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スコップ1つで異世界征服  作者: 葦元狐雪
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第16話 「悪戯」

 ガタガタという音が聞こえる——電車でも通っているのだろうか。

 ざわざわという音が聞こえる——水でも流れているのだろうか。

 カチカチという音が聞こえる——石でも投げているのだろうか。


 ——バシッ


 と、脊髄の隣に感じる鈍い痛み。

 じんわりと熱を持ち始め、徐々に痛みが追いかけてくる。


 ——ピシッ


 次いで肩に感じる似たような痛み。

 先ほどより痛くはない。


 ——ドスッ


 クッソ痛い。

 そこそこ大きいモノが太ももに当たったぞ。

 もう辛抱ならん、

 仏の顔も3度までという言葉を知らしめてやらねば......


 俺は目をカッと開くと、石らしきものが飛んでくる方角に振り向き、


「痛いでしょうが! ここ! 太もも! 見て!」


 足の裾を捲り上げて見事に腫れあがった色白の太ももを見せびらかす。

 ついでにその辺を見やると、どうやら河川敷の橋の下に飛ばされて来たようで、上からは何か大きな物体が走る音と、透き通る川が日光に照らされてキラキラと輝いている。

 そんな俺を見て、3人の子供が震えていた。


 どれも小学校低学年ほどの背丈で、右から小石を握りしめて硬直している赤色オカッパ頭、

 自分の頭以上の大石を持ち上げようとして腰を曲げている黄色ポニーテール、

 驚いて尻餅をついた青色おさげの少女たちが、とりあえずファイティングポーズをとった俺と絶賛にらめっこ中だ。


「な、なんやお前ら......」


 微妙な空気に耐えられなくなった俺は先制攻撃を仕掛た。

 すると三つ巴は互いに顔を見合わせ、無言のコミュニケーションを図る。

 しかし意思疎通が叶わなかったのか、無言のまま、再び俺とにらめっこを開始した。


(いったいどうしたいんだ。それにしてもこいつら......)


「信号機みたいだ......」


 やばい、思ったことがそのまま口から飛び出てしまった。

 信号機たちはビクッと体を震わせて、またしても互いの視線を合わせ、ややあってから

 ゆっくりと怯えた表情をこちらに向けた。


 このままでは埒があかない。

 この手は使いたくはなかったが、致し方ない。


 俺はシャツのボタンを上から1つ、2つと外すと、手を懐に突っ込んだ。


「よ〜く聞け、信号機3姉妹。今、俺はとんでもないモノを握り込んでいる」


 川で角の生えた魚がポチャンと跳ねた。

 信号機たちはさらに怯え、せわしなくアイコンタクトをとっている。

 俺はさらに続けて、


「今握っているのは曰く付きの、この世で最も恐れられている伝説の武器だ。

 こいつをここから引っ張り出すとなあ、たちまち周囲は少しでも肺に入れると死に至る瘴気が噴出し——」


 赤、黄、青、3つの顔色は青に染まりつつある。

 依然として姿勢は変わらないままに。

 俺は故意に低い声で続けて、


「——見るも恐ろしい化け物たちが、すぐさまお前らの体を食い散らかすだろう! さあ、もう少しで襲い来るぞ......闇が、狂気が、死が、災厄があ!!」


 迫真の演技で脅しをかける。

 と、赤いオカッパの握っていた小石が落ちた音を皮切りに、信号機たちは一斉に背中を見せて逃げ出した。

 悲鳴や泣き叫ぶ声をあげて、途中で転んだ青いおさげを黄色いポニーテールが助けてやりながら青々しい土手を駆け登って行った。


「ふう」


 俺はなんとも言えない達成感と背徳感に入っていた。

 すまん。この手しか思い浮かばなかったんだ、すまん。


「何をやっとるか!」


 背中をコツンと小突かれる。

 振り向くと、スナイパーライフルのような杖を持って、こちらを睨むパンパカーナが立っていた。


「あら、いつから起きて」


「お前がシャツのボタンを外したところだ。面白そうだから見ていたが、あれは脅かしすぎでは? 泣き叫んでいたぞ」


「あれくらいやった方がいい薬になるんだよ。あいてて......」


 俺は思い出した痛みに、思わず左の太ももを抑える。


「どうした? そこが痛むのか?」


 パンパカーナは膝を折り、俺のパンツの裾を捲り上げようと手を伸ばす。


「ちょ、なにしてんだよ!」


「なにって......傷の状態を確認して、適切な治療を行うためだ。ほら、その手をどけて」


「いや、いいから! たぶん打撲だし、たいしたことないし、問題ないし」


「は、恥ずかしがるな! こっちまで恥ずかしくなるから!」


 パンパカーナは無理やり裾をずり上げると、女性もビックリ、純白の綺麗な太ももが露になる。

 そこには成人男性の拳ほどの痣が痛々しく出来ていた。


「青痣になっているじゃないか——待ってろ、今治療してあげる」


 そう言うと、フード付きの白いローブの中から緑色をした液体がたっぷりと入った、小さな瓶を取り出した。

 キュポンと栓を開け、粘度のある液体を手のひらに乗せると、優しく撫でるように患部へ塗り込む。


「生暖かっ! 薬なのか? これ」


 俺はムズムズとした感覚に思わず、


「あと、くすぐったいです」


 と言った。


「我慢して。これは簡易的な治癒魔法を封じ込めた液体で、こうして傷口に塗ることでそれ同等の効果を得ることが可能よ」


「はえ〜。便利なものがあるんだなあ」


「しかし1回きりの使い切り、値段も高級薬品の類だから高い。それに魔傑の発生で魔王討伐後、落ち着き始めた価格も討伐以前に戻ってしまった。最近ではむしろ高価になったと言えるわ」


「え、そんな大事なものをこんなことに使ってよかったのか?」


 するとパンパカーナは頬を赤らめながら、しどろもどろに、


「そ、そりゃあ......初めてできた仲間......だし? 仲間が辛そうにしてるのは、見たく、ないから」


「パンパカーナ......」


 どうしよう。

 この娘めっちゃいい子だ。

 魔王を倒すため、勇者としてこの世界に派遣されたにもかかわらず、事はすでに勇者たちによって解決された後で、

 自分の願いを叶えることもできず目的もなくこの世界を孤独に彷徨った挙句、

 魂の神器の片割れを奪われた——


 ——魂の神器を奪われたのはあいつの落ち度だが、にしても不憫である。

 そんなパンパカーナを私利私欲のために利用しても良いのだろうかという葛藤が俺の中で巻き起こっていた。

 クズな俺と、良心な俺が争っている。


「とりあえず、ここから移動しようか」


 と俺はまた、問題を先送りにした。


「あ、ああ。そうだな。それと戸賀勇希、これが落ちていたぞ」


 パンパカーナから赤い肢のハンドスコップを受け取ると、道端に落ちているロープを拾いあげ、信号機たちの轍を辿った。

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