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光を背負う少年は、世界を守れない  作者: ゆうなるな


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32/58

第32話:見えてしまったもの

本作は毎週水曜・土曜の21時に、2話ずつ更新予定です。

放課後の空は、曇っていた。


夕立が来そうで来ない、

湿った風が肌にまとわりつく。


透は校門を出て、いつもより少しだけ遠回りをした。

理由は特にない。


――強いて言うなら、

まっすぐ帰る気分じゃなかっただけだ。


*


路地裏に入った瞬間、

違和感があった。


音が、ない。


車の音も、

人の声も、

風のざわめきすら、遠い。


「……?」


足を止めた、その先で――


誰かが、壁にもたれていた。


「あ」


相馬恒一だった。


制服の上着は着ていない。

シャツの袖が捲られ、

右手には、あの包帯。


「相馬、先輩?」


声をかけた瞬間、

相馬の肩が、わずかに跳ねた。


「……透か」


振り返った顔は、

昨日と同じ笑顔のはずなのに。


どこか、違う。


「どうしたんですか、こんなところで」


「ん? 散歩」


即答だった。

軽い声。


でも――

壁のコンクリートに、細かいヒビが走っている。


さっきは、なかったはずだ。


透は、視線を外せなかった。


「……それ」


相馬の右手。


包帯の下で、

指が、微かに震えている。


「気にすんな」


相馬は、壁から身体を離そうとして――


「っ……」


一瞬、表情が歪んだ。


その瞬間だった。


――バチ、と。


空気が弾けたような音。


透の視界が、揺れる。


コンクリートの地面が、

蜘蛛の巣状にひび割れた。


ほんの一瞬。

ほんの、指先が動いただけ。


それなのに。


「……今の」


透の声は、震えていた。


相馬は、すぐに包帯の上から手を押さえ込む。


「見るな」


強い声。


でも、その声自体が、

必死に“止めている”音だった。


「違う、今のは――」


言いかけて、相馬は黙った。


言い訳が、

もう意味を持たないと分かっている顔。


透は、動けなかった。


――出せたけど、止められない。


昨夜、師匠に言われた言葉が、

そのまま形になって、目の前にあった。


「……先輩」


透は、ゆっくりと口を開く。


「それ、危ないですよ」


相馬は、笑った。


乾いた、軽い笑い。


「だろ?」


「……」


「でもさ」


相馬は、空を見上げる。


「止められないんだよ。

 出す気なくても、出る」


一歩、透に近づく。


「なあ透」


距離が、近い。


近すぎる。


「もし、お前がさ。

 守りたいと思った瞬間に、

 勝手に力が出る側だったら」


透の喉が鳴る。


「それでも、使う?」


答えは、出ていた。


でも、言葉にしたら――

何かが壊れる気がした。


「……俺は」


透が口を開いた、その瞬間。


相馬のスマホが震えた。


短い通知。


相馬は、画面を見て、

一瞬だけ目を伏せる。


「……悪い」


「先輩?」


「今日は、ここまで」


相馬は、背を向けた。


「忘れろ。

 今見たのも、聞いたのも」


忘れられるわけがない。


そう言う前に、

相馬は歩き出していた。


少しだけ、

足取りが重い。


*


相馬の背中が見えなくなっても、

透はその場から動けなかった。


割れた地面。

歪んだ空気。


そして――

自分の胸の奥で、ざわめく“何か”。


(あれは……)


偶然じゃない。

勘違いでもない。


そして。


(俺も、同じだ)


気づいてしまった。


自分が、

あの線の“こちら側”に立っていることに。


*


その夜。


師匠は、透の顔を見るなり言った。


「何を見た」


透は、少しだけ迷ってから、答える。


「……止められない人を」


師匠は、何も言わなかった。


その沈黙が、

答えだった。

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