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スコップ1つで異世界征服  作者: 葦元狐雪
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第32話 「アロウザールの狙い」

 覚醒した俺の視界に映るのは、ハードカバーの分厚い本を片手に、読書をしているアロウザールだった。

 アロウザールはこちらの意識が戻ったことを認識したのか、本を閉じ、それを玉座の裏手に隠し、俺の方をみて、


「どうやら、ラルエシミラと会えたようだの」


 といった。


「ああ。あいつ、けっこう元気にしてたわ。ただ——」


 頭を手で押さえる。


「くっそいてえ。頭が割れそうだ」


「だろうの。ラルエシミラの知りうる知識のすべてを直接魂に叩き込んだのだ。馴染むまで相当時間がかかると思え」


 俺は記憶を反芻する。

 あの積み上げられていた、膨大な数の本。

 その一冊一冊には、物質の名称、味、におい、形、色、価値、質量、重さ、概念、歴史、感触、用途などの情報が具に集約されていた。


 それらすべてを読み尽くしたのだ。余すことなく、すべてを。

 実に不思議な体験だった。体と精神は知識を欲するという欲求以外、何もいわない。

 腹も空かない、眠る必要がない、読書に疲れ、飽きて、横臥して休みたいなどと思うこともない。

 まさに、あれは無我の境地であった。


「でも、あいつ......あの野郎......」


 俺は拳をハンマーのようにして、地面に叩きつけ、


「途中で飽きたのかしらんが、胸を机に押し付けてみたり、やたらと太ももの裏を見せたりしてきたんだ! あの衣装がきわどいから、ちくしょう!」


 と、「ねー、ねー、トガさん。ちょっと、こっちみてくださいよ」や、片膝を立てて「どうしたんですかー? ほらほら、集中してくださいよ〜」などといって、からかい、読書の邪魔をしたラルエシミラの扇情的な表情を思い出していう。

 いくら無我の境地とはいえ、男の本能には逆らえなかった。

 チラ見をしたのだ、何度も。


「まあ、あやつならやるだろうの」


 半笑いでいうアロウザール。

 彼もかつては、俺と同じよう、ラルエシミラにおちゃらかされたのだろうか。

 ふと、景色が傾き始めていることに気がつく。

 徐々に左へ寄り、やがて側頭部に衝撃を感じると、痛みがやってきた。


「あれ......? あれ......?」


 どうやら俺は胡座の状態から横むきに倒れたらしい。

 力が入らない。体が動かない。床が冷たい。


「お主が倒れるのも無理はない。二日間もその状態を維持していたからの」


「二日間も! ——嘘だろ、そんなに時間が経っていたなんて......」


 耳を疑った。

 と同時に腹の虫がうなり声をあげる。

 腹が、へった。


「今のお主は栄養不足だ。さあ、飯にしよう。とりあえず、ここで区切りだ」


 そういって、アロウザールは座ったまま、胴を捻って、横着に玉座の裏を漁りはじめた。

 少しして、黒い卵のようなものを取り出すと、間隔をあけて何回か握り、「我輩だ。いつものやつを五人前」といって卵を再び玉座の裏に隠した。


「あの、何をしていたんです? アロウザールさん」


 俺は横臥したままいう。


「仕出しを頼んだ。しばし待て」


「仕出し? なんだよ、仕出しって......」


「じきにわかる」


「はあ......」


 三十分ほど経っただろうか、背後から足音が聞こえてきた。

 皮靴が硬い地面を踏み鳴らすような、軽快な音が反響する。

 やがて、俺の目の前に岡持ちを携えている、筋骨隆々の大男が背を向けて立ちはだかった。


「ご苦労。また、よろしく頼むぞ」


 アロウザールは「四日後、朝だ」と付け加えると、大男は一礼し、踵を返して、元来た道をたどっていったようだ。

 見まちがえでなければ、翻った深緑色のエプロンには、たしかに『大満腹食堂』と書かれていた。

 嫌な予感が脳裏をよぎる。


「さあ、食え。わざわざお主のために、ご馳走を用意してやったぞ」


 俺の眼前には、見た目は中華料理だが、匂いはインド料理というあべこべな料理が湯気を立てて並んでいた。

 満漢全席。この景色を例えるなら、まさにこの言葉がふさわしい。


「どうした、はよう食わんか」


「食えるか! アロウザールさん、汚ねえ虹は見たかねえだろ?」


 アロウザールは腰を上げ、ゆっくりと立ち上がると、


「まったく、ヒヨコめ」


 といって、タレに浸した骨つき肉に似たものを手に掴み、俺の口に押し込んだ。


「ンフ!? ンホーアールハン!?」


「いいから、食えというのだ。吐き出すなよ、ゆっくり噛め。そして飲み込め」


 俺は泣きそうになりながら、肉の繊維を歯で梳かしてやる。

 柔らかく裂けた身を、ぎこちなく咀嚼していく。

 どうせ不味いに決まっているのだ。どうせ、どうせ——


「あら、美味いじゃない」


 美味しかった。

 普通に食える。むしろ、もっと食べたいとさえ思う。

 もう二度と口に入れたくないと思っていたものが、圧倒的美味しさになって帰ってきた。

 まるで幼少の頃、見向きもしなかった女が、高校生になった途端、「あれ。あいつ、あんなに可愛かったかしら」と、ときめくような感覚だ。

 俺はとうとう、骨までしゃぶり尽くした。


「この飯は、初めて食ったとき、我輩もあまりの不味さにのたうち回ったもんだ」


 アロウザールは「しかし」と続け、


「だが、この世にこんなに不味い料理を平気で出す店があるものか、と思い、我輩は次の日、死を覚悟で店に足を運んだ」


 俺は骨をしゃぶりながら耳を傾けている。


「するとどうだ、美味ではないか。我輩は感動のあまり、店主を抱きしめたのだ。あれは我輩がまだ魔王討伐軍に所属していた頃だったな——」


 俺は軟骨を噛み砕く。

 美味い。


「ゴホン! 我輩はな、この店に学んだのだ。『一を知って十を知った気になるな』と」


 思わずむせた。

 大真面目でいうアロウザールがおかしかったからだ。


「莫迦者。これはなかなかどうして、物事の真髄を得ているといえよう。例えば、あるときお主は敵と対峙したとする。場所は遮蔽物の見当たらない、雄大な草原の中心。敵は一人で軽装、獲物は短刀のみだ。ここで魂の神器である可能性は考慮しないものとしよう——おそらく、お主はこう考えるだろう、「あの単刀をなんとかしなければ」と。


 戦闘により、興奮状態で通常より冷静な判断をすることは困難なことやもしれん。だが、この時、この瞬間、お主は『相手の獲物が短刀である』というひとつの情報以外、思考できなくなっているはずだ。『地面に機雷が仕掛けてある』なんてことは夢にも思うまい。距離を詰められ、敵が自爆する可能性もある」


 俺はそうかもしれない、しかし、そうではないかもしれないと思った。

 初見の相手だ。何を隠し持っているかもわからない。そんな相手を警戒しないわけがない、と。


 短刀はフェイクかもしれない、様々な可能性を考慮して対策を考える。

 だが、アロウザールのいうとおり、戦闘時の興奮状態にある頭で冷静に相手を観察し、奥の手を見抜くことは非常に困難であると思った。

 まず、確実に思うだろう『あの単刀に、気をつけろ』——


 人間は何かに注視した場合、それ以外の変化に気がつきにくいといわれている。

 刃物をチラつかせている間に、片方の手に爆弾のスイッチを隠し持っていたならば、それは気がつかないかもしれない。

 アロウザールは満漢全席の中から、唐揚げのようなものをひとつ選ぶと、口へ放り投げた。


「『言われてみれば、たしかにそうである』ということは、よくあるものだ。いいか、たとえ相手の能力を知ったとして、それを知った気になるな。可能性を考え、頭を働かせろ。お主はまだ戦闘経験が浅く、知識も定着していないので難しいかもしれん。と、いうことで——」


 手にしたブドウのような粒を指ではじき、真上に飛ばした。


「明日から四日間でラルエシミラとお主の精神と肉体を同調させる」


 降ってきた粒に食らいつき、アロウザールはいった。


「え、なんて?」


 俺は聞き返した。

 冗談だと思ったからだ。


「いいか。お主が挑もうとしているのは世界に君臨していた、あの魔王を討った勇者だぞ。当時、我輩が所属していた魔王討伐軍の総力を結集しても敵わなかった相手だ。短時間で差を埋めるためには、それしか手段はない」


「同調したら、どうなるんだ」


「それはわからぬ、お主次第だ。ラルエシミラといかに心を一つにできるか、それが課題だの」


 正直、できる気がしなかった。

 しかし、悠長なことをいっている場合はない。

 覚悟を決めろ、甘えを捨てるのだ。


「わかった、やる。それで、強くなれるなら——勇者に、勝てるなら」


 俺はスペアリブそっくりな食べ物にかぶりつき、そういった。


「まあ、ラルエシミラに拒絶されたらば、そこで終わりだがの」


 俺は吹き出した。

 スペアリブに窒息させられそうになる。

 アロウザールは爆笑していた。


「ガッハッハッハッハッハッハッ!! そんなしょぼくれた顔をするでない。ラルエシミラを知るため、今宵はあの話の続きでもしてやる。さて、どこまではなしたか......」


 そうじゃった、森の奥へ向かう途中だったな、といい、アロウザールは語りだす。

 過去に挟んだ栞を取り払い、俺の意識は森の中へと飛び立つ。しばらく飛んでいると、ラルエシミラと少年の姿をしたアロウザールを見つけた——


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