第36話:事故の再定義
本作は毎週水曜・土曜の21時に、2話ずつ更新予定です。
会議室は、無音だった。
壁一面のモニターに、
同じ映像が繰り返し流れている。
割れたアスファルト。
歪んだ街灯。
逃げ惑う人々。
「事故映像です」
部下の声は、感情を削ぎ落としていた。
徹は、椅子に深く腰掛けたまま、
映像から目を離さない。
「――違うな」
低い声。
「これは“事故”じゃない」
部下が、言葉を止める。
「出力の方向が、意図的だ。
防御反応にしては、拡散が甘い」
画面が切り替わる。
数値。
グラフ。
歪なピーク。
「異常値は?」
「検出されています。
ただし、途中で途切れている」
「遮断か」
徹は、指を組む。
「訓練場と同じだな」
誰も、口を挟まない。
*
「対象は二人」
徹は、淡々と続ける。
「一人は、既知」
画面に映るのは、
相馬恒一。
「制御不能。
すでに臨界を越えている」
次の画面。
結城透。
制服姿。
救急車の灯りに照らされた横顔。
「……もう一人は」
部下が、慎重に言葉を選ぶ。
「未登録です。
年齢、能力、すべて不明」
徹は、画面を見つめる。
「若いな」
それだけ言った。
「偶然、ですか」
誰かが、恐る恐る聞く。
徹は、首を振る。
「偶然で、二件は起きない」
「では――」
「再定義する」
徹の声は、はっきりしていた。
「これは“事故”ではない」
モニターに、赤いラインが引かれる。
《分類変更:未制御能力事案》
「以後、
同種の事象はすべて、
このカテゴリで扱う」
部屋の空気が、
一段、重くなる。
*
徹は、椅子から立ち上がった。
「相馬は、どうする」
「保護名目で隔離中です」
「処理判断は?」
部下の声が、わずかに震える。
徹は、少しだけ考えた。
「……保留」
そして、続ける。
「今は、もう一人だ」
モニターに映る、透の顔。
「この年齢で、
無意識とはいえ出力を出した」
徹は、静かに言った。
「放置すれば、
相馬と同じになる」
「では――」
「追跡はしない」
部下が、驚いたように顔を上げる。
徹は、淡々と続けた。
「今は、観測だけだ。
制御に入るか、暴走するか」
「もし――」
「もし、選択を誤れば」
徹は、画面から目を離した。
「次は、事故じゃ済まない」
部屋に、沈黙が落ちる。
*
徹は、最後に一言だけ告げた。
「“処理していい”の判断は、
その時に下す」
その言葉は、
命令でも、脅しでもない。
ただの、事実確認だった。
モニターには、
変わらず透の映像が映っている。
何も知らない顔で、
立ち尽くす少年。
徹は、静かに呟いた。
「……選べ」
それが、
彼に与えられた、最後の猶予だった。




