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ニエはおやつに入りますか? 〜食糧少女、鬼の家族になる〜  作者: 松幸春嗣
第3章 冤罪で追放された悪役令嬢ですが、辺境で美味しいごはんを食べるどころか私がごはんになりそうです
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第28話 あなたは私のカップに入った紅茶


 覇王系あらため魔王系細君の降臨から数十分後のことだ。


 魔王城──ではなく、ルスヴンの根城に場を移し、一同は改めての顔合わせを行っていた。


「レインだよ。元狩人で人間だ。ここに来たのは同居人に付き添うためさ」

「ルスヴンです。この城の持ち主です。お隣さんの不法投棄のせいで困ってます」

「妾の名はエヴァ、この城の主である。エヴァ様とでも呼ぶがよい」


 城主が二度出現している。


 片や床に頭を擦り付けて土下座するひ弱そうな男。

 片や仕立てのいい椅子に掛けて寛ぐ女。

 どちらが真の主かは一目瞭然だった。


 権力配分を確認しつつ、カミラはゆっくりと名乗りをあげた。


「私はカミラ。通りすがりの古き鬼よ」

「このような不毛の谷底を通り過ぎるとはな。おかしなこともあったものだ」


 エヴァが悠然と笑う。

 しかし、目は全く笑っていない。


 絶対零度の赤に射られながらも、供された紅茶をカミラは啜る。


「そんなにおかしいかしら。私はただ、旅のついでに不肖の弟子を訪ねただけよ」

「し、師匠……!」


 感激のあまりか、ルスヴンが顔を上げた。

 両手を組んで目を潤ませた彼だったが、エヴァの一睨みで瞬時に土下座スタイルへ戻ってしまう。


 床にへばりついたまま、ルスヴンが言った。


「師匠、ありがとうございます!」

「お前は何に感謝しているのよ」

「それはもう、師匠の存在そのものに決まっているじゃあないですか!」


 白々しいにも程がある。

 ルスヴンはカミラの訪問を喜んでいるわけではない。カミラが協会の関与を伏せたから歓喜しているのだ。


 まあ、気持ちは分からないでもないが。


 カミラは視線を上げ、エヴァの様子を窺う。


「何だ。言いたいことがあれば言うてみよ」

「何でもないわ。このクソ雑魚のジャリンコヘボ鬼ルスヴンが、何をどうすればお前のような女傑を娶れるのかを考えていたの」

「さすがはお師匠殿。随分な言い草よな」


 艶然とした笑みを浮かべ、エヴァが宣う。


「まあよい。この男の味を知る者は妾一人。それでよかろう」

「あら、意外にベタ惚れなのね」

「妾から求婚したのだから当然だ」


 エヴァの告白を聞き、ルスヴンが再び身体を起こした。

 

「ぼくだってエヴァのことを愛してるよ! ただ、一緒に生きてもらう勇気が出なかっただけで、ぼくはきみのことを」

「黙れ、旦那様。発言を許したつもりはない」

「ハイ、スミマセン」


 撃沈である。

  

 哀れな弟子の姿に嘆息しかない。


「お前は本当にいつまで経ってもへなちょこね」

「ほう。妾の知らぬ旦那様の過去、聞いてみたいものよな」

「それはあとでじっくり話してあげる。今は目の前のことを片付けるべきではないかしら」


 そういって、カミラは視線を巡らせた。

 

 土下座するルスヴンの隣。

 首から下を鎖で簀巻きにされて床に転がされている騎士、カイニスに。

 

 ちなみに、先程から沈黙しているレインは彼の上に腰掛けている。

 老女を無碍には扱えないのか、はたまた抵抗を諦めたのか、カイニスもまた黙り込んでいた。


「さて、人間。お前の名前を聞いてもいい?」

「……カイニスだ。アンジェリカ様をお助けするべくこの地へ来た」


 低く答える声は剣呑で、相変わらず強い敵意を感じる。

 しかし、エヴァの名乗りを聞いた辺りから、カイニスの態度は明確に変化していた。


「先程より妾の顔ばかり眺めておるな」


 呟くエヴァの目に嗜虐の色が滲む。


「どうした。この顔に見覚えでもあるのか?」

「──その昔、我が国に王妃として嫁いできた女がいた。敗戦国の姫で、大層美しかったと聞いている」

「ほう、美貌の王妃とな。それで?」


 エヴァに顎で促され、カイニスが顔を顰めた。


「我が国に恨みを抱いていた王妃は、時の政権を揺るがし、ついには国王陛下を手にかけた」

「成程、復讐か。なんとも恐ろしき女だ」


 エヴァは悠々と肘掛けにもたれて頬杖をつき、白々しくも口の端を歪める。

 底冷えのする赤の瞳が瞬き、騎士を射抜いた。


「して、騎士よ。その女の名は何という」

「エヴァンジェリーヌ。今より約百年前に我が国を地に貶めた、稀代の悪女だ」


 沈黙が落ちる。

 

 息の詰まるような静寂に耐えきれなくなったのか、カイニスが声を荒げた。

 

「城主よ! 貴様、まさかとは思うが、エヴァンジェリーヌ本人ではないだろうな!?」

「いかにも妾がエヴァンジェリーヌであるが、それがどうかしたか?」


 エヴァが嘲りに満ちた答えを返す。

 それと同時に、騎士の怒りが爆発した。


「牙の谷の鬼とは貴様のことであったか! 王を殺し、民を惑わせるだけでは飽き足らず、百年の長きに渡って我が国を脅かすとは!」


 カイニスが暴れて怒鳴り散らすものだから、鎖の音が鳴り響いてうるさい。

 カミラは両耳を塞いでレインに目配せをした。


 のたうつ蓑虫騎士の上でレインが溜め息を吐く。彼女は片手でカイニスの頭を掴み、地面へと押しつけ始めた。


「ちょいとごめんよ」

「うがっ!? 御婦人、何をする! 貴方も人間ならば悪逆の鬼を討つことに異はなかろう!?」

「あたしは元狩人だ。あんたの気持ちも分かるよ。だけど騎士の坊や、本物の悪鬼ってのはこんなもんじゃないのさ」


 カイニスの上に座り直し、レインが言う。


「それにね、ここの城の鬼は協会に属してる。人との共生を望んでいるってわけだ」

「……《《教会》》? 鬼にも信ずる神があるのか? 人と生きるとは、どういうことだ」

「そこからかい」


 元狩人は眉間に皺を寄せ、エヴァを振り仰いで問いかけた。


「今時人を食う鬼は少数派だ。人なんざ、わざわざ世を乱してまで喰らいたいものでもない。そうだろう、城主様?」

「その通りだとも。妾は争いを好まぬ。相手が人であれ鬼であれ、な」


 エヴァが目を伏せる。

 穏やかに告げる悪女の姿に、カイニスが押し黙った。


 再び静寂を取り戻した応接間。

 そこに響くのは、情けない啜り泣きだけである。


「城主はぼくなのに……ひどいや、人間達がぼくを見下す……」


 床と仲良くなったまま嘆く夫を見下ろし、エヴァがうっとりと呟く。


「ほんに愛い男よな」


 弟子の夫婦関係など死ぬほどどうでもよかった。

 しかし、これは流石に可哀想かもしれない。

 やはり結局、どうでもいいのだが。


 カミラはソファにもたれ、冷めた茶を啜った。


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