第33話 「あの日」
第30話「ラルエシミラ」の一部を改稿しました。
「我輩の師であり、恩人だ」→「我輩の命を救った恩人だ」
「8人の勇者を鍛えあげた男の恩師とは」→「8人の勇者を鍛えあげた男の命を助けたとは」
ご迷惑をおかけして申し訳御座いません。
どうか、ご容赦ください。
少年の姿をしたアロウザールとラルエシミラは、光さす森の中を歩いている。
葉陰には未知の生物が息を潜めている気がして、その姿を想像すると、心が躍った。
怖いとは思わなかった。
手をつないでいると、不思議と心が落ち着き、視界は拓けて、今までとは違った景色が広がっている。
ラルエシミラは立ち止まると、人差し指を藪に向けて、
「あそこをよく見ておいてください。たぶん、出てきますよ」
というので、アロウザールも足を止めて指差す方を凝視する。
なんの変哲も無い藪だ。
と思った矢先、葉がゆらゆらと揺れはじめた。
アロウザールは絶対に見逃すまいと、体を前のめりにさせている。
すると、そこから勢いよく何かが飛び出して、アロウザールたちの前を横切っていった。
「——っ。ちょっとまって」
前ポケットから図鑑を取り出し、ページを次々とめくっていく。
これでもない。違う、この生き物じゃない——
いつの間にか、ラルエシミラもアロウザールと一緒にしゃがんで図鑑を眺めている。
しばらくめくり続けていると、先ほど見た生き物のイラストと解説をみつけた。
それは白猫のような姿をして、それぞれ毛色の違う、十本の尻尾が特徴的だ。
「あった......。フェリチタ。十本の尾をした小型の四足歩行型生物で、卵胎生。足が速く、滅多に姿を現さない。
また、十一本の尾を持つフェリチタが確認されており、姿をみた者は果てしない幸運を授かるといわれている——」
それを聞いて、「へえ〜」とラルエシミラがいう。
アロウザールは目を輝かせて、
「ねえ、さっきのは、尻尾、何本あった?」
といった。
「十本です!」
ラルエシミラは両手のひらを広げて、満面の笑みをしている。
「なんだ、ちぇっ」
肩を落として残念そうにするアロウザール。
期待していた結果と違い、落胆する。
たまにはいいことが起きてもいいじゃないか、そうおもった。
すると、丸まった背中をラルエシミラがやさしく叩く。
「もう、なにしょんぼりしてるんですか! この先にまだいるかも、ですよ?」
「でも、滅多に会えないんでしょ」
「そう、書いてありましたね」
「でしょ? 無理だよ、さっきのでおわりだ」
「うーん。もう、仕方ないですねっ——」
アロウザールの体が宙に浮く。
不安定な体勢になり、バランスを保とうと腕を平行にする。
下を見やると、股の間に銀色の頭が生えていた。
「ちょっと! どうして、急に肩車なんて......」
「こうすれば、よく見えるでしょう?」
「あ」
景色が一変した。
さらに視界は広がり、様々なものが見えた。
木の枝を近くに感じる。あそこになっている果実にも届くかもしれない。
アロウザールは手のひらを銀色の台地に降り立たせた。さらさらとして、暖かい。
しかしこのまま乗せていいのだろうかと、少し迷って、結局、手を離した。
「手、置いてもいいですよ」
見透かしたようにラルエシミラがいう。
アロウザールは何もいわず、ラルエシミラの頭をそっと、包み込んだ。
「では、走りましょうか!」
「え、まって、ラルエシミラっ——」
有無を言わさず、ラルエシミラは駆け出した。
早い、速い、疾い。
景色が猛スピードで流れ去り、向かい風によって前髪が持ち上がる。
おいおい。生き物を探す暇なんてないじゃないか、目が追いつかないよ。
ふと、笑いがこみ上げてきた。なんだかおかしくなって、とうとう声をだして笑う。
楽しい。
これほど爽快な気分を味わったのは、生まれて初めてだ。
アロウザールはラルエシミラとともに、しばし風となった。
最終的に、洞窟へと辿り着く。
鬱蒼とした雰囲気と、大口を開いた闇に思わず腰がひける。
入り口からは冷気が流れてきているようで、それが首筋を撫でつけるため、体はブルッと震えた。
「どうします? 入ってみます?」
息ひとつ切らしていないラルエシミラはいう。
「は、入ってもいいけど。ラルエシミラが嫌なら今日のところは引き返しても——」
弱気なところを見せたくなかったアロウザールは強気にいうが、
「じゃ、入りますねー」
と、ラルエシミラは洞窟の入り口に近づいていく。
逃げようにも、肩車状態なので、身動きがとれない。
「やめて」「逃げたい」「下ろして」
そういいたかったが、ラルエシミラに揶揄されるのが癪だったので、唇をかたく結んで耐える。
洞窟内は春うららかな外界とは異なり、冷気が充満しているため、肌寒く感じた。
アロウザールは両腕をさすって熱をおこす。
薄暗い中、ラルエシミラは奥へ奥へと進んでいく。
ためらうことなく、まるでこの先を知っているかのように。
「何も、ありませんね」
ぽつりと、独り言みたくいうラルエシミラ。
「そうだね。何もないし、そろそろ——」
「せっかくなので、奥まで行ってみましょうか」
アロウザールの言葉を遮り、ラルエシミラはいった。
引き返すという選択肢はどうやら用意されてはいなかったようだ。
目が慣れてきたようだが、怖いものは怖い。
そんなアロウザールの気を知ってか知らずか、ラルエシミラは、
「もしかして、いるかもしれませんよ」
という。
「な、何が?」
「幽霊、とか」
「い、いないね、そんなもん。ありえない」
すると、奥の方から人の呻くような声が聞こえてきた。
アロウザールはとっさに、ラルエシミラの頭を抱きかかえる。
「もう、前が見えないじゃないですか」
「ご、ごめん」そういって、アロウザールは腕をほどく。
「何かいるかも知れません。行きましょう」
「ええ......」
再びラルエシミラは走りだした。
暗闇に向かって、不安定な足場を軽快に。
激しい動きだったので、肩の上にいるアロウザールは天井に頭をぶつけないよう、必死だった。
しばらく進むと、ドーム型をした、はるか高い天井のある、拓けた空間に辿り着く。
この空間だけがうっすらと明るい。
よく見ると、松明が壁に設置してあり、オレンジ色の炎が揺らめいていた。
「うあ......うう......」
人の呻き声だ。
前方にある、蛇腹のように伸びた石段の上には玉座のようなものがあり、その石段を取り囲むように柱が規則正しく並んでいる。
その石段の終わりに、軍服らしき服装をした初老の男が、血を流して倒れていた。
うつ伏せで倒れている男は、かろうじて息があるという状態だ。
このとき、石段を降りてくる人物を認識した。
重たい黒髪に、毛先を内側にカールさせたショートボブ。
アオザイのようなスリットの深く入った服装に、目立たない胸。
火のような瞳が、こちらを見ている。
「ラル......エシミラ......?」
そっくりだった。
血を分けた双子ではないのかと思うほどに。
髪の色や胸囲の差こそあれど、あれはたしかにラルエシミラだ。
ラルエシミラは肩からアロウザールを下ろすと、こういった。
「すいません、アロウザールさん。いますぐ、私に構わず逃げてください」
「どうして? ラルエシミラも逃げようよ」
無言で拒絶するラルエシミラ。
黒いラルエシミラは石段をゆっくりとした動作で降りてくる。
手に携えた長剣を石段に何度も叩きつけ、火花を散らしながら、ゆっくり、ゆっくり——
ふと、それは姿を消した。
目を離した覚えはない。ただ一度、瞬きをしただけだ。
その隙に、消えた。
次の瞬間、アロウザールから血が滴り落ちる。
錆だらけの刀身が胸を貫き、剣先は背中から飛び出していた。
引き抜かれ、血が噴出する。
ホースから勢い良く水が出るように、大量の血液が。
そして膝をつき、倒れた。
赤い水たまりに体を浸して、かすれた息を吐きながら、かろうじて生きている。
アロウザールはぼやけた視界で、ラルエシミラと黒いラルエシミラが剣戟している様子を見た。
何もわからないまま、起きた事象に対して、考察する余力すらない。
そんな中、冷えた体はアロウザールの生命力を奪い、永遠の眠りに誘う。
瞼のシャッターは徐々に閉じていき、アロウザールの人生は幕引を下ろした——
はずだった。
しかし、目が覚めたとき、そこは硬いベッドの上だった。
アロウザールは身体に包帯を巻かれた状態で、軍服を着た多くの人々に取り囲まれていたのだ。
同じく包帯を巻いている男に、涙を流して抱きつかれたことはよく覚えている。
アロウザールは訊く。
「あの、ラルエシミラはどこに」
包帯の男はキョトンとした顔で見る。他の軍服たちも同じような反応だ。
彼はいう。「誰かね? そいつは。君の友人かい?」
アロウザールはいった。
「銀色の髪をした、綺麗な女のひとです。僕と一緒にいたはずです、襲われて、戦っていました。どなたか......どなたか知りませんか?」
軍服のひとりが答える。
「我々が駆け付けたときには、瀕死の君と中佐のみでした。他には、誰もいません」
「そんな......はずは......」
アロウザールは俯いた。そして、すぐに顔を上げて、
「あの、ここはどこなんですか?」
といった。
「ここは『魔王討伐軍第三部隊第四隊舎・救護室』だ」
包帯の男はそういい、アロウザールの小さな肩に手を置いていう。
「なあ、少年よ。わたしは君に感謝しているのだ。君が、わたしの居場所を軍に知らせてくれたのだろう?」
アロウザールはかぶりを振った。
どうやら包帯の男は洞窟の調査に出向いた際、何者かに襲われ、応援を呼ぶ暇もなく倒されたらしい。
応援が駆け付けた時には、アロウザールと包帯の男だけであったという。
「おかしいな。確かに一報が入ったのだよ。子供か女かわからないが、あの洞窟で我が軍の者が倒れている、と」
きっとラルエシミラだ。
生きていたのか、よかった。
アロウザールは胸をなでおろす。
そして思うのだった。ラルエシミラに会って一言、お礼が言いたい。
ラルエシミラを、捜さなければ——と。
「まあ、なんであれ、君がいなければ、わたしは死んでいたやもしれん。それに、一般市民を巻き込み、怪我を負わせたという責任もある。そこで、礼とお詫びをしたいと思うのだが、何がいい? 何でも言いたまへ」
包帯の男はいう。
「なんでも......いいんですね?」
「ああ、我々に出来ることならな」
アロウザールは少し考え、そしていった。
「魔王討伐軍に、志願させてください」
待っていろ、ラルエシミラ。
心の中で、そう強く念じた。




