第15話 「パンパカーナ2」
パンパカーナは俺の親指を掴むと、力一杯、手首ごと捻った。
が、その手には相手を屈服させるような力はなく、顔を真っ赤にして俺を白地に押し倒そうと躍起になっている。
全身は子刻みに震えて今にも湯気が湧いて出てきそうだ。
すると右手だけでは敵わないと悟ったのだろうか、もう片方を使うという姑息な手段に出たので、さすがに両方を1つの指では相手にできないから『しっぺ』で反撃してやった。
「痛いっ」
パンパカーナは、自身の透き通るような白い肌に浮き出てきたリンゴのような赤みに対して悲壮な声を上げている。
熱いスープを冷ますように息を吹きかけたり、優しくさすったりしたあと、
その指形のタトゥーがある手首をわざとらしく俺に見せてきた。
「わかった。わかった。ほら、早く立ってくれ」
俺は細い手首を掴むと、体重を後ろに預けながらパンパカーナを引っ張り上げた。
——ピチャンとコンバットブーツが地面に散らばったピニャコラーダを弾く。
前のめりになっているパンパカーナは、バランスを保とうと飛行機の右左翼のように腕を振っている。
フードと前髪に隠れた顔は不満な表情に違いない。
「さて、とりあえずその『任務』とやらを片付けようぜ。内容は?」
(こいつに恩を売っておけば、後々何かの役に立つだろ。永遠のニート生活のためだ、悪く思うなよ)
パンパカーナは迷彩柄のスカートをパタパタと叩きながら言葉を濁して、
「あの......えっと......そうだね、うん」
「なんだよ。何をするのか言ってくれないと、こっちも手伝いようがないだろう」
「......怒らないか?」
パンパカーナは罪を告白しようとする子供のように言う。
「怒らない怒らない」
「......失望しないか?」
「しないしない」
「......う、腕をぺしってしないか?」
「はよ言わんかい(しないしない)」
パンパカーナを軽く咳払いをして、
「それでは戸賀勇希。酔った勢いで金銭と交換した、私のもう1つの杖を取り戻しに行こう!」
何......だと......?
さすがの俺もちょっと困惑。
お酒なんて飲んだことないから酔った感覚はわからないが、
さすがに自分の魂の神器を売り捌くか? 普通。
「い、いえ〜い! どんどんぱふぱふ〜! 推定難易度Sランクの重大任務だよ! や、やる気出ちゃうねぇ!」
俺はスコップを振りかざし、ちょうど先端が相手に見えるようにしてやる。
「やめて! 先端だけは、先端だけはやめてくださいゴメンナサイ」
パンパカーナは腕と白いフードで顔を覆い隠す。
どうせしょうもない理由だろうから、
俺は聞きたくないけれど、とりあえず経緯を尋ねる。
「あのぉ、どうしてそんなことを?」
「ええと......2週間前、この街に辿り着いた時、私は喉の渇きと空腹に苛まれていたのだ」
「はあ」
「それでね! 私は酒場の前でボーッと立っていて、その時、箒に乗って赤いリボンをかけた隣に喋る黒猫を連れていそうな魔法使いに声をかけられて」
「その雨中ニシンのパイを届けてそうな魔法使いと酒場に入ったのか?」
パンパカーナは深く頷き、
「そうだ。それに話をしてみるとなかなか良いやつでな、代金は持つから酒と食べ物をなんでも頼んで構わないというので、
私は不本意だったがしつこく勧めてくるので、仕方なく施しを受けることにしたのだ」
(即断即決で飲み食いしまくってそうだなぁ)
俺はパンパカーナが店員を呼びつけて、喜色満面でメニュー表から次々と品をオーダーしている様を思い浮かべる。
「そしてビールを一杯飲み干した頃だろうか、それから記憶が飛んでしまってな。
気づいたら空の酒樽の中。手元には僅かな金銭、もう1つの杖は失われていたというわけさ」
(酒弱っ! どうして飲んじゃったのよ、この娘は)
「これで以上だ。早く行くぞ! もたもたするな、置いて行くぞ」
俺は颯爽と駆け出そうとするパンパカーナの首元を引っ張り、
「勢いでごまかすな! その杖が今どこにあるのか見当はついているのか?」
急に首を絞められたパンパカーナは咽せて涙目になりながら、
「な、ない。だから、あの街で張り込んで魔女が現れるのを待つ」
「いやいや。あんな物騒なところもう行きたくないわ!」
俺は手を素早く左右に振り、提案を拒否する。
「なぜだ! 私がいるだろう! これほど心強い味方はおるまい!」
「ビール一杯で酔い潰れる先端恐怖症の奴が何を言ってんだ!」
「なにを! 戸賀勇希こそあんな雑兵ごときにさらわれていたでしょ!
私がいなけりゃどうなっていたことか......
結局パンパカーナと俺の罵り合いは小1時間続き、お互い喉も枯れ、空腹にやられていた。
俺たちは大の字で仰向けに寝転び、生気のない目で青空を睨んでいた。
「なあ、腹......減らね?」
「ああ......減った」
黒い翼の生えたトカゲのような生き物が、俺の顔の真横にやってくる。
俺は友人に尋ねるように、
「どこ行く?」
とパンパカーナに言った。
「......酒場」
「だから......酒場は無理だって。拷問されるから......」
「飯の美味いところなら知ってるぞ!」
トカゲが口を動かし、まるで喋っているようだ。
空腹に耐えかねてとうとう幻聴、幻覚まで見え始めたか。
「なんなら、今から連れて行ってやるよ! いいだろ!」
相変わらずトカゲは軽快に喋る。
あ、パンパカーナもトカゲを見て驚いた顔をしているな。
ってことはあいつも幻覚を?
待てよ。この声、どこかで聞いたことがあるような......
するとトカゲはたちまちに姿を変え、チート勇者の最強格がそこへ現れた。
「エレボス......!」
俺は驚愕し、太陽を背に、こちらを見下ろすパールカラーの瞳に視線を合わせる。
濁っているようで輝かしい、幻想的で不思議な目だ。
「よ! 今度はお仲間さんも連れて行ってやるよ。また1人にすんのも可哀想だしな!
俺のオススメは、そうだな......よし、美食の街『シーボ』へご案内だ」
エレボスはそう言うと、視界の全てを黒に染める巨大な布を空中に放り投げた。
逃げようと体を起こすが、見えない何かに押さえつけられて地に屈した。
その感覚はまるで離陸寸前の飛行機だ。
隣には仰向けのまま動けなくなっているパンパカーナの姿が見える。
「エレボス! お前は......お前は魔王を倒して何を叶えた!」
俺は闇に飲まれる前に、何とか情報を聞き出そうとする。
「何を? ま、そのうち教えてやるさ。とりあえず飯でも食ってこい! あそこはうめぇもんが山ほどあるぜ」
「ちく......しょう......」
消えかける意識の中、俺の目の前に照準器の付いた引き金のない、スナイパーライフル銃のような杖が目の前に転がってきたのを見た。




