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三洲華大学クトゥルフ神話探偵部  作者: 向陽日向
第一章 黄衣の王
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我、カルコサに来たれり

 気がつくと、見知らぬ都市にいた。

 鼻をつく異臭に何度か胃液を吐き出し、歪む視界の中で天に向かって伸びる尖塔を見つめる。その手前、大きな物体が近づいてきたと思ったら、平然と尖塔の手前を横切っていく。大きな円形の物体――それは月に他ならない。


 砂利道が伸びている。道に沿うようにして崩れかかった建物が屹立し、都市の中心に向かっているようだ。


 古代都市カルコサ。

 どうやら狂気に取り込まれたようだ。暗闇から突然蒼白の仮面が迫ってくる気がして、ビクリと体が震える。


「月山さん。平気か?」

「う……ううぅ」

 すぐ横で倒れていた月山さんが目を覚ます。すぐに周囲を見つめ息をのんだ。


「ここって……」

「どうやら無事着いたみたい」

 軽口を言えるあたり、まだ完全には発狂していないようで安心する。


「見て、丸瀬くん」

 スカートについた砂利を払い、付近を歩く人影を指さす。


 まるで死者の行進だ。

 映画でお馴染みのゾンビのように、朦朧とした足取りで彷徨っている。彼らは全員都市の中心へ向けて力ない一歩を積み重ねている。顔色は悪いが年齢は若い。俺とさほど変わらないだろう。


「彼らの中に前内くんがいるかも。ネエ、行こ」

 ぞくりとするほど無表情な、綺麗な月山さんの笑顔。まるで救いを目の前にした信者のように、両目をトロンとさせた。

「ハスターがマッテイルワ」


  *


 ちらつく視界の端、崩れかけた建物の前で焚火を囲んでいる人の群れがある。どの者もボロ布を身に纏い、中には半裸もいる。時折、合唱するような歓声がユニゾンする。宴に興じているのだろうか。恰好からして招かれた者には見えない。この地を住処にしているのかもしれない。


 焚火がパチパチと爆ぜる。周囲に散ったそれをその身に受けた者たちは、涙を流しながら歓喜の叫びをあげる。

 そこへ、丸い物体が投げ込まれる。ヒトの首だった。黒くて長い髪の毛がこびりついている。切断面からドロリと流れ落ちる液体を燃料に、なお一層炎が激しく乱舞する。


 視線を感じた。

 ――気持ちいいぞ?

 空耳だ。空耳に決まっている。


 やがて、湖畔が見えてきた。

 暗黒の空の下、水の色はどす黒い。ピチャンと水面が跳ね、一匹の魚が水面を切り裂き宙に躍り出た。一瞬見えた魚の胴体――苦痛に呻く何者かの表情が浮かんでいた。


 多くの人間がその場で立ち尽くし、手を合わせている。呪詛のような言語化しにくい言葉を吐き出している者もいる。


「ほら、丸瀬くんも。さっきの生首を見習って祈るの」

 月山さんは迷いなく手を合わせ、集団に同化する。見えざる力に操られるように、震える手と手の皺を合わせようとした――その時だ。


旧支配者(グレートオールドワン)への朝ご飯は【ショゴス】と【屍食鬼(グール)】のソテーが相応しいとあれほど!」


 集団の中から聞き慣れた声が響く。

「お、お前――!」

 なおも不明瞭な日本語を話す者の正体は、前内に他ならない。


 奴は両手を器用に動かしている。まるで忍術かなにかの印を結んでいるかのようだ。

 目まぐるしく印は変わっていく。やがてピタリと止め、次に天を仰ぎ始める。眼鏡の奥の瞳から涙が流れる。一滴指に取り口に含む。嘆息し、己の両肩を掻き抱く。


 視界の隅でちらつく影が段々濃くなる中、集団をかき分ける。奴のすぐ横に立つと、荒い息遣いが耳に突き刺さる。


「勝手に読みやがって!」

 奴の両肩は一定のリズムで揺れている。まるで邪な存在が介入しているようで、掴んだ両手にナニカが流れ込んでくる気配――。


「ああニジュウ、最後に会ったのは【ルルイエ】の館以来だっけ?【外なる神】はこの事態を非常に危惧していてね、【ニャルラトテップ】たる僕にミスカトニック大学へ転勤を命じたんだ。【ローラ・クリスティーン・ネーデルマン博士】はイタクァと遭遇する前、きっと僕に惚れていたね。【クトゥグァ】に誓ってもいい。あ、クトゥグァは天敵だったね。それはそうと、帰れなくなっちゃったよ。【ンガイの森】はどこだっけ? あはは」


 ザバンッ、と水が蠢く音が響いた。

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