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スコップ1つで異世界征服  作者: 葦元狐雪
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第63話 「鋭利な殺意」

 「来るぞ! 逃げろ!」


 漆黒の鎧の騎士が跳躍したのを見て、パンパカーナが男へ注意を喚起した。

前後から敵に挟まれるというこの状況——逃る。もはや、それしか選択肢の余地はない。

実力の差がありすぎる。漆黒の騎士と戦ったときに重々思い知った。禁忌の力とやらは、想像以上に強い。


 ——いち撃でも攻撃を喰らえば、重症は避けられないだろう。

 男はキセルを燻らせながら、遠い目をしている。

 何をしているのだ。どうして悠長に構えている。お前の想像以上に彼奴は......。

 キセルを口から離し、煙を吐き出すと、男は落ち着いた口調でいった。


「のお、お前さん。ちょっと想像してみてくれんか。茶碗の中で三つのサイコロが回っている様を」


「今はそんなことを言っている場合じゃないだろう!」


「ええから。そのサイコロの目はそれぞれ、何が出ると思う?」


「......え、それは......」


 パンパカーナは想像する。黒い漆塗りの茶碗の中に放り込まれた三つのサイコロが、陶器を打ち叩く軽やかな音をさせながら、それぞれのサイが互いにぶつかり合う様子を。

 目まぐるしく変化する羅列した点——徐々にサイコロたちの動きは弱まり——今明かされる、その答え。

 生唾を飲み込むと、パンパカーナは据えた目でいった。


「一の目だ。全部、一」


 なぜそう思ったのかはわからない。けれど、直感で思ったのだ。夢幻の茶碗の中で肩を寄せ合うサイコロたちは皆、赤い目でこちらを見ていた。

 男は驚いた顔をすると、口角を上に上げ、嬉しそうに「へっ」といった。


「お前さん、名前は」


「パンパカーナだ。......パンパカーナ・パスティヤージュ・パンナコッタ」


「オーケイ、パンパカーナ。ほいじゃあ、ちょいと見ときんさいや......ワシの、魂の神器をッ!」


 男がいうと、空気中を漂っている煙が鋭利な槍に変化し、宙に浮かんでいる鎧騎士に飛んでいった。

 十本の槍。

 それらすべてを、鎧騎士は体を捻って躱した。着地した。ガチャリという重い音が響き渡った。

 男は「やるじゃねえか」と感嘆するようにいった。 

 パンパカーナは背後を見る。サングラスの武士が腰に差している刀を抜き、構えているところだった。


「貴様こそ、名前は」


 とパンパカーナは男に名を訊ねた。


「ワシか? 四天王寺縁してんのうじえにし。気軽にエニシって呼んでくれや」


 パンパカーナはたしかめるように「エニシ」と反復すると、


「では、エニシ。私は後ろの男を相手にする。だから、そいつを任せてもいいか」


 といった。彼が勇者落ちであるとカミングアウトしたことは衝撃的だったが、それは、この危機的状況において、随分と頼り甲斐のある事実だった。

 彼の実力もまた未知数だが、少なくとも、この世界で生き残っている以上、ある程度の実力はあると信じ、背中を任せるしかなかった。

 ——私は人を信頼することが怖い。また、人から信頼されることも怖い——あのときの忌々しい記憶が尾を引いているのだろう。

テラ・エンドライトの死に際に見せた、全てを諦めたような安楽した顔が脳裏をちらつく。


「殺して、いいや」


 炎に焼かれつつある彼女の顔は苦痛に歪むことなく、また、喚叫ぶでもなく——そのまま安らかな面持ちで灰燼と化した。

 あの頃とは違う。もう、同じ過ちは繰り返さない。轍を二度踏むことはないのだ。

 男は勝気に笑った。「任せときんさい」といった。それが、パンパカーナの心の重荷を幾分和らげてくれた。


「来いや、黒いの。ワシの魂の神器『雲烟過眼うんえんかがん』の真の力。たっぷり見せちゃるけんのお!」


 男がいった。その後、背後から砂を含んだ突風が吹いてきた。それが追い風のようになり、パンパカーナの背を優しくあと押ししてくれた。

 一歩踏み出すと、サングラスの武士は緊張したように構えた。一部の隙もない。世界を救った元勇者の護衛を務めるだけはある。

 その圧倒的威圧感に肌がヒリついた。木製のスナイパーライフルの銃把を持つ。手が少し震えている。額と鼻に汗が浮いているのがわかる。


(——大丈夫だ。これは緊張ではない)


 自身に言い聞かせるように心で唱える。


(——また、これは畏れでもなく)


 眇めながら照準器越しに的を見る。


(——覚悟と奮起による、武者震いの類である)


「気をつけなさい。追い詰められた女は、何するかわからないわよ」


 パンパカーナは殊更にいうと、透明な引き金を引いた。少女の魂を糧に、情熱の炎は杖の底より放たれた。



 $$$



 四肢の動きを封じられ、木の天井に張り付けられた十二単牡丹は、

戸賀勇希の唐突な女性的たる声音と口調への転換に、当惑した表情で、不気味に微笑している彼の姿を凝然と眺めていた。

彼ではない。現在、牡丹は確信に近いものを得ていた。昨日、戸賀勇希に内在する彼とは違う漠とした何かを僅に感じてはいたのだ。


 軽んじていた。高をくくっていた。見通しが甘かった。

 気にすることはない。劇的に強くなったとはいえ、所詮、私の敵ではない。

 いざとなれば、短冊に書き記した命令を使用して、彼の背後にまわり、この手で触れてしまえばいい。

短冊に変えてしまえば、彼は何もできず、永遠に意識を保ったまま、十二単の一部となるのだ。


 ——そう、考えていた。

 予定外だ。予想外だ。予測外だ。いったい、この状況はなんだ。最強の能力を持つ私が、どうしてこの有様。

彼奴は私を見上げているはずなのに、見下されているように感じる。

——不愉快だ。脱出を試みる。しかし、両の手首はしっかりと固定されており、微動だにしない。


「どうしました? 牡丹さん。私の声、聞こえていますか?」


 うるさい。喋るな。お前は何だ。戸賀勇希ではないのか。それとも、本当にラルエシミラなのか。

 エレボスからは「戸賀勇希がレベッカを死の淵へ追いやるほど強くなった」という報告と、容姿についての情報くらいしか受けていなかった。

 けったクソ悪い。エレボスも私と同じく、彼を軽んじていたというわけだ。戦闘向きではないレベッカが負けるのは仕方がない。


しかし、我々のように、戦闘特化型の魂の神器使いが負けるようなことはないだろうと。そういうことか。

 戸賀勇希は久しぶりといった。最後に彼らと顔を合わせたのはつい数時間前だ。なのに、「久しぶり」は不自然だろう。

そして、癪にさわるこの丁寧な口調。聞き憶えのある凛とした声。黒髪から銀髪、男性的から中性的へ。確定だ。こいつ、ラルエシミラを体内で飼ってやがった。


「やかましい、十分聞こえとるわ。ほんまに、あんたはラルエシミラか」


 裏付け。そのために牡丹は訊いた。


「はい。たしかに、私はラルエシミラ・ラミシエルラです。今はトガさんの体を拝借していますが、そのうち体が馴染んでくるにつれて、風貌も私らしく変化していくでしょう」


 戸賀勇希——否。ラルエシミラは臆面なくいった。なるほど彼女はどうやら、なんらかの方法で、戸賀勇希の精神的支配権を得たらしい。

 戸賀勇希の精神に負荷をかけることで、闘値を限界まで上昇させるという算段が裏目に出たのだ。

 牡丹は舌打ちをした。もう一度力を込めて繊維の鎖を解こうとしたが、やはり、非力な彼女ではどうにもならない。


「無理ですよ。しっかりと縛り付けましたから。並の筋力では引き裂くことはできません。特に、あなたでは」


 煽動的にラルエシミラはいった。口許に薄い笑みを浮かべている。勝利を確信している。

 ラルエシミラは、ちょうど牡丹の腹部の真下へ立つと、手にしたスコップを振った。すると、スコップは剣のような形状に変化した。


「なんや......。おい、何をする気や、おい!」


 牡丹はもがいた。しかし、動かせるのは首と足首のみだった。

まるで、アンドレア・マンテーニャの『キリストの磔刑』のような姿で、必死にかぶりを振っている。

 ラルエシミラは、そんな牡丹の腹部に容赦なく、白刃の切っ先を突き刺した。鮮血が寄り集まった短冊に染みていく。


「どうですか? 痛いですか?」


「......」


 あまりの痛みに声が出ない。表情を歪め、歯を食いしばることで痛みを緩和しようとするが、ますます酷くなる一方だった。

 脳の電子回路が焼き切れるような感覚。

次々と過去の記憶が奔出するなか、底のそこで息を潜めていた、彼女にとって最も忌むべき記憶が蘇った。



 


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