第42話 「激昂する暴君」
何発かの弾丸がきりもみ状態で宙を泳いでいる。
銃口からは白煙が立ち昇り、ソフトポイント弾に遊漁の
ようにまとわりつく空気の線が流れては消える様を
ラルエシミラによって強化された視神経を通して
右左脳の視覚野へ高速で伝達されていく。
拡張された鮮明な視野はその場の状況を的確に認識し、
把握する。
俺は剣を弾道の通過予測にちょうど合わせるようにして
構えると、やや内巻き気味に曲がった白刃でそれらを迎え撃った。
鉛の塊が刃に食い込む感触。
即座に成分の解析を行い、鉛と胴を『掘り起こす』
形を保てなくなった弾丸は大小様々な粒子となって
空気中に霧散した。
その卓越した光景を目の当たりにした衛兵たちは狼狽える。
直後、弾丸の後に続いて猛進する衛兵たち。
先ほどよりも数が増えているようだ。
と、二本のダガーナイフを持った軽装の衛兵が
列の間隙を縫って迅速に距離を詰めてきた。
速い。
あっという間に懐に潜り込み、殴るように
俺の左胸に刃を叩き込んだ。
否。その寸前、剣を盾のようにして
刀身の侵入を阻む。
すると、もう一方のダガーナイフの切っ先が
こちらに向くように素早く握り直し、
脇腹に狙いを定めて腕を伸ばす。
しかし凶刃は前腕部と共に消失し、
血液が噴き出す。
地面から現れ出でた白亜結晶質石灰岩の柱が
衛兵の腕を引き裂いたのだ。
その潔白な白は、血のシャワーで
赤く染まっていた。
俺は刺さった剣を抜くと、呆然としている衛兵の
胴当てごと胸を斜め十字に斬りつけ、
再び剣先を地面に突き刺した。
足元から生える槍のような岩塊。
衛兵は串刺しにされ、天井へ向かう。
ややあって、グシャリという
骨と鎧の砕ける音がした。
「くっ......。同胞よ! 怯むな、賊を取り囲むのだ!」
レベッカが声を張り上げていった。
焦っている。そんな感情が声音から
伝わってくるようだ。
すると、たちまち俺は円を作るようにして
衛兵に囲まれた。
たいした矜持と勇気だ。
女王に対する忠誠心がそうさせるのだろうか。
たとえ死んだ後に蘇生されるとしても、
当然痛みはあるはずなのだ。
馬鹿な。この女には、文字通り身を粉にする
ほどの価値があるというのか!
自国の民を問答無用で攫い、家族や友人、恋人と隔離され、
自由と将来への可能性を奪うこの暴君を!
柄を握る手に力が入り、刀身は小刻みに震えた。
(トガさん、来ます!)
ラルエシミラが警告する。
衛兵たちが突撃を開始したのだ。
パンパカーナは両足の間に尻を落として座っており、
俺を不安げな目で見つめている。
「戸賀勇希......」
掠れたような声でいうパンパカーナ。
眉は萎れて垂れている。
俺は金色の頭に手のひらをそっと優しく置くと、
「大丈夫。心配すんな」
といった。
そして円形に地面を斬りつけ、衛兵たちの目の前に
それぞれ、大理石の板を出現させる。
畳返しをするように衛兵たちを後ろへ押し倒し、
重さに耐えきれなくなった体はプレスされて
大理石の一部になり果てた。
「ちっ!」
レベッカは空中にペンを走らせる。
「その腕——貰うぞ」
俺はそういうと、レベッカの腕がある真下に意識を集中させる。
鋭利な岩の刃をイメージし、掘り起こす。
「——っ!」
足元の異変に気づくレベッカ。
クリスタルが細く美しい腕を斬り落とさんと迫ってくる。
だが、斬り落とされたのは衛兵の腕であった。
衛兵はレベッカの体を突き飛ばし、自身を犠牲にして
助けたのだ。
血だまりが赤いカーペットに染み渡り、赤黒くさせる。
よろめく体は沈むようにして倒れた。
「......」
レベッカは眉根を寄せて悲しそうな表情になり、
震える手で胸元をたしかめるように触ると、
「我の肌に触れるとは......。汚らわしい」
柳眉を吊り上げてそういった。
「——っ! お前、なんてことを!」
ゆっくりと陽炎のように立ち上がるレベッカにいう。
「何がだ」
「そいつは、自分を犠牲にしてまでお前を守ったんだ」
「......それが?」
「同胞だと、いっていたじゃないか」
「そうだ。だが、雄風情が我の身に触れて良いはずがなかろう。
そいつは、掟を破ったのだ」
「掟、だと?」
「我の身に触れて良いのは、我が認めた女のみ。
雄は雄らしく、女王の盾となって散れば良いのだ!」
レベッカは心底不愉快そうな表情で、唾棄するようにいった。
安心しろ。その時は、何度でも生き返らせてやる。
俺の中で熱い何かがふつふつと湧き上がってきた。
不快だ。
噴門と心臓の間に停滞する泥。それが俺の中で
熱を持ち、胸を焦がす。
(トガさん)
ラルエシミラの声音にも熱が宿っているようだ。
「ああ。さすがに聞き捨てならねえよ」
俺は足にありったけの力を込めると、レベッカ
目がけて駆け出した。
が、そこへ衛兵たちが壁を作り妨害する。
「くそっ! お前ら、どけ!」
聞き入れようとしない勇敢な甲冑の男たち。
なぜだ。
なぜ、そうまでして......!
俺は地面を穿ち、モーセが海を割るように
衛兵たちを左右に押しのける。
しかし、次々と扉から援軍がやってきては
レベッカの周囲に群がり、壁となる。
「お前ら......。どうして、この女を守る」
何も答えない。
返事の代わりに槍や剣の先をこちらに
向ける。まるで傀儡だ。女王が握る
糸に操られている傀儡だ。
「無駄だ。貴様の戯言など、同胞らの耳に届かぬわ」
「お前が、操っているのか」
俺は訊ねる。
「ふふ。さて、どうだか」
レベッカは嘲笑気味に笑うと、そういった。
「答えろ!」
「ふん。賊風情の雄風情が喚くな! 貴様が
何度殺そうとも、同胞は蘇る。見よ、戦力の
差は開く一方であるぞ」
見ると、衛兵たちはさらに数を増やしていた。
まずい。
いくらラルエシミラの力があるとはいえ、
力は無尽蔵ではない。いつか必ず燃料切れ
を起こすだろう。
その前に、突破する方法を考えなくては。
何か、何かないか......。
レベッカに攻撃を与える方法は、ないのか!
俺は果敢に立ち向かってくる衛兵を
捌きながら考える。
この状況を、打開する力を——
「パンパカーナァ!!」
突如、パンパカーナを呼ぶ何者かの声がした。
白色の巨大な扉が開かれている玉座の間の入り口。
衛兵たちに混じり、黒いネグリジェを着た
赤髪の少女が、歪な形をした杖を掲げて立っている。
「ルト......! ルト!!」
パンパカーナがふらふらと立ち上がりいった。
まるで旧友と再会を果たしたように嬉しげな声で。
「へへ、見つけ出してやったぞ......。
ありがたく思えよ! ほら、受け取れ!」
ルトと呼ばれる少女はそういうと、杖をパンパカーナに
むかって投げた。予測不能な回転をし、
弧を描きながら飛んでいく。
この時、俺は思いついた。
状況を好転させることができる
ひとつの方法を。
俺は大理石に剣で傷をつけると、隅で
肩を寄せ合っている使用人たちを守る為、
岩で彼女たちを覆い尽くした。
「貴様! 我の娘に何をするっ——!? 何だ、この臭いは」
激昂し、漂う異臭に思わず鼻を手で覆うレベッカ。
パンパカーナの方を見やると、ちょうど
杖を手にしていたところだった。
「パンパカーナ! 俺を撃て!」
パンパカーナは目を見開き、
「何をいっているんだ! そんなことできるわけ——」
俺はそれを遮っていう。
「いいから早く! 俺を撃つんだ!」
(トガさん、いったい何を考えて......)
ラルエシミラが心配そうにいうので、
「大丈夫」と一言だけ、心の中でいった。
「なにをするつもりだ! 貴様!」
レベッカが声を荒げる。
お前を倒すつもりだ。
そして甲冑の戦士たちを、この
馬鹿げた輪廻から解き放つ。
「信じろ! お前の仲間を、信じろ!」
俺は魂を込めてそういった。
パンパカーナは目を眇めて照準器を
覗くと目に涙を浮かべて、
「信じるよ......でも、必ず......生きて」
透明な引き金を引いた。
炎の弾丸が杖先から発射され、
俺めがけて直往邁進する。
ありがとう、パンパカーナ。
俺は声に出さず、唇の動きだけで
示した。
そして、着弾する。
瞬間、爆発するように燃え上がった炎が
あたりを包み込んだ。




