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光を背負う少年は、世界を守れない  作者: ゆうなるな


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第32話:見えてしまったもの

本作は毎週水曜・土曜の21時に、2話ずつ更新予定です。

放課後の空は、曇っていた。


夕立が来そうで来ない、

湿った風が肌にまとわりつく。


透は校門を出て、いつもより少しだけ遠回りをした。

理由は特にない。


――強いて言うなら、

まっすぐ帰る気分じゃなかっただけだ。



路地裏に入った瞬間、

違和感があった。


音が、ない。


車の音も、

人の声も、

風のざわめきすら、遠い。


「……?」


足を止めた、その先で――


誰かが、壁にもたれていた。


「あ」


相馬恒一だった。


制服の上着は着ていない。

シャツの袖が捲られ、

右手には、あの包帯。


「相馬、先輩?」


声をかけた瞬間、

相馬の肩が、わずかに跳ねた。


「……透か」


振り返った顔は、

昨日と同じ笑顔のはずなのに。


どこか、違う。


「どうしたんですか、こんなところで」


「ん? 散歩」


即答だった。

軽い声。


でも――

壁のコンクリートに、細かいヒビが走っている。


さっきは、なかったはずだ。


透は、視線を外せなかった。


「……それ」


相馬の右手。


包帯の下で、

指が、微かに震えている。


「気にすんな」


相馬は、壁から身体を離そうとして――


「っ……」


一瞬、表情が歪んだ。


その瞬間だった。


――バチ、と。


空気が弾けたような音。


透の視界が、揺れる。


コンクリートの地面が、

蜘蛛の巣状にひび割れた。


ほんの一瞬。

ほんの、指先が動いただけ。


それなのに。


「……今の」


透の声は、震えていた。


相馬は、すぐに包帯の上から手を押さえ込む。


「見るな」


強い声。


でも、その声自体が、

必死に“止めている”音だった。


「違う、今のは――」


言いかけて、相馬は黙った。


言い訳が、

もう意味を持たないと分かっている顔。


透は、動けなかった。


――出せたけど、止められない。


昨夜、師匠に言われた言葉が、

そのまま形になって、目の前にあった。


「……先輩」


透は、ゆっくりと口を開く。


「それ、危ないですよ」


相馬は、笑った。


乾いた、軽い笑い。


「だろ?」


「……」


「でもさ」


相馬は、空を見上げる。


「止められないんだよ。

 出す気なくても、出る」


一歩、透に近づく。


「なあ透」


距離が、近い。


近すぎる。


「もし、お前がさ。

 守りたいと思った瞬間に、

 勝手に力が出る側だったら」


透の喉が鳴る。


「それでも、使う?」


答えは、出ていた。


でも、言葉にしたら――

何かが壊れる気がした。


「……俺は」


透が口を開いた、その瞬間。


相馬のスマホが震えた。


短い通知。


相馬は、画面を見て、

一瞬だけ目を伏せる。


「……悪い」


「先輩?」


「今日は、ここまで」


相馬は、背を向けた。


「忘れろ。

 今見たのも、聞いたのも」


忘れられるわけがない。


そう言う前に、

相馬は歩き出していた。


少しだけ、

足取りが重い。



相馬の背中が見えなくなっても、

透はその場から動けなかった。


割れた地面。

歪んだ空気。


そして――

自分の胸の奥で、ざわめく“何か”。


(あれは……)


偶然じゃない。

勘違いでもない。


そして。


(俺も、同じだ)


気づいてしまった。


自分が、

あの線の“こちら側”に立っていることに。



その夜。


師匠は、透の顔を見るなり言った。


「何を見た」


透は、少しだけ迷ってから、答える。


「……止められない人を」


師匠は、何も言わなかった。


その沈黙が、

答えだった。

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