7話目・その1
ゴールデンウィーク2日目の昼過ぎ。
日頃から往来の激しい深里市の表通りは、長期休暇ともなれば、人で溢れ返っていた。
買い物を目的とする場合、通りを歩けばエイエンデパートを始めとして、様々なショップが立ち並び、遊びを目的とする場合、近場にはカラオケ、ボウリング場、ゲームセンター、映画館、等といった娯楽施設は一通り揃っている。
遠出をするにしても、最寄りの久十里駅に行く為には、表通りを通り道に選ぶ者が多い。
向かう先は各々によって違いはすれど、表通りには実際、多くの人が集まるに足る理由があるのだ。
本日これからボウリング場に赴かんとする3人の若者も、雑踏に溶け込み、表通りを歩いていた。
水色のパーカーに青の長ズボンという装いの、背の低い少年が先導しており、その後ろには、外国人らしい顔立ちの、身長差のある男女が横並びで続く。
背の高い方は、黒ジャケットに白のインナー、黒のジーンズを穿いた男。背の低い方は、紺色チェック柄の入った白ブラウス、黒いフリルスカートという格好の女だ。
「それにしてもお前、本当に外国人だったんだなぁ。」
先頭を歩いていた少年───藤原 朋希は感慨深げに、後ろを振り向きながら放った。
「…今更何を言っておるのだ。」
呆れたような困惑したような答えを返すのは、見た目は外国人だが流暢な日本語を話す男───エル・ヘッシェルヴェン・ロアキーヌ・ド・サタン。
「いやぁ、エルが外国語で話してるとこなんて今まで見たことなかったからさぁ。」
「そ、そういうことか。」
朋希の台詞の意図が分かり、エルは難しい顔をしながら頷いた。
日本にいる間は外国人で通しているエルだが、やはり英語くらい話せないと怪しまれてしまうのかもしれない…などと考えていると、
『なに面白い顔してんの、兄貴ぃ?』
横から、もう1人の同行者であるエルの妹───リア・メルシェ・ラヴィニール・ド・サタンが、からかう様な口調でエルに話し掛けた。
『面白い顔など、しておらぬ。』
言いながらエルは、リアを一瞥する。
そんな兄妹の遣り取りを目の当たりにした朋希は、
「それにしてもさっぱり分かんねー。どこの国の言葉なんだ?」
と、聞き慣れない言語に対しての、当然の疑問を発した。
朋希は別に外国語に明るい訳ではなく、学校で勉強している英語以外の言語を聞き慣れないのは当然で、故に本人にとっては何気ない質問のつもりだったが、エルにしてみれば、中々痛い所を突かれていた。
理由は単純だ。
外国人風の顔立ちをした兄妹が用いている言語は、地球上のどの国にも存在しない。
”魔界”という別世界の言葉(魔人語と呼ぶ者もいる)なのである。
自らを”魔人”と称し、人間には使えない”魔法”という超能力的な力を行使することの出来るエルやリアは、魔法の存在を人間に知られる訳にはいかず、必然的に朋希に真実を話す訳にはいかないのだ。
しかし、だからといって、エルは答えを言い淀みはしなかった。
それもそのはず、予測可能な質問なので、以前から答えを用意していたのだ。。
「ヨーロッパの方の小国だ。地図にも載っていないような国だがな。」
と、エルは答えに窮することなく、涼しい顔で言い切り、
「へぇ。」
朋希も別段怪しんだ様子も無く、納得した風に頷き返した。
が、続けて、
「何て名前の国なんだ?」
と、問いたくなるのは、全く以て自然な流れだろう。
当然、それへの対処も織り込み済みだ。
「日本で何と呼ばれるかは分からぬ。向こうの言葉でなら、『魔界』…だ。」
「~~~?何て言ったのか分っかんねー!」
朋希は『魔界』を復唱しようと試みたが、上手く発音出来ず、悔しそうに声を上げた。
その様子を見、エルは心の中で安堵しつつ、悟られないように、口元に笑みを浮かべる。
実を言うと、この受け答えをするのは初めてであり、上手く行くかどうか、内心ヒヤヒヤしていた為、思い通りの効果が及んだことを嬉しく思う部分も大きかった。
日本語を解せないリアは、
『どしたの?突然“魔界”って。』
聞こえてきた単語だけを拾って、不思議そうに首を傾げる。
『朋希が故郷の名前を知りたいと言うので、魔界だ、と答えてやったのだ。』
『ふーん。』
悪戯が成功した時のような、したり顔で話すエルに対し、リアはどうでも良さそうに、冷ややかな視線を向けた。
魔界の言葉を理解し得ない者の目には、彼らの会話がどの様に映ったのだろうかは定かではないが、
「まぁ良いや。妹ちゃんのこと色々聞いても良いか?」
気を取り直して、と言った風に、朋希は屈託なく笑い掛けると、エルの了承を待たずに質問攻めを開始するのだった。
「リアちゃんは日本は初めてなの?」
「否、以前に一週間程、滞在しておった。」
「身体動かすのが好きって言ってたっけ?」
「ああ、そうだな。」
などと、朋希の質問には、エルは滞りなく答えを返していく。
好奇心を満たす一助なるかと思いきや、朋希の表情は、エルが答えを返す度に曇っていく。
「………おーい、エル。お前が答えてどうすんだよ。」
と、朋希は大いに呆れと不満を含んだ抗議の姿勢を見せる。
そこに至ってようやくエルは、自身の思い違いに気付く。
朋希の言った「色々聞いても良いか?」とは、リアに話し掛ける切っ掛けであり、エルには仲介を望んでいた…ということだった。
リアと朋希が話をする為には、エルが間に入って通訳するのが絶対条件なのであるから、当然と言えば当然だが。
「…ああ。悪かったな、朋希。」
意図を汲めずに申し訳ない気持ちになりながらエルは、未だ後ろ向きで歩き続ける朋希に謝罪した。
…と同時に、後ろ向き歩いていて他の人にぶつかったりしないのだろうか?との疑問が湧き上がるが、すれ違う人が迷惑そうな顔で朋希を避けていく様を見て、別の意味でも申し訳ない気持ちがいや増すエルだった。
そんなエルの申し訳ない気持ちは重々伝わったようで、朋希も直ぐに機嫌を直す。
「まぁ、良いってことよ。じゃあこっからは、ちゃんとリアちゃんと話させてくれよ。」
無論、後ろ歩きは続行されたままだ。
「それは勿論だが。…朋希よ、前を見て歩かぬと、危ないであろう。」
流石に見兼ねて、エルは注意を喚起するのだった。
「お、おう。」
それから朋希は努めて前を向きながら歩き、会話する時にだけ上半身を後方に向ける形式に落ち着いた。
目的地に到着するまで、殆どは朋希が質問をして、リアが答えを返し、エルは仲介に徹する流れになった訳だが、
「リアちゃんは何か得意なスポーツとかある?」
『特にない。』
「好きな食べ物は?」
『人間界の食べ物の名前はよく分かんない。』
リアからは素っ気無い返答が続くばかりで、朋希は思うようにペースを掴む事が出来ないでいた。
「え、えーと、じゃあ…ご趣味は?」
更には、お見合いかと突っ込まれそうな質問をした挙句に、
『んー…家出…かな?』
「家出!?」
予想の斜め上を全力で飛んで行くリアの答えに、狼狽する結果となる。
「…なぁエル、ひょっとして、オレ嫌われてる…?」
見るからに消沈した朋希は、エルに縋るような目を向けた。
「ああ、否…リアはな、その…極度の人見知りなのだ。別に今の質問の間に、嫌われる要素は無かったと思うが…?」
「そ、そうか…。」
すかさずフォローを入れるエルだが、朋希はイマイチ納得し切れてはいない。
趣味が家出では、納得し切れないのも当然だが。
兄が妹の不誠実とも思える返しに口を挟まないのは、妹の境遇を知っているからというのも大きいが、昨日の一件を経て、今の自分にリアを咎める資格など無い…と思っているからである。
故に、実に居心地の悪い立ち位置だった。
そうこうしている内、意外と近場にあった目的地が見えてきた。
既に次の話題振りに悩み始めていた朋希としては、渡りに船と言えよう。
「おっ…!エル、リアちゃん!あれがボウリング場だぜ!」
わざとらしく思える大袈裟な態度で以て、朋希はビシっと、横幅の広い大きな建物を指差す。
エルが朋希の示す先を追い、リアも釣らて視線を向けると、その建物の屋上部分に、巨大なボウリングのピンが乗っかっていて、2人は同時に驚きの声を上げた。
「何なのだ、あれは…!?」
『え、何あれ!?』
今までつまらなそうにしていたリアが見せた驚きの表情を、朋希は満足気に見る。
「説明は入ってからな!ぐずぐずすんなよ、二人共!」
言うが早いか、朋希は建物に向かって一目散に駆け出した。
それに続き、これから初めて行うボウリングという遊びに期待を込めて、魔人の兄妹も慌てて後を追うのだった。




