30.救出劇
「メリア!!」
落下の衝撃に備えて強張らせた体は、誰かの力強い腕に抱きとめられた。
「ジオラス?」
自分を取り戻してからもずっと戻ることのなかった記憶。それが先ほど魔法陣を壊したことで戻ってきた。メリアは久しぶりにジオラスの名前を口にした。ジオラスはニッとメリアに微笑んだ。だが、メリアはすでに体力の限界を迎えていた。緊張の糸が切れると同時に、メリアは意識を失った。
***
これは、花園でイセン王子とメリア達が対峙する数刻前のこと。お披露目会があるとメリアから聞いていたジオラスは学園の中庭にいた。
というのも、ジオラスは先日の魔獣討伐のあとのメリアの様子を気にかけていた。なので、王城へ向かう前のメリアにひと言かけようと思ったのだ。……と言ってもなんと声をかけるべきか、ジオラスはわかっていなかったが、とにかく顔を見たいと王城の城壁に接する中庭のあたりをウロウロしていた。ここにいれば、城門の辺りに人がくれば見えるし、大声で呼べば間違いなく気がついてもらえるだろう。話し声が聞こえ、声の方を向いたジオラスは驚いた。令嬢達は何故か城門ではなく、ジオラスのいる中庭に向って歩いて来る。ジオラスは思わず身を隠した。
……お披露目会に参加するはずの令嬢達がなんでこっちに?
令嬢たちは中庭の城壁の前で何かワイワイやっている。何をしているのだろうと呆れたところで、城壁が歪み秘密の入り口が出現するのを見た。ぎょっとしていると、続いてざわりと何かの気配を感じる。
……射撃場の外で感じた気配と同じだ!
土属性は探知魔法をあまり得意としない。だが、ジオラスの探知魔法は土属性の割に精度が高かった。
……木霊か?
ジオラスは木霊を見ることはできない。だが、木霊が移動する際に生じる微かな振動を探知によりキャッチしていた。木霊がどこへ行くのかは知らない。だが、木霊もまた令嬢たちを見張っていたのであれば、今あったことを誰かに知らせるに違いない。考えすぎかもしれないが、そうであれば邪魔するべきだろう。
ジオラスは中庭の土を操り、もあっと煙幕のように土埃を立てた。木霊は行くべき方向を見失い、土埃の中で右往左往している。土埃の中にいることで、ジオラスは木霊の位置を正確に把握することができた。
……こんな使い道ができるとはな。
ジオラスは思わぬ収穫にニヤリとした。
「しばらくここで遊んでようぜ。」
ジオラスはしばらく木霊を翻弄し続けた。これによって、イセンは木霊の報告をすぐに受け取れずに後手に回ったわけだ。もし、木霊が邪魔されずイセンの元へ向かえていたのであれば、扉の暗号で足止めされていたメリア達に追いついていたことだろう。
強い風が吹き、土埃が晴れた一瞬を突き、木霊は逃げてしまった。
……さて、鬼が出るか、蛇が出るか。
ジオラスはしばらく中庭の木陰に身を潜めていた。木霊を逃がして十数分のうち、イセン王子が慌てて走ってくるのが見えた。イセン王子もまた、令嬢たちがしていたように、城壁の前で何かをしていた。ジオラスはそっと近づき、壁に穴が開くのを確認すると、イセン王子の後に続き通路に侵入した。
イセン王子に続き花園に侵入したジオラスは、物陰で一部始終を見ていた。少し距離があったので、話し声はよく聞こえなかったが、イセン王子が令嬢達に責め立てられているようだった。ロリアの魔力に染まった柘榴の瞳を見たイセン王子が崩れる。ジオラスには訳がわからなかったが、ロリアの目の色がイセン王子に衝撃を与えたことはわかった。
……魔法の習熟度によって、目の色変わったりするしな。
ロリアが魔力を帯びたときの目の色は確かに、もとの目の色と同じエメラルドだった。ただ、高等部の3年に上がったとき、ロリアの魔力の色は今の柘榴色に変わったのだ。薬を調合していたロリアの目の色が柘榴色に変わるところを、ジオラスはたまたま目撃していた。
メリアが壊雷花を使ったときは、衝撃波で後ろに飛ばされそうになった。地に足を踏ん張り、なんとか堪えることができた。土属性の特性で、地面に接していれば足を魔力で固定することができるのだ。
それにしても、ジオラスは何が行われているのかさっぱりだった。あれよあれよと言う間に、メリアが雷を落とし、怪しい気配がしたと思えば、猿のような奇妙な生物がイセン王子に突撃した。さらに、メリアが奇妙な生物を攻撃し、ロリアとオルレアはイセン王子の救出に走った。
自分が出る幕もなく終結かとジオラスが思ったその時だった。奇妙な生物が軽く空に向って手を振ると、メリアが温室の遥か上空に投げ出された。自身を守る魔法を発動されるのかと思えば、メリアは最後まで謎の生物に攻撃していた。
……おいおい、これじゃ……。
ジオラスの悪い予感は的中した。メリアは魔力切れを起こし、真っ逆さまに落ちていった。
今こそ自分の出番だと思った。花園の土を集めて階段を構築する。急ごしらえなので、ジオラスが次の段へ足を乗せる度に下の段が崩れていった。崩れる階段を一気に登り切り、メリアを抱きとめる。
「ジオラス?」
久しぶりに名前を呼ばれ、ジオラスは笑みを隠せなかった。足元が崩れ、ぐらりと体勢を崩したところで、ジオラスはもう一度気を引き締める。崩れ出した土の階段を再構築し、今度は一気に駆け下りる。メリアを抱きかかえて地上に着地すると、ロリアとカミールが駆け寄って来た。
「メリアをこちらへ!」
カミールはメリアをそのまま抱いているようジオラスに指示し、回復魔法をかけた。魔力切れを放置した場合、運が悪ければ死に至る。
「なんていいタイミングなの。」
ロリアは目を丸くしている。
「たまたま君たちが城壁の前で怪しいことやってるのを見かけたんだよ。」
「怪しいだなんて、失礼しちゃうわぁ。でも、本当によくやったわ。」
程なくして、メリアは目を覚ました。メリアは自分がジオラスにお姫様抱っこされている状態で眠っていたことに慌てる。
「ちょっと待って!何してるの!!降ろしてよ!」
「うわ。暴れるなって。今目覚めたばかりなんだから、大人しくしてろよ。」
「そうよ、メリア。第一、今日大活躍したあなたを地面に寝かせられる訳がないでしょう?」
カミールは「めっ!」と言うように、メリアの額をチョンと叩いた。そのため、メリアは仕方なくジオラスに抱っこされているしかなかった。顔から火が出そうだし、心臓も異常なくらいに脈打っていた。
5分か、10分か。メリアにはもっと長い時間に感じたのだが、「もういいでしょ?」とゆっくりジオラスに下ろしてもらい、メリアは状況を聞いた。
「イセン様は?」
カミールは「あそこよ。」と指を差した。オルレアが心配そうに膝枕で寝かせていた。ロリアはイセン王子の衣服から何かを探っているようだった。
「あー!やっぱり!あると思ったわぁ!!」
全員がロリアを見た。彼女は先ほど現れた使い魔よりも邪悪な顔で微笑んでいた。




