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36話 今の姉弟事情

カリカリ。

静かな室内にある音は俺がペンを動かす音だけ。

それがかれこれ数時間。

俺の勉強は基本的にモルゲンの口頭と教材での授業の日とひたすら課題をやる日の2つに分かれている。

あくまで極端に比重が寄ってるだけで、課題の日でも最初と最後に補足や注釈が入るし、教材をメインの日でも多少は筆記をやらされる。

最初の方はバランス良くやっていたんだが、気がついたらこんな形に収まっていた。

今日は課題をひたすらにやる日だ。


「終わったぞ」


「お疲れ様にございます。暫し確認をさせていただきますので、その間はごゆるりとお過ごしください」


子供にも容赦なく問題がびっしり書き込まれた10数枚の紙束を押し付けた鬼は、申し訳なさのカケラもなく最後の1枚の課題を受け取る。

代わりにちょっとした茶と菓子が差し出され、遠慮なく休憩を挟む。

最近は皇族教育の各分野の専門化をするにあたり、その分野に優れた教師に引き継ぎをする関係で、ただでさえ勉強の量が増えてる。

その上、先日やらかした事件のせいで、ミカエラに提出する書類作りも並行してやってるんだから、疲労具合が尋常じゃない。

いつもなら勉強を急かしてくるモルゲンが、最近は長めに休憩をくれるレベルだ。

今日もその例に漏れず、丁度カップが空になる頃を見計らい、モルゲンが口を開く。


「問題はこれと言ったミスもなく完璧な仕上がりと言えるでしょう。お見事にございます」


「そうか。なら今日の勉強は終わりでいいな」


ユリウスのために不自由の無い教養を身に付けようとは思って力を入れはしてる。

だから授業自体は真面目に取り組むが、かと言って必要以上にやろうとは思わない。

今日の課題はあれだけだと最初に確認していたのだから、これ以上の勉強は必要ないだろう。

そう思って読みかけの魔術の教本を開くと、モルゲンが今日の予定を告げる。


「殿下、お忘れですか?本日はアレイスター殿下の元へ訪問する日にございますよ」


お忘れでしたよ。

1日の予定を朝にモルゲンから概要を言われはするが、寝起きの俺の頭にはほとんど残らない。

そうか、今日は末弟に会いに行く日だったのか。


「先週会ったばかりだぞ?」


「もう先週に会ったきり、ですよ。他の皇族の方々のように毎日でも会いたがっていているのも悩みの種ではありますが、ユリウス殿下のようにあまり間柄ないと言うのも困りますな」


「困るのか?」


何故困るのかが全く分からないのでつい聞いてみただけだったが、モルゲンの目が残念な物を見る目になっている。

ここで表情に出さないのは立派だが、ここ数ヶ月でお前の感情の機微がだいぶ分かるようになったら割と筒抜けだぞ?


「えぇ。あまり会わないと言うのは周りに不仲と捉えられかねません。殿下自身はそんなことはありませんよね?」


「当たり前だろ。何で会わないだけで不仲になるんだ?意味が分からん」


本当に一応の確認なんだろうが、当たり前であるが杞憂以外の何者でも無い。

何で会話も出来なければ満足に動くこともできない弟に負の感情を抱くようになるんだよ。

ヤレヤレとため息を吐いて答えてやると、ため息こそないがモルゲンも似たような顔をした。


「宮中とはそういうものです。お聞きしたいのですが、何故殿下はアレイスター殿下に会いたがらないのでしょうか?」


「俺が世話するわけでも無い弟に会う必要なんて無いだろ。他が勝手に育ててくれるんだから」


「つまり、わざわざ出向くには何となく気が重い。と言うことでしょうか?」


「まぁ、平たく言うなら“怠い”だな」


「せめて面倒と仰ってください」


「どっちも変わらないだろ」


「言い方の印象は重要な物ですよ」


そんなものか。

最後のくだらない討論に適当なケリをつけ、仕方が無いので面倒ではあるがモルゲンの言う通り弟へ会うために出かけることにした。

それにしてもアレイスターねぇ…

俺以外の家族は仕事に支障が出ない範囲で可能な限り会いに行ってるらしいが、何がアイツらをそこまで駆り立てるんだろうか。

子供の短い足に時間こそ取られたが、同じ宮殿に住んでいるだけあって無事に弟の部屋へ辿り着く。

中に入るとまだ朝早くだと言うのにもう先に来ている人物が居た。

絹を頭に乗せたみたいな少女、ルミナリアはアレイスターを膝に乗せて馬鹿面をさらしていた。


「ルミナリアお姉様、また来てるんですか」


外では物静かなお嬢みたいな振る舞いをしているんだが、そんな皮をかなぐり捨ててデレデレする様は普通に気持ちが悪い。

銀髪だからシルヴァと被って見えるのも原因かもしれないが、何はともあれ姉のこんな姿を見れば呆れもする。

声をかけてやるとようやく俺に気がついたのか、顔を見てきた瞬間表情を整えて眉を顰める。


「あら、ユリウス。言いたい事があるのならはっきりいいなさいな?」


「暇なんですか?」


顔に出てたらしいので隠し事をせずに本心を述べてやる。

するとルミナリアは心外だと肩をすくめた。


「そんなことありませんわ。勉学に社交の合間を縫ってやっとの思いでアルに会いに来ているのよ」


「その割には良くここで会いますね」


「外出が無ければ毎日ここに来ていますからね」


思い返せばここに来てルミナリアに出会わなかったことは一回あったか無かったか怪しいレベルだ。

そう思っていたが、本人から当たり前だという訂正が入れられる。


「えぇ…やっぱ暇なんじゃ無いですか?」


「お父様も毎日いらっしゃってますわよ」


「アレはそういう生き物なので」


家族が命みたいな男を引き合いに出されれば全人類が霞むだろうが。

本当に皇帝をしているのかが怪しい男だ。


「相変わらずお父様には辛辣ですわね」


「苦手ですので」


「分からなくは無いけれど、もう少し甘えてあげなさいな。最近貴方のことで相談されたばかりですの」


「善処します」


俺の物言いにルミナリアは注意を入れるものの、そろそろ気難しい年頃に差し掛かったのにも関わらず、ベタベタに可愛がって来るシルヴァに悩んでいるからかどことなく同情的だ。

だから、俺の聞くつもりのない返事に取り敢えずは良しとしようと流してくれる。

ありがとう、モルゲン。

お前から教わった中で一番活躍してるのはこの言葉かもしれない。

扉の前で突っ立っているのもおかしいので、会話が一区切りついたところで隅に置いてある椅子に腰掛ける。

それから、ここに来て読もうと思ったいた本をアリスから渡してもらい、さっさと読書の体勢に入ることにした。


「せっかくアルに会いに来たのに本を読むとは何事ですの?」


「言葉遣い戻してもいいですよ。ミカエラお母様も居ませんし」


全くアレイスターに構う様子の無い俺にムッと形のいい眉を顰めるルミナリアだが、俺としては言葉遣いの方が気になってしまう。

教育の一環で親しい者だけの時でも続けてるように言い聞かされてるらしいが、話しにくいのでさっさとやめてほしい。


「それもそうね。貴方も楽にしたら?私もよりも礼儀に関しては嫌いでしょう」


幸い、ルミナリアも面倒であったみたいですぐに聞き入れてくれた。

逆に俺にもそうするように言って来るが、俺はルミナリアに対してはこの喋り方で慣れてしまったので、遠慮願うことにする。


「俺はこれでも弟ですので、一応の姉への敬意ですのでお気になさらず」


「それなら態度でも敬いなさいよ」


「俺はお父様の前でもこんなですよ」


「それ敬ってないわよね」


「そんな事ないですよ」


呆れた様な目でジッと見つめて来るルミナリア。

シルヴァと同じ扱いで何が不満なんだろうか?

VIP待遇ってヤツだぞ?

俺は心の機微は全く分からないタイプなので開いた本に視線を移す。

完全に読書の体勢に入った俺を見て仕方が無い弟を見る様な仕草をすると、諦めてアレイスターとの戯を再開しながら先程の話に戻す。


「それで、アルに構いもせずに何故ここに来たの?本なら自分の部屋で読めばいいじゃないの」


「俺もそう思うのですが、モルゲンがここに行けとうるさいもので。周りの目ばかり気にして、皇族って大変ですよね」


「周りの目?あぁ、貴族ね。貴方が外聞なんて気にするタイプだなんて思わなかったわ」


「まぁ、そうなんですが不仲なんて噂が立てば余計な騒ぎを起こす輩が出るらしいですからね。多少の迷惑で済むなら気にしないんですけど、継承とか派閥争いとかになったら多少じゃ済まなくなりますから」


貴族が何を言おうとどうでもいいが、俺のせいでユリウスの評判が下がるのは可哀想だからな。

ま、後半はともかく前半はモルゲンの話しをまるパクリしてるだけなんだが。

そんなことは知らないルミナリアから「誰だ、コイツ?」と言いたそうな気配を出すが、直ぐに心当たりを探り立てたようだ。


「あぁ、モルゲンにそう言われたのね」


「正解です。どうして分かったのですか?」


「貴方が言わなそうな言葉だから」


「それもそうですね。次はもう少し誤魔化す努力をします」


「そんな気さらさら無いのによく言うわね。本当に努力をする気があるならアルの相手をしてあげて」


と、アレイスターを俺の膝の上に寄越してくる。

あうあうと不思議そうに見上げる赤子。

半ば強引に渡されたアレイスターの身体を支えるために本を閉じて脇に手を入れる。


「あんまり、子供の相手は得意じゃ無いんですよ」


「貴方だって子供でしょうが」


俺の文句に呆れたルミナリアがため息を吐く。

それを言われると何にも返せないが、仮にも中身おっさんの俺には子供に合わせると言うのは結構ハードルが高いことは変わらないんだ。


「たかい、たかーい」


「なによそれ」


「赤子との遊びと言ったらコレだと聞いたので」


「何処からその情報を仕入れてきたのよ。そんなことより、危ないから止めなさい。落としたらアルが怪我するじゃ無い」


「アレイスターくらいの重さじゃ落としませんって。なんならルミナリアお姉様で試しましょうか?」


「結構よ」


今どきはそんなことはやらないのか。

皇族だからやらないのかは分からないが、俺が唯一知る赤子との遊びが早速頓挫した。

昔友人夫婦が息子にやっていたことをやったんだけどな。

しかし、そうなると困ったな。


「お姉様はアレイスターとどうやって遊んでいるのですか?


「絵本とか玩具よ。あそこにあるので遊んでいるの」


ここはアレイスターと遊び倒している先輩を頼ってみれば、これまた意外な答えが返ってきた。


「え、お姉様も玩具で遊んでいるのですか?それはチョット」


「アルのお手伝いよ。そうね、そんなに遊びに困っているのならユリウスの頬っぺたで遊ぶことにしましょ」


「いはいれふ」


姉が積み木なんかで遊ぶことを思い浮かべ顔を顰めれば、ルミナリアは笑みを歪めながら頬を引っ張ってきた。

流石にアレイスターと一緒になって遊んでる訳では無いらしい。

それは従者達みたいにただ見守っているだけなのではと思うが、ルミナリアが楽しいのならそれは遊びなんだろう。

途中で飽きるだろう俺には真似できそうに無いな。

「うーん」と唸っていると、視界に丁度良い物を見つける。


「ちょっとものを取りたいのでアレイスター預かってもらえます?」


再びルミナリアにアレイスターを引き渡し、目的の物を持って戻る。

手に持っているのは赤子用に布と綿で作られた柔らかいボールが入れられた籠だ。


「ボール遊びなら俺でもできそうです」


「ふぅん?お手並み拝見とさせてもらうわ」


何故か無駄に上から目線な姉からアレイスターをひったくり、ゆっくりと地面に座らせる。

赤子と一緒になって遊ぶと言う感覚はよく分からない俺でも、人の目を引くような芸なら知ってる。


「よっ、よっ、よっ」


「へぇ、器用ね。前に来てたサーカス団が出してた演目の一つよね」


「アレンジは加えてますけどね。ナイフとかだともっと映えるんですけど、傍目から見たら危ないですから、これで代用です」


手始めに始めるのはジャグリングだ。

重さが無いせいで少しやりにくいが、取り敢えず5つも回せばそれなりに見れるモノにはなる。

ただ回すだけじゃ面白みに欠けるから、股の下を通したり、背中に回したりと緩急を付けてやればルミナリアが感心する。

で、肝心のアレイスターはと言うと、狙い通りに物珍しげに目が釘付けになっていた。

しかし、子供というのは残酷と言うか飽き性と言うか、それほど長い時間興味を引く事は出来ない。


「うー、うー!」


「見てるだけじゃ退屈だよな。アレイスターもやってみるか」


どれだけ派手な技を決めようとも、技術に対する価値なんて知るよしも無い赤子は、早速ボールの方に興味が移る。

試しにボールを差し出してみれば、飛び付くようにボールを両手で掴む。


「まずはこうやってボールを左右に投げるんだ」


手本としてボールを1つ左右に投げて移動させる。

それを見たアレイスターも真似て放り投げるが、ものの見事に明後日の方向に飛ぶ。

力のコントロールもままならない赤子には難しいかもしれないが、幸い本人はめげるどころか楽しそうに投げては拾い、投げては拾いを繰り返す。

怪我をしないように見守る態勢に入れば、ニマニマとしながらルミナリアが話しかけてくる。


「子供の相手が得意じゃ無いって言う割には小慣れているわね」


「普段から付き纏って来るのが多いので」


「そういうことにしておいてあげる」


意味深な言い振りをされるが、そういうことも何も本当のことなんだが。

アレクなんかは顕著で玩具のデモンストレーションをしてやれば大抵食い付いて来る。

クロードとシューベルトですら興味を惹けるんだから、俺のプレゼン能力は捨てたもんじゃ無い。

それを活かしただけなんだが、何が姉の琴線に触れたのか普段絶対にしない品の無い笑みを浮かべ続けるのだった。

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