21、幼女は嫁にいけるのか
デン!
珍しくも、お父様と一緒に朝食を囲むことになっている!
デデン!
目の前に並べられている、いつもより数倍多い食事内容!
デデーン!!
そして、なぜかお父様に膝抱っこされている私ユリアーナ!!
「ベルとうしゃま、これは?」
現状に困惑した私が上を向くと、眉間に深くシワを寄せたお父様に見下ろされる。
この表情は不機嫌……じゃないですね。ちょっと目尻が赤くなっていますからね。
「しばらくの間、報告を聞いていない」
なるほど。
最近、動き回っていた私は、お父様の帰りを待たずに寝てしまっていた。だから、夜の報告はセバスさんたちが代わりにしてくれていたんだっけ。
私を見下ろすお父様の様子も、心なしか寂しそうに見えなくもない。
「ごほうび、なかったです」
「うむ」
頭を撫でてもらったり、おでこにチューのご褒美は恥ずかしいけれど嬉しい。
前世でも、男性から甘やかされるなんて経験は無かったからね。ふへへ……。
「まずは食事だな。セバス」
「かしこまりました」
セバスさんが優雅な所作で、並んだ食事をたくさんのスプーンにのせていく。
お父様はスープを、私の口元にひとさじ寄せる。
「ユリアーナ、あーん」
「ふぇ?」
「セバスの教本に、親は子に食事をこうやって与えることがあると書かれていた。しっかりと実践せねばならん」
「じっせん……」
救いを求めるようにセバスさんを見ると、すごく良い笑顔を返された。
いや、そうじゃない。
「む、熱いか」
戸惑う私に、お父様はスープが熱いからだと思ったようで、ふぅーっと息を吹きかけて冷ましてくれている。
ちょっと待ってください。
無表情な美形お父様が、幼女に食べさせるために、フーフーしてくれるとか。
そんなん、そんなん無理や。萌え殺されるんちゃうん。(なぞ方言)
「ほら、あーん」
「あ、あーん」
中にいるアラサーを押し殺し、幼女ユリアーナは決死の覚悟でスープを食らう。
「どうだ?」
「おいしいれしゅ」
さすがに噛んだ。そしてお父様がひと口大にちぎってくれたパンも、勢いよくパクリと食べる。ほんのりバターが付いてて美味しい! もうひと口!
「……付いている」
「むぐ?」
お父様は私の口元に付いているパンくずを取ると、その指を自分の口元へと持っていく。
その一部始終を見守る私の顔は、きっと真っ赤になっているだろう。
「私も食べないとな、ユリアーナ」
「……あい」
すかさずセバスさんが、スクランブルエッグと小さくカットされたベーコンをのせたスプーンを私の手に持たせる。
こ、これは、まさか私も……?
救いを求めるようにセバスさんを見ると、さっきよりもさらに良い笑顔を返される。
いやだから、そうじゃないっつの。
「う、ベルとうしゃま、あーん?」
「あーん。……うむ、美味いな」
「よ、よかったれしゅ」
その後も、パンやスープ、ワンスプーンにされた朝食たちを食べさせ合いっこした私たち。ひと口食べると、都度ご褒美のデコチューをもらえるシステムになっていた。
もう、お父様の甘やかしが、しゅごい……。
屋敷の人たちから生温かい目で見守られ、私たちは朝食を終えるのだった。
「なるほどな。久しぶりに父親との時間を過ごせたってわけか」
「あい、おししょ」
「なら魔法訓練にも身が入るってもんだよな」
「あい、おししょ」
虹色の髪を揺らしたイケオジ魔法使いは、ちょっとタレた目を眇めて私の上の方を見る。
そう、私は未だ、お父様に膝抱っこされている状態なのだ!(デデーン!)
いつもの庭の東屋で、私たちは魔法のお勉強をしている。そう、なぜかお父様が授業参観しちゃってるけどね!
「おいランベルト、邪魔なんだけど」
「私が居ることに不都合が?」
「不都合が?じゃねぇよ。王宮に行って仕事しろよ」
「今日は休みだ。私がどこにいようと構わないだろう」
「構うだろが」
私を離すまいと、ギュッと抱きしめるお父様。嬉しいけどちょっと苦しい。ぐぇ。
「ユリアーナはここしばらくの間、ヨハンや神官の娘を相手していたのだ。今日一日くらいはいいだろう」
「ごめんなしゃい、おししょ。ベルとうしゃまも、いっしょでいいでしゅか?」
「はぁ、まぁいいだろう。今日は魔法理論をやるつもりだったし、この際ランベルトに教えてもらえ」
「ふぇ? なんで?」
「俺よりも詳しいからだ」
上を見れば、お父様が私を見下ろして小さく頷いてくれる。
ふぉぉ、これは嬉しい。特別授業だ。
とはいえ、いかんせんお父様は言葉数が少ない。セバスさんあたりなら一言で百くらいを読み取ることができるんだろうけど。
そんなこんなで、お師匠様が解説をしてくれることになりました。
そう簡単に、さぼらせるわけにはいかないですからね。
「フェルザー家は代々、高い魔力を持つ家系だ。お前の兄ちゃんもそうだけど、感情の起伏で魔力を発動させてしまうことが多々ある。そこで物心つく前から、感情を殺す訓練をすると同時に、魔法の理論を学ぶらしいぞ」
「まなぶ?」
「ユリアーナは最近……魔力が増えたからな」
お父様の眉が八の字になっている。
そうか。元々ユリアーナの魔力は弱くて、あの魔力暴走で変わったんだっけ。
「ま、感情を殺す云々は、訓練しなくても出来てたみたいだけどなー」
学生時代も無表情の仮面をつけているみたいだったと、お師匠様は笑っているけれど……。
「ベルとうしゃま」
「……なんだ?」
なぜか胸がキュッと締め付けられるような気持ちになった私は、膝抱っこからよじよじと向かい合わせになって、お父様の首にしがみつく。
「ベルとうしゃま、いっぱいがんばってて、えらいの」
「……ユリアーナ」
後ろに撫でつけられた銀髪に手を伸ばして、よしよしと撫でる私。
実の子でもない私が、お父様に触れるなんておこがましいことだとは思う。それでも、少しずつ可愛がってもらっている身としては、なにかお返ししたかったんだ。
「あ、ランベルトばっかりズルイぞ。嬢ちゃん、師匠にはないのか?」
拗ねるお師匠様は、器用にもアホ毛を矢印の形にして下へ向けている。
前から聞こうと思ってたけど、その魔法めちゃくちゃ便利そうだから教えてほしい。
毎朝、マーサたちにしっかりと髪を整えられているから、アホ毛がないのよね。ぐぬぬ。
「ペンドラゴン、これは私とユリアーナにのみ許されたものだ」
「親子だからか?」
「そうだ」
「んじゃ、嬢ちゃんが嫁にいったら終わるやつなんだな」
「な……んだと……!?」
突如ドンガラガッシャーンと落ちた雷を、お師匠様は軽く指先で散らしたから私たちは大丈夫だけど、遠くにいた庭師のおっちゃんがびっくりしてた。ごめんよ。
「おい、感情を殺す訓練はどこいったんだ」
「ユリアーナは、やらん!」
「あん?」
「ユリアーナは、嫁にやらんと言ったのだ!」
「なんでだよ。可哀想だろうが」
「やらんと言ったら、やらん!」
「駄々っ子か」
ふむ、確かにこのままだと、ユリアーナはお嫁にいけないだろう。
なぜなら、私の書いた小説どおりだと、炊事洗濯苦手のキャラだったからね。
「あい。ユリアーナはベルとうしゃまと、ずっといっしょです」
「……ユリアーナ!!」
表情は見えなかったけど、やたら興奮したお父様に抱きしめられた私は、幼児体型あるあるのぽっこりお腹を潰されて「ぐぇ」っとなりましたとさ。
めでたしめでたし。ぐぇ。
お読みいただき、ありがとうございます。
シリアス展開を回避できたっぽいと、内心ほくそ笑む幼女でした。




