアに掴まれ天を向けられる。
「いててててっ!可愛げが無いな!ほんとにもー!」
ジオラスは悔しそうだ。そんなジオラスをメリアは笑って見ていた。
「ま、兎に角入ろうぜ。」
ジオラスに促されて、待ち合わせのカフェへと入った。
席につくとさっそくドリンクとスイーツを注文した。ジオラスは店員に何か耳打ちしていたが、気にしないことにした。
「そういえば親父さんの反応はどうだった?」
ジオラスの問に、メリアは顔を顰めた。
「渋い顔してたよ。兄たちのことは素直に喜んでたのに。」
「心配なんだよ。たぶん、娘に怪我して欲しくないのさ。」
「でも、」とメリアは言いかけたが、ジオラスは「そういうもんなんだよ。」と諭すように言った。メリアは納得いかないと言うようにジオラスを睨んだが、ジオラスは優しい目でその視線を受け止めた。メリアは気恥かしくなり視線を反らす。何となく気まずくなって黙っていると、「お、来たぜ。」とジオラスが声をかけた。
頼んだ紅茶とスイーツが運ばれてきた。ジオラスはロックチョコレートケーキで、メリアはデザートプレートを頼んだのたが、チーズケーキに添えられた苺のソルベになぜかハートマークの入った小さな旗が刺さっている。
「んん?」
プレートをまじまじと見ると、ベリーのソースで文字が書かれていた。
「俺たち、付き合っちゃう?!」
「は?」とメリアはジオラスを睨む。
「これ、どういうつもり?」
ジオラスは照れて頭をかきながら言った。
「だって普通に伝えようとすると、何かといって避けるしさ。いい作戦だろ?」
ジオラスは得意顔だ。
「でも、付き合うって言ったって、危険な仕事に就くんだよ。ジオラスが思うような家庭築いたりとか、そういうのは……。」
「お、そんな将来まで考えてくれるんだ?嬉しいね。」
ジオラスが言うと、メリアは真っ赤になる。
「そういうつもりじゃなくて、」
「でも、俺はメリアがいいんだ。付き合うのも、将来のことを考えるのも。」
何も言えないメリアにジオラスはさらに言った。
「花びらの仕事は確かに危険だと思う。親たちが望むような家庭を築くこともできないかもしれない。でも、それを決めるのは俺たちだ。」
俯くメリアの肩にジオラスはそっと手を添えた。
「メリアは実家をあまり頼りたがらないし。これから大変なこともたくさんあるだろ。俺はメリアを支えたい。2人で乗り切りたいんだ。」
メリアは顔を上げ、ジオラスを見た。ジオラスはニッと笑っている。覚悟ができていないのは自分の方なのだと思わされる。すーっと息を吸い、メリアは答えた。
「……それなら、よろしく。今度は私が守るから。」
メリアが言うとジオラスは「気負うなよ。お互い様だろ?」と答えた。
「うーん。ロマンティックが足りないわね?」
思わぬ乱入者にメリアとジオラスはビクッとして声の主を見る。
「やめようよー」と、腕を押さえるイセンと共にいたのはオルレアだった。2人とも帽子や眼鏡で軽く変装している。
「せっかくいいところに居合わせたと思ったのにぃー。」
残念がるオルレアに、「お忍びて来たんなら忍んでおけよ!」とジオラスは突っ込んだ。
「怒らないでよー。」とオルレアは笑っている。イセンは「すまない。」と言いながら、ペコペコジオラスとメリアに頭を下げていた。
呆れるジオラスに、今度はまた別の声がかかる。
「いい店だろ?王妃様も好きだったんだよなぁ。告白は成功だろ?」
「エルタ様!」
メリアが驚いて言うと、ジオラスは顔をおさえて言った。
「なんで居るんすか?」
「だって、心配だったから……。」とエルタはゴニョゴニョとジオラスに言った。
この調子だと、王妃様やカミールたちも居るのではないかと、メリアは店内を見回したが、さすがにいないようだった。
気がつけばイセンたちも待ち合わせだと思った店員が、テーブルを繋げて相席にしていた。エルタ達は何やら盛り上がっている。「王様の右腕は治ったらしいな。」とエルタが言うと、「母上に焼かれて罪が浄化されたようです。……というか、外でこの話はしないでください。」と焦るイセンに、「なになにー?」とオルレアが身を乗り出している。ジオラスは完全に不貞腐れていた。
パチッ
メリアは静電気程度の力で、ジオラスの指に電撃をぶつける。ジオラスがメリアを見る。メリアは聞こえるか聞こえないかギリギリの小さな声で言った。
「今度は2人で会おう。ね?」
ジオラスはパッと顔を耀かせ無邪気に笑った。普段の凛々しい様子とは違う、その笑顔を見てメリアはつくづく思う。
……こういうところに、私は惹かれていたんだ。
ジオラスが言ったように2人なら何でも乗り切れる気がした。
……ジオラスとこの先も共にいる為に、私は強くなりたい。
メリアはジオラスに微笑み返した。瞳と瞳を合わせ軽く頷き合うと、思いがけず賑やかになってしまった、午後のティータイムを楽しんだ。




