とある小動物は見た
げっ歯目の回です。
我は精霊王である。名前はまだない。
主として選んだユリアーナが、我にまだ名前をくれないのだ。悲しい。
その理由は、我が弱いからである。
いや、我は弱いわけではない。
仮の姿である小動物の外見を有しているとはいえ、我は精霊王である。本来の力は精霊界に置いてあるのだ。我は強いのだ。
……精霊界に戻れば、だが。
いやいや、まだ精霊界に戻るわけにはいかぬ。
この世界に繋がる扉が、次はいつ開くか分からぬのだ。魔王に蹂躙される前の平和な世界を、我は謳歌したい。
「さーて、休憩時間は何をすっかなぁー」
む、黒髪発見。
こやつは主の護衛をしているが、強者の気配がムンムンと漂っている。まだ開花しておらぬようだが、こやつの成長は楽しみではあるな。(上から目線)
「ん? なんでお前ここにいるんだ? さてはお嬢様の勉強の邪魔したんだろ」
「きゅ!(ちがう!)」
「なに言ってるか分からねぇけど、不満そうだな」
我の言葉は今のところ、主であるユリアーナと、その父親である氷の男のみが理解できている。黒髪は勘が鋭いようで、我の感情がなんとなく分かるようだ。
「よし、お前に付き合ってやるよ。魔法の勉強しているときはペンドラゴン様が護衛してっから、俺は暇になるんだよなぁ」
「きゅきゅー?(暇などと言っとらんで、訓練でもしたらどうなのだ?)」
「なんだよ。こうやってる時間は、一応屋敷の周辺を見回りしてんだぜ?」
「きゅっ!(ならばよし!)」
「ククッ、お前、偉そうだな」
黒髪よ、我は「偉そう」ではなく「偉い」のだ。間違えるな。
不満げに鼻をピスピスさせていると、黒髪は我をふわりと持ち上げ頭にのせた。
うむ、大儀である。
「んじゃ、どこにいく?」
「きゅ!(屋敷を案内せい!)」
「え? 屋敷の中か?」
うむ。少々気になることがある。
屋敷の中に、ごくわずかではあるが妙な気配を感じるのだ。
「お前にとって面白いもんなんて、なさそうだけどなぁ」
黒髪よ、我を普通のモフモフの愛らしいモモンガだと思うなよ?
未だ弱小の身なれど、主を守る心は強くあるのだ。お前と同じようにな。
首を傾げながらも(我は落ちそうになったが)黒髪は我を頭にのせたまま屋敷に入る。
主と共にいると、なかなか見ることはない使用人の部屋や、調理場などを通っていく。
ちなみに我は普通の獣ではないから、毛が落ちたり不衛生ではない。調理場の中に入ることができるし、つまみ食いをしたとしても許されてしかるべきなのだ。許されなかった。解せぬ。
「んで? 何が気になってるんだ?」
「きゅ!(あっちに妙な気配がするのだ!)」
「いてて、髪を引っ張るなって、ハゲるだろ」
「きゅきゅ!きゅきゅ!(まだ若いから平気だ!ハゲるのはもっと先だ!)」
「何言ってるか分からねぇけど、なんか聞き捨てならないこと言われた気が……」
「きゅー!(早く行くのだー!)」
「はいはい」
屋敷の二階に上がると、そこは主や氷の男がいる場所になる。
もっと奥を示す我の体を、黒髪がやんわりと押さえた。
「きゅ!(何をする!)」
「これ以上は、俺が入るのを許されていない。侯爵サマの執務室があるだけだ」
「きゅきゅ……(この奥が怪しいのだが……)」
いや、この場所でもいい。
我は風と水と光の精霊に働きかけ、あの時のように水鏡を作り出す。
「ん? 何だこれ、変な鏡が出てきたな」
「きゅ、きゅきゅ(魔法ではなく、自然の力が動いたからな)」
「へぇ、多才なんだな、お前」
多才とは失礼な。我は全知全能の精霊王であるぞ。
しかしながら、黒髪の頭は安定感があり居心地良い。少々の無礼は許してやろう。
水鏡に映ったのは氷の男と、我の苦手なシツジと呼ばれている男だ。
なぜかこのシツジという男に我は逆らえない。我の動物的な本能の部分で、命の危険を感じているようなのだ。ぶるぶる。
そんな我を黒髪は優しく撫でてくれる。うむ、苦しゅうない。
『このローブに、呪が入っていると?』
『はい。城の研究所で分析をかけたところ、身に着けた者を魔王教に洗脳、命令の厳守、失敗すれば自死させる呪であると』
『身につけなければ発動はしない?』
『さようでございます。念のため呪を封じる魔道具をつけておりますが、保管は王城でするとのことです』
『……そうか。これを元に虫をおびき寄せ、一気に殲滅しようと思ったが』
『旦那様』
『わかっている。ユリアーナのいる所ではやらない』
『そうではございません』
呆れ顔のシツジが、氷の男の手から灰色のローブを取り上げている。良い判断だ。この男は娘のことになると、知能や思考というものが消滅するようだからな。
「お前、俺にこれを見せたかったのか?」
「きゅ?(何のことだ?)」
「いや、何でもない」
何だかよく分からんが、まぁいい。我を撫でる黒髪の手が止まっているのが不満ではあるが、妙な気配の謎が解けたからな。
さて、移動しようとしたその時、シツジが口を開く。
『ところで旦那様、ユリアーナお嬢様のお茶会についてですが……』
『うむ。王都全体で祝う、ユリアーナ生誕祭の計画は進んでいるか?』
『落ち着いてください旦那様。お嬢様のために小規模のお茶会にしようと昨日仰っていたではありませんか』
『……チッ、そうだったな。進んでいるのか?』
氷の男が小さく舌打ちしている。黒髪が「王都で祝うって、国の王族かよ」と呆れているところを見ると、かなりの親バカ発言をしていたと予想できるな。
……人族のことはよく分からんが、この男は親として大丈夫なのか?
シツジがいれば何とかなるかもしれんが、主の親としてとてつもなく不安だ。不安しかない。
我は苦手だが、主のためにシツジを労ってやろうと思う。
『お茶会の招待客の選別、食事などのお品書きを後でお持ちします。それと……ユリアーナお嬢様の淑女教育についてですが』
『いらん。何度も言わせるな』
『なぜです?』
『必要ないからだ』
『ですが、貴族として傷つくのはお嬢様です』
『……マーサから基本を学ぶよう伝えておけ』
『かしこまりました』
やはり人族のことは分からないが、黒髪がホッとしているから主の危機は去ったのだろう。うむうむ。
さて、そろそろ主の勉強は終わるだろう。行くぞ黒髪。
「戻るのか? はぁ、何やらとんでもない話を聞いたような……」
「おや、とんでもない話とは?」
「そりゃ、お嬢様が……って!?」
我はしばらく前から体が固まって動けなくなっている。
いつから居たのか、黒髪の背後にシツジが立っていたのだ。屋敷の奥にある執務室で、つい先ほどまで氷の男と会話をしていたはずなのに……。
「今の話は、ご内密に」
そっと指を一本、口元に寄せて微笑みを浮かべているシツジに、我らはただ頷くことしかできなかった。
恐怖のあまり膨らんだ毛並みはしばらく戻らず、言い訳を考えるのに苦労した。
これから屋敷内の探検をする時は、主と共にしようと決意する我であった。
ぶるぶる。
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妙な気配とはもしや……?(背後に冷気を感じるもちださん)




