第8話 守れなかったかもしれない
翌日も、川に来た。
その次の日も。
放課後の時間は、すべてそこに消えた。
男は何も教えない。
立って、見ているだけだ。
「感じろ」
それしか言わない。
最初は、何も起きなかった。
次第に、わかるようになる。
――今、溜まってる。
胸の奥が、じわじわ熱くなる感覚。
「……っ」
集中すると、視界の端が揺れる。
「止めろ」
男が言う。
止める。
それだけで、息が切れる。
*
三日目。
川沿いに、子どもがいた。
小学生くらいの男の子が、石を投げて遊んでいる。
「……今日はやめた方が」
俺が言いかけた。
「関係ない」
男は即答した。
「現実は、選ばせてくれない」
胸の奥が、ざわつく。
集中しようとした、その瞬間。
「わー!」
子どもが、転んだ。
反射的に、体が動いた。
「大丈夫か!?」
駆け寄ろうとした瞬間、
胸の奥が、一気に熱を帯びた。
――溢れる。
「っ……!」
空気が歪む。
川の水が、うねる。
「止めろ!」
男の声。
でも、間に合わなかった。
ドン、と低い音。
子どもの足元の地面が崩れ、
バランスを崩して川に落ちた。
「うわっ!」
時間が、止まった。
「――っ!」
考えるより先に、手を伸ばす。
体が、前に出る。
水しぶき。
必死に腕を掴む。
「離すな!」
引き上げる。
岸に倒れ込んだ子どもは、泣きながら息をしていた。
「……生きてる」
それを確認した瞬間、膝が震えた。
「ご、ごめんなさい……!」
子どもは泣きながら走っていった。
残されたのは、俺と男だけだった。
「……俺が」
声が震える。
「俺が、やった」
男は、すぐには答えなかった。
川を見つめてから、言う。
「“かもしれない”で済んだ」
「でも――」
「済まなかった未来も、あった」
それが、何より重かった。
「これが、力だ」
男は言う。
「守るつもりで、
簡単に壊せる」
俺は、何も言えなかった。
「怖くなったか」
「……はい」
正直に答えた。
男は、少しだけうなずいた。
「それでいい」
「怖さを忘れたら、終わりだ」
夕方の川は、何事もなかったように流れている。
でも、俺の中では、はっきり残った。
――一歩間違えれば、俺は誰かを殺していた。
それでも。
それでも、この力から目を逸らすわけにはいかなかった。
守りたいものが、確かにあるから。




