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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第8話「ゴールデンウィークの魔王くん-後編-」
55/63

8話目・その1

 猫カフェ『STRAYストレイト’t』は、日本の首都圏にある深里みさと市の中でも、九十里くじゅうりと呼ばれる地域の裏通りにひっそりと存在する、猫との触れ合いを主目的とした喫茶店である。

 営業開始から1年程しか経ってはおらず、知名度はまだまだ低い。

 一日あたりの来客数もあまり多くはないが、常連客は月を追う毎に増している為、悲観するような経営状況という訳でもない。

 立ち寄った客に、もう一度来店したい、と思って貰えるような店の雰囲気作り、及びサービスの提供や向上を、従業員全体で心掛けている成果である。

 一般に猫カフェというジャンル自体が未だマイナー分類であり、競合性が薄いというのも、客離れが少ない理由の一端ではあろうが。

 しかし、単に珍しければ客が集まるという訳ではないし、猫の世話にも相応の経費が掛かることを考えれば、はっきり言ってコストパフォーマンスは悪いとさえ言える。

 つまるところ、必要経費という観点からすると、普通の飲食店ではあり得ないデメリットを抱えているのだ。

 それを補って余りあるメリットを見い出せない限り、わざわざ猫カフェを経営しようなどとは思わないことだろう。

 何が言いたいのかというと、要するに『STRAY't』の店長とは、猫と一緒に過ごせる職場にメリットを見い出した、猫愛主義者の一人なのである。

 但し、猫にかまけて喫茶店としての部分をおざなりにしていては、結局客は寄り付かなくなってしまう。

 故に『STRAY't』では喫茶店としての質にも、しっかりと拘っているのだ。

 猫との触れ合いだけでなく、例えば従業員のウェイトレスにも猫耳を生やしてみたり、美味しい食事やデザートを研究したりと、様々な試行錯誤を行ってきた。

 そういった地道な努力の甲斐あって、この1年程で店の売上は何とか黒字を維持出来るまでになった、という訳だ。

 そんな猫カフェ『STRAY’t』は、世間ではゴールデンウィークの休暇中ということもあり、ここ1週間程、忙しい日々が続いていた。

 ゴールデンウィーク5日目にあたる今日も、それは同様である。

「まーちゃん、三番テーブルね。ユニちゃんはお会計お願い。アヤメちゃん、そこの食器下げ終わったら休憩入ってね。」

「「「はい!」」」

 猫耳にウェイトレス服という、この店特有の奇抜な制服に身を包んだ、黒髪ロングヘアーの女性───“ルナルナ”からの指示を受け、名前を呼ばれた3名は素早く返事を返す。

 ルナルナは、オープン当初から『STRAY’t』でアルバイトを続けるバイトリーダー的存在であり、他の従業員に指示を飛ばしつつ、ちゃんと自分の仕事もこなしている。

 この連休中は毎日が普段の休日と同等以上の忙しさだが、お昼時を過ぎた13時以降から自然と客が減り始めるのも普段と何ら変わらない。

 本日も13時20分頃にカップル客がレジに向かったことで、空席の数が目立つようになった。

 その会計を担当したポニーテールの猫耳ウェイトレス“ユニ子”は、

「ありがとうございました、またお越し下さいませ。」

 丁寧なお辞儀でカップル客を見送る。

 そして、すかさず店内からは、

「「「ありがとうございました。」」」

 と、復唱が徹底される。

 カップル客が帰るまでに三番テーブルの注文を聞き終えて、何とか復唱に参加することが出来た“まーちゃん”こと夏川なつかわ 茉莉まつりは、『STAFFスタッフ ONLYオンリー』と書かれた看板の横を通り過ぎ、ホールとキッチンを区切るカウンター台の前に立つと、

「さ、三番さんオーダーです、お願いします。」

 台詞と共にオーダー伝票を置いてから、自らは注文を受けた分のドリンクを用意し始める。

 仕事に慣れた様子のユニ子や茉莉とは違って、恐る恐る食器を割らないように空いた席を片付け、テーブルの上を拭くまでを終えたショートヘアの新人ウェイトレス“アヤメ”は、

「では、お先に休憩頂きまーっす…。」

 近場に居たユニ子に遠慮気味に声をかけてから、店の奥へと引っ込んだ。

 といった各人の動きを視界の端に捉えつつ、ルナルナは、猫との触れ合い部屋(通称をプレイルーム)へ入室希望の女性客に、注意事項を説明していた。

 彼女はバイトリーダーとして、他のホールスタッフがミスをした際には即座にフォローする立場にある為、常に周囲に気を配りながら仕事をこなしている。

 それを特に苦とも思っていないのは、責任感の強さと人柄の良さ故だ。

 真面目な人ほど損をする、とはよく言われるが、真面目に働くルナルナは猫カフェ『STRAY’t』に於いては正当な評価を下され、店長含む従業員達からの信頼も得ている。

 従業員達にしても、ルナルナの働きぶりを見習って、迷惑を掛けないように、ミスしないように、自分も頑張らなければ…と、懸命に仕事に励む者達ばかりだった。

 不真面目な者や、楽して稼ごうという魂胆が透けて見える者は、そもそも面接の時点で弾かれる。

 仮に採用されたとしても、店の雰囲気に付いて行けずに、自主的に辞める者が殆どだが。

 それ故か人手が足りない時期も多く、世間的に見れば、やはり真面目な人ほど損をする…に該当するかもしれないが、それはそれとして。

 従業員同士の仲も良く、当人達が気にしないのであれば、問題にはならないのである。

 何にしても、働く人間が仕事に対して真面目なのは良いことだ。

 たとえ直接は伝わらなくても、客は従業員達の誠実さを垣間見ることで、再び来店したいと思う土台が、少しずつでも整っているのだろう。

 そんな真面目な従業員達は、普段と変わらない真面目さで働き続け、13時40分頃…店内はようやく、利用客が四組というところまで落ち着いた。

 丁度、今帰った客の食器をトレイに載せて、『STAFF ONLY』の看板の向こう側───ホールスタッフの待機エリアへと入ったルナルナは、ドリンクサーバーが4台並ぶカウンター台の隅でシルバー(ナイフ、フォーク、スプーン等のシルバー食器)の水気を拭いていた茉莉を発見すると、にこやかに声をかける。

「まーちゃん、ホールは大体終わったから、手伝うよ。」

「は、はい…お願いします。」

 特に大変な仕事という訳でもないが、ルナルナも手持ち無沙汰になってしまったのだろう…と思った茉莉は即座に頷きを返した。

 だが、その予想は半分当たりで、半分外れだったことを、直ぐに思い知らされることになる。

 キッチンスペースの一角───シンクと食器洗浄機が併設された洗い場に、汚れた食器をトレイごと持って行って、ついでに手を洗ってから待機エリアに戻って来たルナルナは、茉莉の隣に立ってシルバー拭きを始めた途端に、何気ない風を装って話を切り出した。

「そういえばさ、まーちゃん。この前お願いしたこと、覚えてる?」

「…え、えぇっと………何かありましたっけ?」

 茉莉には瞬時に心当たりが浮かんだが、目を逸らしてとぼけて見せた。

 忘れたフリをしても、反故ほごに出来る訳ではないだろうことも分かっていたので、無駄な抵抗というやつだ。

 果たして無駄な抵抗は、やはり本当に無駄である。

「ほら、まかない作って、ってお願いした件ね。」

 茉莉の態度にもルナルナは嫌な顔一つせずに、忘れてるなら思い出させてあげましょう、とでも言わんばかりに素敵な笑顔を向けた。

 賄いを作って欲しいと言われたのは、ゴールデンウィークの連休前にエイエンデパートで偶然ルナルナと鉢合わせした時だったが、連休も終わりかけの今日になっても未だ実行されていなかった為、催促しにきたのだろう。

 もしかしたら連日の忙しさで、忘れてくれたのかな…などと淡い希望に縋っていた茉莉だったが、現実は甘くなかった。

「………は、はい。そんなこと言ってましたね…。」

 流石にこれ以上しらばっくれるのは無理がある…と、覚悟を決めて茉莉は弱々しく頷く。

「ふふ、何作るか考えてくれた?」

「い、一応は…。」

 期待を込めて見つめてくるルナルナに、茉莉は目を逸らしたまま答える。

「じゃあ、明日かなぁ?作って欲しいな。明日で連休も終わっちゃうし、連休の最終日って意外に暇なことも多いから、大丈夫。」

「は、はい…。」

 何が大丈夫なのか定かではないが、茉莉には一先ず頷いておくしか出来なかった。

 茉莉は料理を作るのが嫌いではない。だが、それがバイト先ともなれば話は別であり、あまり気乗りしない。

 時間に追われて料理をするのは好きではないし、食材の残り具合によっては作ろうと決めてた物が作れないこともあるだろうし、と。

 何より、いつも賄いを作っている“姉さん”が作った方が美味しいのだから、わざわざ自分が作っても味が落ちるだけ…と考える茉莉であるので、気乗りしないのは当然だ。

 また、茉莉としては、あまり目立つ行動はしたくなかった。

 少女と見紛うような外見をしていても、他のホールスタッフと同じく猫耳ウェイトレス姿であっても、“まーちゃん”という女性のような渾名あだなで呼ばれていたとしても、夏川 茉莉という人間は女装をしているだけの男なのだ。

 だからこそ、何かの拍子で女装という事実がバレてしまわない為に、他人とのコミニュケーションは必要最低限のものにしたい…と考える。目立つ行動は極力避けたい、と。

 そういった考えを表情に出さないように取り繕うのは茉莉には難しく、乗り気でないのは当然ルナルナにも伝わっていることだろう。

「…まーちゃんがどうしても嫌だったら、今回は見送りでも良いよ?気が向いた時にでも、構わないから。」

 と、ルナルナの優しく諭すような口調からも、茉莉の消極的な態度が伝わっていることは明らかだった。

 ルナルナにしても、本気で茉莉が嫌がる様なら、これ以上言うのは止めておこう、と思っている。

 彼女が意地悪で賄いを作らせようとしてる訳ではないことくらい、茉莉も気付いている。

 他の従業員と仲良くなる切っ掛けを与えようとしてくれていることにも、気付いてはいるのだ。

 茉莉も本心では、職場の人達と、もう少し仲良くしたい…とは思っている。

 女装という引け目さえなければ、自分から歩み寄ったり、もっと友好的に振る舞うことも出来ていたかもしれない。

 だが結局は、女装がバレてしまうのを恐れる。

 もし自分が本当は男だとバレてしまったら、茉莉はアルバイトを続けられなくなってしまうし、下手をすれば学校にも通えなくなってしまう。

 でも…と、茉莉は考える。

 女装でのアルバイトは、自分の勝手な都合なのだ。

 そんな自分の都合を盾にして、周りに気を遣わせるばっかりでは、結局は人間関係を悪くする原因になって、その内アルバイトを辞めさせられてしまうかもしれない…と、茉莉は今更ながらに懸念を覚えた。

 “姉さん”の匙加減一つで、自分の生活は一変してしまう。

 そう思えばこそ、“姉さん”に見捨てられないように、職場の人間関係は円滑にしておかなければいけないんじゃないだろうか…。

 店の皆と仲良くなっておいた方が、“姉さん”に迷惑を掛けることもない。

 茉莉が考えるのは、積極的に行動する為の建前だ。

 本心ではバイト先の皆と仲良くなりたい、と思うが故に、今の茉莉には、建前こそが大事だった。

 周りと距離を置いているなんてことは、茉莉も自覚している。

 女装という引け目があるのだから、自分は皆と仲良くなる資格がない…と、心に壁を作っている。

 それは本心を押し隠す為の言い訳でもあったのだろう。

 従業員のことをよく見ているルナルナであれば、茉莉の心の内を、何となくでも察していた。

 だからルナルナは、賄いを作って欲しい、なんていう多少強引とも思えるお願いをして、茉莉に皆と仲良くなる切っ掛けを与えようとした。

 そして茉莉も、ルナルナの厚意を察したから、この件を断り切れなかったのだ。

 そんな風に、職場の人間関係を良好に保つ為のフォローも、アルバイトリーダーとしての仕事の一環ではあるかもしれないが、ルナルナの本心は純粋に、可愛い後輩と仲良くなりたいだけであった。

 否、ルナルナに限らず『STRAY’t』の面々には、密かに“まーちゃん”と仲良くなりたいと思う従業員は多かったのだ。

 今回の件は、ルナルナがそれらの意見を代表して、茉莉本人に訴えたに過ぎない。尤も、茉莉はそんなことには、ちっとも気付いていなかったが。

 茉莉は考える。

 ルナルナからも他の皆からも、仕事を色々教えて貰ったし、助けられたりしている。それに対する感謝と、少しでも恩返しが出来れば、といった建前を、今も頭の中で巡らせている。

 自分が料理を振る舞うだけで、ルナルナや他の皆が喜んでくれるのであれば、一度くらい賄いを作ってみても良いんじゃないかな…などと、心は前向きに揺れてしまっている。

 暫しの逡巡を経て、決心を固めた茉莉は、

「………いえ。約束も…しましたから。その…賄い作るだけ…なら…はい。」

 たどたどしくはあったが、自ら約束を守る意思を口にした。

 バイトを始めた頃の茉莉では、きっと口に出せなかった言葉だろう。

 そのことを嬉しく思いながらルナルナは微笑んだ。

「うん。ありがとね、まーちゃん。」

 更には、茉莉が多少なりとも前向きに考えられるようになった原因にも察しが付いたらしく、

「やっぱり恋人が出来ると、人って変わるものなのかな?」

 茶化すように、くすくすと笑っていた。

「ちょ、ちょっと…!ルナルナさんっ…!?」

「ふふふ、ごめんごめん。」

 周りに聞かれなかったかと心配しつつ頬を染めて抗議の声を上げる茉莉に、可笑しそうに声を漏らすルナルナ。

 肯否を問うまでもなく、ルナルナは自分の推察が的確だったことの確証を得た。

 茉莉にも、疑う余地はない。

 実際は恋人ではなく友達なのだが、茉莉が変わった原因があるとすれば、その“彼”をおいて他にいない。

 そして、そんな“彼”の話題を出されてしまうと、自然と顔を思い浮かべてしまう。

 連休に入ってから会えていない、連絡も出来ていないことを、思い出さずにはいられない。

 どうせ連休中は会えないんだから…と、仕事に専念することで、なるべく考えないようにしていたのに。

 思い出してしまうと、寂しさが込み上げてくる。

 でも、連休は明日で終わりだ。明後日には学校で会えるんだから、もう少し頑張ろう…と、茉莉は自分自身に言い聞かせる。

 茉莉のころころ変わる表情を間近で見ていたルナルナは、やっぱり可笑しそうに笑った。

 そこで互いに手が止まっていたことに気付いた二人は顔を見合わせ、苦笑し合ってからシルバー拭きを再開した。

 それから程なくして、チリンチリン、とドアベルが猫カフェ『STRAY’t』に新たな来客の音を告げる。

「入り口対応行って来ます!」

「うん、お願いね、まーちゃん。」

 仕事を頑張ろう、と思った決意が薄れない内に、茉莉はルナルナに先んじて、小走りで店の入り口まで向かう。

 来店したばかりの男女の客が視界に映ると、近くまで駆け寄って、一礼を伴った明るい挨拶で“まーちゃん”は入店した二人組を出迎えた。

「いらっしゃいませ…!」




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