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スコップ1つで異世界征服  作者: 葦元狐雪
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第43話 「親友へ」

  パンパカーナは突如ステンドグラスの破片と共に舞い降りた銀髪の男に目を丸くしていた。

 さらに、その男が戸賀勇希を名乗り、彼女を助けに来たなどというものだから、

 パンパカーナはさらに驚いた。

 髪色も髪型も違う。顔は中性的であり、美形の類だ。身長も伸びている。

 しかし、声だ。声は変わっていない。そのことが、パンパカーナが彼を

 戸賀勇希であると確信する理由になった。


「助けに来た、だと?」


 シーボ国女王陛下・レベッカ・トラヴォルジェンテ・イモルタリータが下着姿のまま、

 下げた拳を震わせて、柳眉を逆立てながら重圧のある声音でいった。

 レベッカは内心業腹だった。唐突に現れた名も知らぬ男の、自身の使用人であり愛娘である

 パンパカーナを奪おうという不躾極まりない行為に対する憤懣が、

 その眉間に刻まれた皺に色濃く表れていた。


 彼女の非人道的ともいえる愚行を棚に上げた歪んだ愛情であったが、その愛は

 真直で淀みなく、使用人達の身を粗雑に扱うような真似は決してしなかった。

 だが、それは『脱走を謀る』や『暗殺を企てる』などの謀叛に対しては例外である。


 過去に幾人かの少女たちを情け容赦なく断罪し、倫理道徳をかなぐり捨て、性の情動に

 身を任せて汗と涙に塗れた少女の肢体を貪った。

 それは『儀式』と呼ばれる死刑方法。


 レベッカは儀式の過程を使用人達に終始見せつけていた。

 そうすることで彼女達の記憶に深い傷を残し、精神にトラウマを植えつける

 ことによって恐怖という名の楔を打ち込む。

 すると、レベッカに叛く者は誰一人としていなくなるのだ。


「——っ!?」


 パンパカーナはロープに胴体を絡め取られ、そのまま戸賀勇希の

 片腕に吸い寄せられるように抱きかかえられた。


「ごめん、パンパカーナ」


 戸賀勇希が憂いのある表情でいった。

 思わず泣いた。嬉しかった。

 パンパカーナは涙で頬を濡らしながら、

 笑顔で謝辞の言葉を述べた。


 その後、レベッカの迫力のある剣幕に怯むことなく

 いった戸賀勇希の言葉にまたしても涙が溢れた。


「殺れ」


 レベッカが静かにいった。

 衛兵たちが勇ましくパンパカーナたちに向かって

 突進してくる。

 さらに後衛には銃を構えた衛兵。


 数が多すぎる。このままでは戸賀勇希が死んでしまう。

 いやだ、いますぐ逃げて欲しいと思ったパンパカーナ

 だったが、一瞬にして衛兵たちが巨大で鋭利なクリスタルに

 貫かれる様を見て、言いかけた台詞を飲み込んだ。


 手枷が壊されている。

 細く伸びたクリスタルが砕いたらしい。

 パンパカーナは思う。

 なんだ、これは。私の横で白銀に輝く剣を携えている

 人物は本当に戸賀勇希なのだろうか。


 こんな技は見たことがない。

 戸賀勇希の魂の神器は地面を掘ると

 水が勢い良く噴出するという力だったはずだと。


「やっぱ、まだ覚えきれてねえな」


 戸賀勇希がいった。

 なんのことだろうか。

 覚える。いったい、何があったのだ。


 と、レベッカの魂の神器によって復活した衛兵が

 再び立ち上がって剣を構える。

 パンパカーナは「馬鹿な」と呟いた。


 戸賀勇希を見やると、不自然に体が固まっていたので、

 まさかと思い、使用人長を見るとそのまさかであった。

 奴の能力を伝えなければ。そう思い、口を開いたが

 阻止されてしまい、床に伏せられる格好になった。



「なんと情けないのでしょう。勇ましく助けに来て、

 女王陛下に啖呵を切っておいてこのザマですか」


 使用人長が舌を使っていった。

 相変わらず嫌な奴。常に嘲笑気味の

 口調はパンパカーナを苛立たせ、悵恨の

 思いは膨れ上がり胸部を内側から圧迫した。


 見透かしたような顔を殴ってやりたかった。

 あのおぞましい舌を噛み千切ってやりたかった。

 パンパカーナは自身の非力さを嘆き、恨んだ。


 使用人長が戸賀勇希の手から武器をもぎ取ろうとする。

 しかし、剣先が床に刺さると、ゆっくりと前方に倒れ、

 金属音がしたと同時に、使用人長は天井を突き抜けて

 遥か空の彼方まで連れ去られてしまった。


 唖然とするパンパカーナ。

 あの勝ち筋の見えなかった使用人長を

 容易く葬ってしまった。

 そしてパンパカーナは戸賀勇希が躊躇なく人を殺した

 ことに驚いていた。


 その後、戸賀勇希がレベッカの感情を刺激するようなことをいうと、

 レベッカの一声で衛兵が咆哮し、力尽きた。

 すぐに蘇生し、立ち上がる。

 すると衛兵が次々と集まってきた。


 衛兵たちは銃を構えた。発砲した。

 戸賀勇希に飛んでいく。

 が、銃弾は塵となって消えた。


 パンパカーナは思った。

 まただ。どうしてこんな力が使えるのだ。

 発射された銃弾に意図的に刃を当てること

 など、熟練された剣士であっても出来る者は

 ごく一部だろう。


 それだけではなく、弾丸を粉塵に変えてしまった。

 強い。まるで、八人の勇者のように強い。


 衛兵の群れが躍り掛かる。

 それらをなぎ払い、蹴散らしていく。

 レベッカは焦った。焦ったついでに口から出た言葉の

 音色はわかりやすいほど彼女の気持ちを示していた。


 馬鹿な。こんな力を持った勇者落ちなんて聞いたことがない。

 荒削りだが、我々に匹敵するかもしれないそのポテンシャル。

 しかし、彼奴に勝ちはない。


 魔王やその幹部と比較すれば、たいしたことはないのだ。

 同胞はまだまだやってくる。多勢に無勢とはまさにこのことよ。

 そう考えるレベッカは不敵に笑った。


 パンパカーナも次第に増える援軍を見て、このままではジリ貧になるであろうことを

 察していた。魂の神器は己の魂の力を糧に能力を発揮することができる。

 無論、それは無際限ではない。

 言わなきゃ......。もう、私を置いて逃げてと。


「大丈夫、心配すんな」


 戸賀勇希はパンパカーナの頭にそっと優しく手のひらを置いた。

 いえなかった。言葉が続かなかった。

 パンパカーナは心の中で救われたいという願望と、自身の命を犠牲に

 友を生かしたいという願望、レベッカを打ち倒して不条理に囚われた

 使用人達を解放して欲しいという願望が交錯していた。


「くそっ! お前ら、どけ!」


 戸賀勇希が岩の波をつくりだし、衛兵を押しのけている。

 それは、なるべく衛兵の命を奪わないよう配慮しているふうに

 みえた。


 声が聞こえた。パンパカーナを呼ぶ声だった。

 白い巨大な扉が開け放たれているそこへ、大勢の衛兵のなかに入り混じって、

 スナイパーライフルに見えなくもない木製の杖を掲げ、

 息を切らして誇らしげな表情で立っているルトがいた。


 パンパカーナはどうしてと思った瞬間、理解した。

 そうか、使用人長の支配が解かれたのか。

 宮殿中の扉のロックは外れていたので、ルトは

 地下牢から脱出することができ、見事パンパカーナの

 魂の神器を見つけ出したというわけだ。


「ほら、受け取れ!」


 ルトが投げた。弧を描いて飛んできた。

 パンパカーナは小さな手でそれをキャッチした。

 その時、戸賀勇希がいったことにパンパカーナは

 困惑し、どうしたら良いのかわからなくさせた。


 戸賀勇希は『俺を撃て』という。

 無理だ。どうして友をこの手で殺さなければならない、

 なぜだ、どうしてここで死を選択する。


 それならば、私を置いて逃げればいいだろう。

 なにを意固地になっている。お前が私を助ける

 道理なんてないんだよ、そもそも私があの女に

 射抜かれなければ、勝ってさえいれば!

 ......こんなことには、ならなかったのに。


 パンパカーナは杖を構えたが、どこへ向けて良いか

 わからず、塞がれた銃口は照準を求めてさまよっていた。


「いいから早く! 俺を撃つんだ!」


 戸賀勇希が叫ぶようにいった。

 パンパカーナの目に涙が溢れた。

 やめろ、やめてくれ。

 できるわけがないだろう。


 パンパカーナは葛藤した。

 が、それは戸賀勇希による叱咤激励にも似た

 言葉によって勇気の決意に変わった。


「信じろ! お前の仲間を、信じろ!」


 今は信じるしかない。親友といってくれたあなたがそういうのだ。

 戸賀勇希は私を助けに来てくれた。

 命を賭して、圧倒的な力を持つ勇者に対し

 果敢に挑んでいるのだ。

 私が退いて、どうする——


 覚悟の炎に熱された涙を流しながら、パンパカーナは

 重い引き金をひいた。

 紅蓮の弾丸が穴のない銃口から飛び出し、螺旋に回転しながら、

 戸賀勇希の背中を目指して疾る。


 何かいったように見えたが、それはパンパカーナの周囲から

 現れた岩によって視界が霞んだ白に支配されてしまったことと、

 雫に覆われてぼやけた視界で分からなかったのだ。


 直後、爆発したような音がした。

 篭った轟音が鳴り響き、濁った白い壁は紅くなった。


「戸賀勇希ーーーー!!」


 パンパカーナは結晶の箱の中で悲痛に叫んだ。

 途端に罪の意識に駆られ、頭を抱えてうずくまった。

 どうしよう、私は殺してしまった。仲間を、親友を殺してしまった。

 頭が割れるように痛くて、眼球が痺れるほど泣いた。


 少しして、壁が崩れて景色が変わった。

 頭を上げてみると、玉座の間は変わり果てていた。

 黒い煙が燻り、焼かれた衛兵が積み重なるように倒れ、ガラスの窓は割れて、

 ルトのいた入り口はクリスタルで塞がれていた。

 外からクリスタルを叩く音が聞こえる。


 しかし、いくら目を凝らしても、なんど泪を拭ってもレベッカと

 戸賀勇希の姿を見つけることができない。

 戸賀勇希のいたところには黒い灰の塊が積もっていた。

 パンパカーナはよろめきながら這い出し、まだ熱を保った床を

 膝と両手を使って灰の塊まで進んだ。


 灰を掬い上げた。窓から入ってくる風によって吹き流された。


「と......ゆ......き......」


 パンパカーナは消え入りそうな声でいった。

 そして灰をかき集めるとぎゅっと握りこみ、

 胸に押しつけて顔を伏せた。


 カタカタと音がする。

 すぐ近くからだ。

 どこだろうか......。


 音の発生源を探して頭を振るパンパカーナ。

 と、足元から人の拳が飛び出してきた。


「きゃっ!」


 パンパカーナは驚いた。

 すると戸賀勇希が大理石の板を外して

 穴のなかから出てきた。


「あー! 死ぬかと思った!」


(本当ですよ! 私の体でもあるんですから、もっと大事に使ってくださいよ)


「え」


「パンパカーナ、無事だったか! よかった、よかった」


 唖然とするパンパカーナに戸賀勇希は

 喜悦の表情でいった。

 パンパカーナは「え」ばかりいっている。

 どうやら混乱しているようだ。


「どうしたんだ、死人に会ったような顔して......」


(そりゃ、あんなの誰だって死んだと思うに決まっているじゃないですか。

 まさか白亜結晶質石灰岩に含まれるカルシウムを気化し、熱を与えて

 莫大な炎をつくりだすなんて......)


 パンパカーナは肩を小刻みに震わすと、杖を大きく振りかざして、


「バカーーー!」


 といって戸賀勇希の頭を叩いた。


「いたっ! なにすんだ——」


 いいかけた戸賀勇希は、懐で嗚咽をあげるパンパカーナを

 みると、口許を緩めた。



 $$$



 巨大なカラスが大きな翼を広げて、空を悠然と飛んでいる。


「エレボス! もういい加減下ろしなさい!」


「うるせえ! 俺が助けなかったらお前、死んでたぞ、レベッカ」


 鋭いかぎ爪の生えた太い指に体を掴まれたレベッカは、

 寒さに震えながら巨大なカラスの姿をしたエレボスに

 不平不満を垂れる。

 レベッカは衛兵に扮したエレボスによって、炎弾が着弾する寸前、

 窓から救いだされたのだ。

 

「なんなの、あいつは......! 我の美少女パラダイスを

 ぶっ壊してくれやがりまして!」


「キィー!」といいながら手足をばたつかせるレベッカ。


「おいおい、素と女王が混ざってるぞ」 


「戻って! あいつを殺してやるわ!」


「兵士もいないのにどうやって戦うんだよ。

 それに、魂も消耗してるだろうに」


「エレボスが戦えばいいでしょお!」


「い・や・だ・ね。やっと面白くなってきたんだから、

 ここで潰してどうするのよ。おっさんの

 楽しみとらないでくれる? レズレズレベッカちゃん」


 エレボスはふっとため息をついた。

 レベッカは何やら叫びながら暴れていた。


「さてと、それじゃあ根回し、やっときますかねえ」


 エレボスそういうと、不敵に目を細めた。



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