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 三人で保健室に泊まった翌朝。

 三人は寝間着替わりに体操着に着替えていた。

 警備員に話を通して佐倉が学校の外にでて、コンビニで買ってきたおにぎりを三人で食べると、歯を磨いた。

 晶紀は、知世に言いたいことがあったが、言い出せないでいた。

「晶紀さんは保健室に歯ブラシ置いてるんですよね。それじゃ、私もこの歯ブラシを置いておいていいのかしら?」

「いいんじゃない? ねっ、佐倉」

「ああいいぞ。わかるように印をつけておけ」

 佐倉がアレのことを言い出さないので、晶紀は、

「それだけ?」

「なんじゃ? それ以外に何かあるのか? ああ、コップも持ってくれば置いてやるぞ」

「ありがとうございます」

 そうじゃないだろう、と晶紀は思う。晶紀はさっきからずっと同じことを考えていた。それは『朝シャワー』のことだった。いまここで佐倉がサラッと『さあ、シャワーを浴びに行くか』と言えば済む話なのだ。しかし、これを自分で言うと、まるで晶紀が知世の裸を見たがっているかと思われてしまう。

「どうしたんじゃ晶紀、何か言いた()だな」

 晶紀は顔には出さなかったが、心の奥底で怒った。なんで、このタイミングでそんなことを言うのだ。いやまて。この誘導に乗って単純(シンプル)に『シャワー浴びたい』とだけ言えば、知世も自動的についてくるのではないだろうか。本当にスーッと水がこぼれるように『シャワー浴びたい』というだけでいい。

 しかし、ここで晶紀はミスをしてしまう。ジャージのそでや、胸のあたりをつまんで引っ張り、汗で張り付いている風にアピールし始めたのだ。

「えっと……」

 もう一つのミスを犯した。言い淀んでしまったのだ。

 知世の突っ込みが入る。

「ああ、私も思っていたのですが、替えの下着がないと辛いですよね。替えの下着がないとシャワーを浴びるわけにもいきませんし」

「あっ……」

 知世に先回りして大きな杭を打ち込まれてしまった気がした。晶紀は知世の意見に反対して『それでもシャワーぐらい浴びないと辛いよね』と言い出せなかった。

 今度は佐倉が口をはさんできた。

「女子校なんじゃから、一日ぐらい下着を着けんでも問題なかろう」

 晶紀の表情が明るくなる。

「男性の教師もいらっしゃいますし、そもそも女子同士だからって見られていいわけじゃ」

 表情が暗くなる。

「洗濯機と乾燥機もあるぞ。まだ授業まではたっぷり時間はある。制服まで洗濯すると無理じゃが、下着だけなら乾くぞ」

 あからさまに気分が上がった様子で晶紀はうつむいていた顔を戻した。

「下着が乾くまでシャワー室にいる訳にもいきませんし、下着なしでこの制服を着るのも気持ちがわるいですね」

 また、下を向いてしまう。

「下着が渇くまでは寝間着にしていたジャージを着ていればよかろう」

 拳を握りしめ、晶紀は上を向く

「素肌にジャージもいやですわ」

 聞こえないぐらい静かではあったが、晶紀は、たっぷりとため息を吐いた。

「おい。晶紀。おぬしはさっきから何をしておる」

「えっ?」

「晶紀さんはシャワー浴びたいですか?」

 い、いきなり結論だけ求められるとは…… 晶紀は知世に直接この答えを言わねばならない苦しみに悶えた。シャワーを浴びたい。どちらかというと知世の裸が見れるからという理由で、だ。もう体操着への着替えでは満足できなかった。しかし、それを口にするということは、いままで散々、知世が説明していた意見に反対を表明することになる。一言、二言の理由ではない。もう今まで続けてきた会話を全否定するのだ。これで知世の答えが『しかたないですねぇ』であればいいものの『じゃあ晶紀さん達だけで入ってください』と言われたら、嫌われた上に知世の素肌も見れないという、最悪の状態に陥ってしまう。しかし、知世の言葉に賛成する限りは一緒にシャワーを浴びることは叶わない。

「さっきから、変だぞ。どうしたんじゃ」

 必死に考えても結論は出ない。

「……」

 佐倉が、晶紀の顔を見て『分かった!』とばかりにニヤリと笑ってみせた。

 体を少し曲げて、晶紀の顔の前に耳を持ってきて、知世からみるとまるで何かを耳打ちしているかのように見せると、

「知世。今、晶紀が『知世と朝シャワーを浴びれれば、剣術を学び、昨日の敵に打ち勝つと約束する』そうじゃ。儂に手を貸してくれんかの」

「なっ、な……」

 晶紀は慌てて否定するように手を振った。

「えっ……」

 知世はスッと胸と足の付け根を隠すように、それぞれ右手左手を動かしてから、うつむいた。

 そして唇に指をあてる。

「あの……」

 知世が声を発すると、晶紀は目を見開き、ごくりと唾を飲み込んだ。

「本当に約束してくださるなら」

「えっ、何を?」

「剣術を学び『昨日の敵に打ち勝つ』と」

 昨日の敵と聞いて、晶紀の脳裏に右手の痛みと足首の痛みが蘇ってきた。痛みだけではなく『歯が立たない』という絶望感と一体化して、重く、体をしばりつけるような苦しさが伴っていた。

 佐倉が真剣な表情で見つめている。知世もふざけて言っているのではなく、真剣な表情で、晶紀に決意を求めていた。

 全身が一度、ブルっと震えると晶紀は言った。

「やるよ。剣術を学んで、絶対に勝つ」

「よく言った」

 佐倉がポンと肩を叩いた。

 そして小さな声で晶紀に耳打ちした。

「恐怖も、欲望には勝てなかったな」

 晶紀の顔がみるみる赤くなった。




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