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月の調べと竜の巫女  作者: 水月 灯花


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名もなき夜のはなし

「――ねぇ。キミ」


 くすり、と笑い声が聞こえた。

 振り向いた途端に認識したのは、冷たい蒼が散らばる銀色と、血のような緋を散らした金色の瞳。

 闇夜よりも深い漆黒の髪。

 全身を淡く昏いひかりが取り巻き、ほの暗い何かを感じる存在がそこにいた。

 その顔には、ここ数日見覚えがある。


『オル……さん……?』


 ことり、と首が傾げられた。

 どこか不思議そうに、言葉が紡がれる。


「ああ、兄上をご存知なんだね。僕は生憎、兄上ではないよ」


 ニイ、と赤い唇の端がつり上がる。


「僕は混沌の使者さ。あちらとは異なる。――それよりも、キミさあ」


 ぎょろりと動いた目は、滑稽なモノを見るかのように細められる。


「――あの子を救ったつもりで自分を慰めているのかい?」


 その言葉に思わず頬がひきつったのは、それが図星ではなくても思い当たることがあるからだった。





 シュリュセルは王となってから、自分のことを『私』と呼ぶ。

 はじめてあった時より幾分大人び、『ぼく』と言っていたのを聞けなくなり寂しく思っていたが、寝る前には時折、千祈の服の裾を握って、亡き祖父のことを思い出し涙することがある。

 その時は寄り添うように手を握り頭を抱えているので、本来ならまだまだ甘えたい盛りの彼を遺して逝ってしまったひとびとは、さぞかし無念だっただろうなと考えた。


「……二人きりの時だけでいいから、わたしのことはシャルと呼んでくれないか?」


 彼の祖父はいつも、『小さな可愛いシャル』と呼び掛けていたらしい。

 千祈に否やがあるはずもない。そもそもシュリュセルという名前は日本人には発音しづらく、舌を噛みそうなこと数知れずだったので――大っぴらにいうとウィオラあたりからまた鞭が飛んできそうだが――願ったりかなったりである。

 一度、家族の肖像を見せてもらったことがある。

 竜王とか聞くとどうしてか頑強なイメージがあったが、シュリュセルが線の細い美形なことは遺伝であるらしく、父母、そして祖父にいたるまで皆繊細な容貌をしていた。

 見た目、三十歳程にしか見えないのに『おじいさま』とは恐れ入った。

 叔母や従姉はいるものの、血族の少ない彼の境遇を思うとさぞかし寂しいのだろうと予想はついた。


 まるで、自分のように。


 はじめて会った時からそうだ、千祈がシュリュセルに手を伸ばしたのは、その嘆きを誰より知っているからだ。

 同じ嘆きをいくつもいくつも、見てきたから。


 千祈に親はいない。

 かろうじて思い出せる記憶の中で、柔らかくて温かい手が優しく抱き締めてくれたことだけはよく覚えている。

 母は天涯孤独の身の上でシングルマザーであり、父親はどこの誰とも知れない。

 三歳になるかならないかといった頃に病で儚くなってしまったそうだ。

 親族が見受けられないということは、自動的に国の保護下に入ると言うこと。

 児童養護施設に入所し、そこを住処として千祈は成長していった。

 職員たちはたいてい愛情深く接してくれたし、同じように暮らす子がいなかったわけじゃない。

 それでも、小学校、中学校と通っていれば、自ずと周囲が見えてくる。運動会、文化祭、参観脱―当たり前のように催されるイベントで見かける親子の姿。

 親のいない自分は、どこか錨のない舟のように漂っている――ふわふわとした存在に感じられた。


 今は自分のように実の親がいない子の方が少なく、大抵は虐待ないし家族に事情があって預けられる子が多い。

 その為、子ども同士の関係はなかなか難しいこともあったが、それでも千祈はちいさな子達と進んで交流を持とうとする程に、皆に愛着を持っていた。

 将来は保育士となり、出来れば育った施設で働きたいと思っていた。

 だけどもそれは、己の欠けた所をどうにかして埋めたいからだ。

 幼い頃から、学校で、出掛けた先で、施設に大人が子どもを迎える姿を見るたびに、羨望の念を感じざるを得なかった。

 もちろん寂しいと泣く子どもたちを慰めたい気持ちは心からのものだが、千祈の中で泣く幼い自分自身を抱き締めてやりたくて、彼らに自分を重ねていなかったとは、言い切れないのだ。





「それが、何か?」


 自分でも驚く程淡々とした声が出た。

 彼女を知る者からは、信じられない程にその顔からは表情が抜け落ちている。

 それを見た目の前の闖入者はうっそりと微笑んだ。


「ふぅん、自覚しているんだね。その歪みは少々興味深い……」


 にこり、と微笑んで。


「また見に来よう、その時君がまだ『生きている』といいね。世界の迷い子、カズキ」


 いつもと変わらないバルコニーに立ち、空を見上げていた千祈の前にいつの間にか現れた人影は、そうして瞬きの間に消え去った。

 まるで、はじめからいなかったかのように。


『……カズキ?どうしたのかね?』


 ハルに呼び掛けられて、呆然としていた千祈は、はっと振り返る。


『今ーー』


 何が、あったのだったか。

 ――思い出せない。


『……いえ。何でもないです。ちょっとぼーっとしてました』


 もやもやと、何だか嫌な感触だけが、ただ残っていた。

過去に書いていた続きが見つかったので、アップいたします。

数年ぶりにリハビリ創作しています。

新作で『こゆるぎさんはゆるがない』という作品を書きました。

よろしければご一読頂けますと大変励みになります、よろしくお願いいたします。

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