バグを呼ぶ女、全力で楽しむ女
最終話になります。
換金用のアイテムがランダムで出現する仕様の恋愛シミュレーションゲーム…欲しいアイテムが現れるまでリロードを繰り返して、1日が終わる…そんな時もありました。夜中にリロードを繰り返していて我に返りました。私、今なんのゲームしてるんだっけ?……恋愛シミュレーションゲームです。
有名なクソゲー輩出メーカーのゲームの話で御座います。
クソゲーハンターの皆様宜しくお願いします
魔石に記録したユメカの妄想劇場を見てみましょうか…ということで王城の貴賓室に場所を移して、殿下達と私、ミレンダが見守る中…記録の魔石を起動した。
起動した途端、貴賓室にユメカの声が響き渡った。
『離してよっ!ザレの街に行ってモスメドを助けなきゃ、私が男爵家に連れて行かれちゃうじゃない!』
『連れて行かれるとは?』
ザッティルーテ殿下の声が聞こえた。ユメカの言ってる、モスメドって誰だ??
『だってモスメドが死んだら妾の子の私が跡継ぎになっちゃうもん!それじゃあマスターとマジワートで一緒に働けないものっ。前は失敗したからぁ今度は初めから令嬢じゃなければマジワートに就職しやすくなると思わない?』
前後の話の流れから察するにモスメドとは本妻の子供の男爵令息の事だろうね。なるほど…事故で亡くなってしまった男爵夫人と令息を助けたい訳だ。
前は失敗…ということはマスターに“聖なる祈り”を使ったことは、失敗なのか…一体何があったのやら…
しかしある意味、ユメカは先に起こる事故を予見して、善行を行おうとしている…とも言える。だが、この世界がゲームの中だとはいえ既に決まってしまった生死に関することは修正などでは覆らないと思っているがそれがユメカには適応されるのだろうか…
『ふぅ…君は自身の力で男爵夫人と腹違いの兄を助けたいと申すのか?』
ビュイルワンテ殿下の問いかけが聞こえてきた。そしてユメカの弾んだような声が聞こえた。
『そうよ!モスメドが助かれば私は男爵家に行かなくて済むしね!カフェの常連になって欲しくて、殿下達の好感度をあげておきたかったけどぉ~上手くいかないしなぁ?どうしてかな?それになんかバグなのか、たまたまリセットが起動して、やった!と思ったけど、後からどんどん変なシナリオになるしぃ…あっそれはね、同じ日本人の変な人がいるからだと思うけどぉ?あの女がいるから、バグったままで、その後のリセットが上手くいかないし!仕方ないから、移植版だけでも楽しもうと思って!令嬢にならなきゃそのままカフェマジワートで働いてレリーを攻略して、ベストエンディングを見たいじゃない?ついでにバリスタのエイバンのサブイベも回収してぇ~ああ、早く攻略したいわぁ!だって移植版買った帰りに車に撥ねられちゃってっ未プレイのままなんだもん!公式の発表の後はゲーム雑誌も見ないで、事前情報入れないでまっさらな状態にして待機してたのにぃこれを楽しまないで何を楽しむのよ~そう思わない?』
絶句した……ユメカのオタクっぷりにも驚いたが、この世界で何年も生活していて、まだ攻略とかサブイベとか声高に叫べる、その神経が分からない。
この世界に生を受けた瞬間に、私もユメカもこちらの世界の住人になってしまったはずだ…この体も、二次元の産物でこの世界の理の中を生きていかねばならない。
ゲームの中にも法律があり、秩序があり…人間が住んでいる。
『よくは分からないが…男爵家に養女に入りたくない。その為には死する運命だった者達を助けたい…という訳だな?』
ビュイルワンテ殿下の言葉にユメカの笑い声が重なった。
『モブでもいてくれないと困るもん~この際シナリオから外れちゃうけど自分の欲望には忠実に生きたいしね!』
ビュイルワンテ殿下の御前で…イタすぎる。いや、これがイタイことだと分かっているのは私だけだ。
魔石の中で複数人の溜め息?のようなものが聞こえた後、ビュイルワンテ殿下の声が響いた。
『この娘が人助け以外のおかしな動きをするようなら拘束しろ。魔術防御は万全だな?よし…サザンス男爵夫人と令息を捕捉次第、道中安全に移動出来るように手配しろ。ユメカ…ザレの街でこれから起こる馬車の事故を回避すれば夫人と令息は助かるのだな?』
『多分…大丈夫かな?お父様がザレの街で馬車の事故で亡くなった…って言ってたし?』
『一つ聞いていいか?』
ザッティルーテ殿下の言葉に「なぁに?」と返すユメカの声が聞こえた。
『君一人でザレの街に行ってどうやって事故を防ぐつもりだったんだ?』
『え~?そんなの簡単じゃないの?馬車に乗らないように馬車の車輪を壊しておくとか?そんなのすぐ出来るよ、だって私ぃアイマジの主人公だしね!』
『……ハァ……行ってよし』
『御意!』
『やったぁ~これでオーナールート解禁だぁ!オーナー渋くて格好いいんだよね~じゃあね!』
ブツン…と何かが途切れる音がして音声の再生は終わった。貴賓室でこの会話を聞いていた、ビュイルワンテ殿下、ザッティルーテ殿下、ミレンダと私の4人は気まずくて押し黙ったままだった。
「なあ?分からない単語だらけだっただろう?」
その沈黙を破るようにザッティルーテ殿下が口火を切ってくれた。次いでミレンダが話を続けてくれた。
「そ…そうね、よく分からない言葉だったけれどつまりは、ご自分の都合の為に知り得た事故を未然に防ぎたい…ということよね?」
さすが、ミレンダ!オタクの妄言をばっさり聞き流して、要所だけをピックアップしてくれた。
「事故を防ぎたいのは構わないが、私達に出会わなければ馬車の車輪を破壊だと?そんなことをして、逆に自分が事故を招き起こしてしまう可能性があることに気が付かないのか!?」
口調が荒くなっているビュイルワンテ殿下の言葉を聞いて、もう一つの可能性に気が付いてひとり、ゾッと背筋が寒くなった。
事故を防ぐ為に馬車に細工をして…それが元で馬車の事故が起こってしまっていたら?本来の主人公のユメカもかなりの高魔力を保持している。先見魔法だって使えたはずだ。
この時代はゲームのシナリオには無いことだけど、本来のゲームの主人公のユメカがどんな性格をしていたかなんて誰が知っている?もしかしたら…ユメカは事故をワザと起こして…?
ううん、そんなの分からないよね。偶然馬車の事故が起こって男爵家に引き取られたのかもしれないし…取り敢えず中身があのユメカなら能天気なことしか考えてなさそうだし…大丈夫かな?
「でもあのカフェで働きたいと仰ってましたよね?そこまでして働きたいのは何故かしら?」
ミレンダのその疑問の答えを私は持ってます!ズバリ、オーナーを攻略したいからです!
でもね…
「奥様も息子さんもいるカフェに働きに行っても、あんな調子だと周りに迷惑かけないかしら?」
私が心の中で、不倫?略奪?親子丼?とか考えつつも顔に出さないようにして何とか微笑んだ。殿下達もミレンダも私の言葉に脱力したような、あぁ…そうよねぇ…というような返事を返してきた。
「正直、そこまで面倒を見るつもりは無いがな…今は転移陣乗り場で暴れていたし、人命に関わる事故の関係者だから助力はした…だがな」
うん、ビュイルワンテ殿下の気持ちもよく分かる。例えば世界を恐怖に陥れようとしている、魔王のような存在なら未だしも、ユメカはイタイ発言ばかりのただのオタクだ。
あの話しっぷりから察するに、リセットも軽い気持ちで起こしているんだろう…何せユメカ的にはこの世界は“ゲームの中だから”自分は主人公だし、何をしても問題無いだろうと思っているに違いない。
「兄上…俺はこれ以上、過去に戻る不可思議な魔法を使われないようにするべきだと思うよ」
「ユメカの舌でも切るつもりか?」
「!」
ひぃえええ!?ビュイルワンテ殿下の発言に舌なんて切ったら喋るより前に死んでしまうよ!と、思い身震いした。ミレンダも同様のことを思ったらしく
「殿下、あまり強硬な手段は…」
と、進言したがビュイルワンテ殿下は険しい表情のまま
「このまま同じ時間の中を行ったり来たり困りはしないか?…まあ身の危険は無いが…」
と、言ってミレンダを見た。
ミレンダは困ったような戸惑っているような表情を見せた後…顔を赤くした。
「あの…不謹慎ですけれど、私…ビィーといつまでも婚約者でいられて嬉しいのです。その…子供の頃の殿下も可愛くて素敵ですが、学園生の頃の殿下とももっと一緒にいたいなんて…本当に不謹慎ですけど楽しんでしま…きゃあ!」
「ミリィ!大好きだ!!」
ビュイルワンテ殿下は私とザッティルーテ殿下と侍従や女官のいる前でミレンダに飛びついて抱き締めていた。おまけにブチューとキスまで交わしている。
大丈夫かな?二人はまだ10才そこそこだけど?
唖然としていると、私の手にザッティルーテ殿下の手が重ねられた。
っておい?まさかザッティルーテ殿下も興奮してチュッチュしたいとかではないだろうね?
「俺も不謹慎だけど、フィリと一緒なら楽しい」
は…はぁ…まあ見た目は子供、中身は大人だしね…言っている台詞と反比例して顔はまだまだ可愛いけどね。
その日の夜…ユメカに付いていたビュイルワンテ殿下の部下の方と近衛達がザレの街から帰って来た。翌日、その報告を私とミレンダは殿下達から聞かされた。
「では…馬車の事故は未然に防げたのですね?」
ホッと安堵した。知ってしまった以上、事故を放置することは出来ないし…シナリオが歪んでしまったかもしれないがこれはこれで、安心だ。
これでユメカが望んだ平民としての生活が訪れる…
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そして私達は順調に年を重ねていた。
12才のデビュタントの時にユメカはデビュタント会場にはいなかった。そしてトトメーラ学園に入学して暫くした後にザッティルーテ殿下に教えてもらった。
「ユメカは当初の予定通り、カフェマジワートで働きたいとカフェに押し掛けたそうだ。だが、オーナーは断った」
「でしょうね…」
私もザッティルーテ殿下も原因を知っている。何故なら私達はあれからカフェマジワートの常連になっていて、オーナーが5人の子持ちのイケオジになっていて、更に長男のエイバン君を筆頭に弟、妹達が全員カフェのお手伝いをしているのを知っているからだ。
給仕の手は家族経営で充分に間に合っている。
それからも度々、カフェの裏口で騒いでいるユメカを見かけた。ユメカはまさか私とザッティルーテ殿下が店内でロールケーキを食べているとも知らずに、対応に出たエイバン君や奥様に食って掛かっているのも見かけたこともある。
勿論、ユメカの言う所の私もバグかもしれないけれど、忘れてるんじゃね?あんただって随分と酷い異世界からの異分子だと思うよ?そりゃそんな常識外れな動きをしていたら、移植版の攻略キャラも既存ルートから外れてしまうって…
「騒がしくてごめんね」
「変な子ですねぇ~あんなに騒がしかったら周りから浮いているだろうね」
ザッティルーテ殿下がオーナーの謝罪に首を横に振りながら、ユメカを下げに下げている。
オーナーは苦笑いを返している。そのオーナーのお顔は5人の子持ちとは思えないほどの渋くて色気のある微笑みだ。
もしかしたら、マジワートのオーナー、レリオット=スシリスは通常のシナリオでは、子供はエイバン君だけでこの可愛い奥様とは離婚や死別した…なんて設定があったのかもしれないね…あくまでそうかもしれないっていう推察だけど。
またゴミ箱を蹴り飛ばしているユメカの姿を店内の窓から見て、げんなりする。
ユメカはまたリセットをかけたいのかもしれないね……でももうリセットかけられても怖くない。
断罪イベント…やりたきゃやってみなさいよ?全力で楽しんでやるからさ。
クソゲーとはいつの時代も手法を変え、アプローチのやり方を狡猾に変え、忍び寄って来る生き物である。
またクソゲーシリーズでお会いしましょう。




