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「これで100本だ。続けれるのか?」
晶紀は竹刀を構えようとするが、腕が上がっていかない。かなえに叩かれた打撲のせいか、100本振った疲労のせいかは分からない。
「やれる……」
「いや、今日はここまでにする。最初に言った通り、一人で素振りしないこと。やるなら筋トレね。左右均等に」
「やれ……」
竹刀の先が震えているのをみると、かなえはそのまま支度をし、武道場の戸口に立つと振り返って言った。
「また、明日」
かなえの姿が見えなくなると、晶紀は崩れるように床に倒れた。
「晶紀さん!」
知世と佐倉が駆け寄る。晶紀は制服のまま素振りをして、しかもかなえに竹刀であちこち叩かれたせいで、ブラウスがボロボロになっていた。
「晶紀さん、大丈夫ですか?」
知世のひざの上に頭を乗せられる。こんな顔が近くになるなんて…… 晶紀はドキドキすると同時に、この状況に甘えてはいけない、と考えた。
「大丈夫!」
晶紀はそう言って立ち上がろうとするが、佐倉が止める。
「まだ休んでいろ。本当に大丈夫なら倒れるわけがない」
「そうですわ」
「……」
晶紀は視線を逸らして、武道場の天井を見つめる。
「回復の為、付き添ってやりたいのだが、何度も保健室に泊めるわけにはいかんしな。……今日は儂も昭島家に行こう」
佐倉が過去、晶紀がお世話になっている昭島家に来たことがあった。いきなり上がり込んで、お父さんの夕食分まで奪うように食べて帰っていったのだ。思い出すだけで恥ずかしい気持ちになる。
「佐倉。ちょっと、それは」
「一度行ったことがあるんだから問題なかろう」
いや、その一度言った時が問題だから、来ないで欲しいのだが……
「この前みたいに遠慮なくご飯食べられても困るんだけど」
「そうか、ならば、先に儂が行くと伝えてくれないか」
「そういう問題じゃなくて……」
結局、なし崩しの状態で晶紀に佐倉が付き添ってきた。
そもそも、晶紀はあちこち痛くて一人で歩くのが大変だったのだから、佐倉が付き添ったのは正解だった。
昭島家について、玄関でインターフォンを鳴らすと中から声が返ってきた。
『あ、晶紀ちゃん帰ってきたのね? あれ? お隣は?』
「?」
晶紀が気付くと、佐倉は玄関のインターフォンから映らない位置に避けていた。
「どうしたのさく」
そこまで言った時、佐倉の手が伸びてきて、その先は声が出せなかった。
「ちょっと待ってて、と言え」
佐倉が小声でそう言う。
どうも様子が変だ。
晶紀は言われた通りに言うと、しばらくしてインターフォンのランプが消えた。
「どうしたの佐倉?」
「もしかして、今の声は『カレン』じゃないか。そうか、ここは『昭島』だ。なんでもっと早く気が付かなかったんだ!」
「佐倉、もしかしてカレンさんのこと知ってるの?」
知っているとも知らないとも言わず、佐倉は黙っている。
「……」
黙ったまま佐倉は、鞄の中をゴソゴソと探していた。
「急用を思いだしたので儂はここで帰る。お前の体の回復は、このぬいぐるみが替わりにやってくれる?」
「何これ? テディベアかなにか?」
「テディベアではないが、くまのぬいぐるみだ。これを抱きしめて寝るんじゃ。儂といるのと同じような効果がある」
「じゃあ、保健室なんかに泊まらないでも良かったのでは? もっと前から、これを渡してくれれば済んだんだよね?」
「これはいつでも使えるものではない。そして、ずっとお前のところに置いておくわけにはいかんものじゃ。おそらく晶紀、お前の怪我からして、明日必ず儂に返してくれ。さもないと」
「さもないと?」
「不吉なことが起こる」
「なにその曖昧な答え」
「とにかくきっちり明日儂に返せばいいだけの話だ。朝、保健室に寄るんじゃ」
「わかったよ」
「じゃあ、儂はここで」
いきなり手を振ると、佐倉は走って戻って行ってしまった。
「カレンさん絡みだとは思うけど、一体なんなんだろう」
もう一度インターフォンを押すと、カレンが玄関の扉を開けた。
「あら、もう一人の方は帰っちゃったの?」
「ええ」
「ちょっと、晶紀ちゃん、その制服どうしたの?」
晶紀の制服は『かなえ』にあちこち叩かれて、布が破けていた。
カレンに肩を借りながら家の中に入る。
「カレンさん。私、まだ制服一着しか手元に来てなくて…… 明日来ていく制服を貸してもらえませんか?」
「うんいいけど、またこんな状態になったら、制服何着あっても足りないよ」
「明日は制服のまま稽古しないようにしますから」
晶紀は部屋に戻ったら寝てしまいそうだったので、部屋に戻らず制服のまま食事をして、風呂に入り、部屋に戻った。
部屋に戻ると、カレンが制服を持ってきてくれた。
「そんなに体格違わないから、着れると思うけど、一応、着てみて」
部屋着を脱ごうと手を裾に掛けると、カレンがスマフォを構えているのに気づく。
「ちょっと、撮影はやめてください」
「あっ、ごめんごめん。別に動画撮ろうとしていたわけじゃないのよ。手癖みたいなものね」
「スマフォを片付けないなら着替えません」
晶紀は机にカレンのスマフォを置き、カレンは机から離れてもらった。
着替えると、スカートはぴったりだったが、ブラウスが緩かった。
特に胸のあたりのだぶつきが……
「これ、胸が……」
晶紀はそう言いながら、カレンの胸を見た。
大きい。あまり気にしていなかったが、カレンが太っていると勘違いしていたが、単に胸とお尻が大きいだけで、晶紀が履いてもスカートのウエストはぴったりなことを考えると、佐倉に匹敵するようなボン・キュッ・ボンと表現できるようなスタイルの持ち主だ、ということだ。
晶紀は自らの胸を確認するかのように下を向いた。
「よかった。ウエストが合わなかったらと思ってたから」
「……どっちの意味でですか?」
「どっちの意味って?」
そこに変に引っかかると、こっちが体型について嫉妬しているのがバレてしまう。晶紀はそれ以上、話を広げるのをやめた。
「あのね」
カレンが急に目をそらしてから、俯いた。
「もし胸の大きいことを言っているんだったら、これ、そんなにいいことばかりじゃないのよ」
晶紀は、話をどう修正していいか分からなかった。
「ウチは女子高だから幾分良かったけど、中学の時は女子からの嫉妬と男子からのセクハラ発言で本当にさらしを巻こうかと思ったくらい。胸がでかいやつはバカとか。私のA君を誘惑しないでとか…… 言い掛かりもあったりして」
晶紀は頭を下げた。
「あ、ごめん別に愚痴るつもりはなかったんだけど」
「すみません。これ、しばらくお借りしますね」
「どうぞどうぞ。そうか、何か練習していて、疲れてるんだったよね。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
カレンがスマフォを持って出て行くと、晶紀は部屋着に着替えてベッドに入った。
仰向けに寝転がり、佐倉が渡してくれた謎のぬいぐるみを両手で持ち上げてみる。
何か、力が流れ込んでくるのが分かる。佐倉に触れられているのと同じような、あたたかな感覚。
これを抱いて寝れば、怪我の回復が早いというのは、あながちウソではなさそうだ。晶紀は掛け布団をかけて、部屋の電気を消した。




