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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第7話「ゴールデンウィークの魔王くん-中編-」
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7話目・その2

 深里市の表通り、私立久十里学園へ向かうのとは真逆の方角に、そのボウリング場は在った。

 周辺のビル群と比べれば背の低い横長の建築に、屋上部分には巨大なボウリングのピンが鎮座している。

 シルエットだけ見ればヘンテコな造形だが、ボウリングという遊びを知っている者なら、一目見ただけでボウリング場と分かる為、未来永劫これに勝るボウリング場アピールは存在しないだろう。

 一階は主にゲームセンターと軽食や雑貨を扱う販売所が幾つか、二階は全てボウリング場になっており、休日ともなれば多くの人がこの建物に足を運ぶ。

 朋希を先頭に店内に入ったエルとリアは、建物内部の喧騒に唖然とした。

 ゲームセンター側から聞こえてくる電子音も騒がしい部類だが、それに負けないボリュームで喋る人間達の声も、少なからず彼らを怯ませた原因だ。

「おーい!行くぞー!はぐれんなよー!!」

 と、周囲に負けじと声を張り上げる朋希にも、少々おっかなびっくりである。

 あまり大声を出したくないエルは、はぐれない為に、無言でリアの手を引き朋希の後に続いた。

 いきなり手を引っ張ったので、後でリアからは文句を言われそうだ…と、エルは変な心配をしたが、何となく状況を察したリアからは、特に文句は出なかった。

 隅にあった階段で二階に進んで行くと、電子音は徐々に遠のき、代わりにドォン、ドォン…という、小さいながらも矢鱈やたらと存在感を主張する振動音が大きくなり始める。

 二階に辿り着き、ボウリングという遊びの全貌が見えて来た辺りで振動音が加速度的に音量を上げたことで、ボウリングが初見である兄妹は揃って耳を塞ぎたい気持ちになった。

 音には次第に慣れるが、最初は五月蝿うるさいと感じるのも無理はない。

 否応なしに聞こえ続ける音の大きさを特に気にしていない様子の朋希に急かされるように従って、受付のシートに記入(殆ど朋希任せだったが)を済ませ、カウンターでレーン番号の札を受け取り、シューズをレンタルして、ボールを選ぶ。

 準備の一連の流れは、ボウリング初体験のエルとリアに、経験者の朋希が説明を加えつつ行った。

 各々が持ってきたボールを、レーン番号と同じ11番レーンに付随する機械(通称ボールリターンと呼ばれる)に置いてから、靴を履き替えて、背もたれのある白いプラスチック椅子に腰を落ち着けると、

「ボウリングってのはまぁ、簡単に言えば、あっちに並んでるピンをどれだけ多く倒せるかを競うゲームだ。」

 あっち、と言いながら朋希はレーンの奥にある10本のピンを指差した。

 他のレーンの様子を見回せば、未経験者でも何となくは理解出来る。

 客層は若者が中心だが、友達グループ、家族連れ、果てはカップルの姿までもが見受けられ、日本にボウリングという遊びが定着している事実も窺えた。

 取り敢えず先に説明出来ることはしてしまおう、と意気込んで、朋希は続けて口を開いた。

「画面に一から十までの数字が並んでるだろ?で、名前が三人分。」

 言いながら朋希は、天井からぶら下がるテレビ画面のようなモニターを指で差し示す。

 実際に11番モニターには、上から、トモキ、エル、リア、と3人分の名前が表示され、その右側に10までの数字が伸びて、エクセルで作られた表のようになっている。

「最終的に倒したピンの合計スコアで勝敗を決めるんだが…基本的には一人二回ずつ投げて、それを10回まで繰り返す。最後はちょっと特殊だから、10回目になったらちゃんと説明するぜ。取り敢えずは、名前の光ってる人が投げる番って覚えとけば間違いはないからさ!」

 中々にざっくりした説明だったが、朋希の心情としては早く遊びたいのである。

 エルは、自分がルールを分かっていないのもあって、朋希の説明をなるべくそのままリアに伝えていた。

『名前が光ったら…ね。それなら覚え易いかな。私は三番目だっけ?』

『うむ。』

 意外にも、と言っては失礼かもしれないが、リアは普通に納得した。

 エルが妹に説明し終わった旨を告げると、朋希は勢い込んで立ち上がる。

「まぁやりながらでも追加で説明するからさ、早く始めようぜ!」

 単に早く遊びたいだけである。

「…そうだな、そうするとしよう。」

 エルは、朋希の子供っぽい様子に、苦笑した。

「じゃ、まずは俺からだ。お手本見せるから、よーく見とけよ!」

 ボールリターンから11ポンドのボールを手に持ち、朋希はレーンを正面に見据える。

 軽く助走を付け、自然な動作で腕を後ろから前にスイングするように、ボールをレーン上に滑らせる。

 放った球は中央のピン目掛けて真っ直ぐ転がり、派手な音と共に、大半のピンを吹っ飛ばした。

 ピンが並んでいた場所では、倒れずに残った2本のピンを機械が持ち上げて、倒れたピンが取り除かれた後、2本のピンが全く同じ位置に並べ直される。

 少しの間を置いて、朋希の投げた球は、ボールリターンから戻って来た。

 朋希は一度目と同様に、ボールを持って再びレーンに向かい、同じフォームでボールを放ち、全てを倒し切った。

 その間、エルとリアの両名は、無言で朋希を凝視し続けていた。

「こんな感じだぜ!………って、見本とは言ったものの、すっげー見られてんな…。」

 アプローチ(ボールを投げる為に助走として使うスペース)から待機エリアに戻りながら朋希は、2人の視線に気付き、やや照れ気味に頬を掻いた。

「否、凄く綺麗に投げるのだな、と思ってな…。」

 素人目に見ても、朋希のフォームはブレがなく、自然体に見えたのだ。

「ははは。まぁ練習すりゃ誰だって出来るようになるさ。」

 照れ隠しに笑い声を上げながら、朋希は椅子に座った。

 と、次いで他のレーンの客に目を遣っていたリアが、ふとした疑問を投げ掛ける。

『ねぇ、…朋希。他の人間はボールを放り投げてる感じで五月蝿いけどさ、朋希の投げ方は別に大きな音もしなかったじゃん。何か違うの?』

 そんなリアを、エルは驚いたように見るが、それも一瞬のことだ。

 手早く朋希にリアからの疑問を通訳する。

 エルが驚いた理由は、リアが朋希に自分から話し掛ける意思を見せたからだ。

 顔合わせから今の今まで、進んで話し掛けようとしなかったリアが、自ら朋希に話し掛けようとしたからだ。

 リアの疑問を朋希に伝えると、朋希は「あー…」と、少し言い淀んだ後、エルの近くに寄って耳打ちする。

「あれなぁ、カーブ掛けようとしてんだ。ボウリング場に置いてあるレンタルのボールって曲がり難いからさ、しっかり曲げようとして、放り投げてるんだよ。知らずにやってる奴も大勢いるけど、五月蝿い上に床も傷付けるし、本当はマナー違反なんだぜ、あれ。」

 内容を聞けば、確かに声を大にして言える事ではないな…と、エルも内心で苦笑いした。

 それをリアにも伝えたところ、リアも納得半分、呆れ半分に苦笑を浮かべるのだった。

 もし朋希を連れずに、2人だけでボウリングに来ていたとしたら、周りを参考にして、彼らも躍起になってボールを放り投げたことだろう。

 否、それ以前に大音量に負けて、早々に退散していたかもしれないが。

『っていうか、ただの遊びなのにマナー違反なんてあるんだね。』

「世間一般じゃ遊びって認識だけど、ボウリングって本来はスポーツ分類だからな。ルールは割としっかりしてんだよ。」

 朋希の薀蓄うんちくに、二人揃ってなるほど、と頷く兄妹だった。

 リアはそれ以上は突っ込んで質問しなかったが、それでもエルは二人の人間関係が一歩前進した様子を喜ばしく思い、リアを温かく見守ることにした。

 そんなエルを見たリアが、

『兄貴…気色悪いんだけど…。』

 と、辛辣な一言を放ったのは、恐らくエルの温かい視線を、本気で気味悪がった故だ。

 消沈しかけたエルだが、

「次はエルだぜ、さっさと投げて来いよー!」

「あ、ああ。うむ。」

 そんなこととはつゆも知らない朋希に催促されて、返事と共に重い腰を上げた。

 先の朋希の動きに倣い、エルはボールリターンから9ポンドの球を持ち、レーンの直線上へと踏み出す。

 筋力が無いとは自覚しているので、なるべく軽い物を選んでいた。

 本心では、もう少し軽くても良い気はしていたが、リアが選んだのが10ポンドだったので、見栄を張って9ポンドにしたのだ。

 尤も、見栄を張るならば、通常は相手と同じかそれ以上の重さを選ぶのが普通であり、客観的に見れば見栄を張っているとは言い難い。

 ともあれ、投げられる程度の重さにしておかなければ、見栄と言うよりは無謀と言う方が正しくなってしまうだろう。

 故に9ポンド───約4.1kgの重みは、非力なエルにしてギリギリを攻めた結果であり、彼にとっては充分に見栄を張った選択なのだ。

 右手にずっしりとした重さを感じながら、エルは気持ちを落ち着かせる為に一度深呼吸をする。

 初めて体験するボウリングというスポーツの第一投…それは、たった今から未知の世界に踏み込むが如き高揚感をエルに与える。

 目を瞑り、朋希の見せた“お手本”の投げ方を頭の中で繰り返しイメージ。

 いざ、投球に入る為に助走を付け始め…、

「ぬぉあっ!?」

 床が思いのほか滑った所為でよろめき、変な声を上げた。

 真剣な様子から一転、素っ頓狂な声を発したエルを見、傍観していた朋希とリアは、我慢出来ずに吹き出してしまう。

 後方から聞こえてくる笑い声を耳にしたエルは、恥ずかしさに身を震わせながら、怒りの形相ぎょうそうで振り返り、叫ぶ。

「笑うでない!」

『笑うでないぞ!!』

 日本語と魔人語を連続で発しながら、エルは待機エリアの椅子の上で笑い転げる2人を交互に睨み付けた。

「くくっ…!わ、悪い悪い!なんつーか、あまりにも予想通りすぎてな!!」

『ぷっ…!今のを笑うなって!?無理言わないでよ!!』

 笑いながら応える朋希とリアからは、まるで反省の色が見られない。

 恥ずかしさと悔しさ、二つの感情で頭がいっぱいになったエルは、

「いっ、今のは無しだ…!もう一度やり直す!!」

 と、テンパり気味に、必死に事実を無に帰そうと試みるが、それが不可能なのは言うまでもない。

 尚も笑い続ける2人の脳裏には既に、先刻のエルの変な動きが焼き付いているのだ。

 ぐぬぬ…と下唇を噛みながらも、次こそは、という気持ちの方が勝ったエルはレーンに向き直り、背後から絶え間なく続く嘲笑を意識的に遮断して、再度イメージする所からやり直す。

 冷静さを欠いた状態で自らに浴びせられる甲高い笑い声を完璧に遮断出来る訳もなく、思いっ切り集中を乱されていたが、それでも目を瞑ってイメージする内に、エルは次第に心を落ち着かせていく。

 今度こそイメージ通りにやってみせよう…と、強く理想の動きを頭の中に思い描く。

 一度失敗し嘲りを受けたことで逆に研ぎ澄まされた精神は、エルの集中を極限まで高めた。

 そうして完全に集中し切ったエルの耳に、最早雑音は届かない。

 自分のタイミングで、エルは助走を始めた。

 今度こそ完璧に、正確に、精密に。

 流れるように無駄のない動きで、第一投を放つ。…否、放ったつもりだった。

 残念ながら、エルの脳内イメージと実際のエルの動きとでは、天と地ほどの差があった。

 足の開きの感覚は、直前に滑ったのを無意識に警戒してか小走り気味になり、腕の振りも伸び切らずに、肘が曲がったまま肩だけを動かしていて、ぎこちない。

 傍目から見れば、無駄だらけの全く無駄な動きだ。

 更には、転がっていく球は、放る瞬間に指が引っ掛かってしまった所為で、勢いが殺されたまま右に逸れ、のろのろとレーンから退場していった。

 ガターに吸い込まれていくボールを見ながら、エルは呆然とする。

 そして、数秒固まった後で、トボトボとアプローチから降りるのだった。

 イメージは完璧だった…。敗因は、身体が付いて来なかったことだ…。

 と、言い訳のように、心の中で自分自身を慰めながら。

 そんなエルを出迎えたのは、第一投目から続く朋希とリアの爆笑であり、エルの目からは光が失われた。

 一頻ひとしきり笑い終えると、朋希は、

「ま、まぁあれだぜ…!最初は誰だって失敗するもんだから、気にすんな…!」

 物凄く今更なフォローを入れる。

「………。」

 あれだけ笑っておきながら、本当に今更だな…と思うエルである。

 ちなみにリアは、まだ微かに笑っている上に、

『兄貴の変な動きが可笑しすぎて、お腹痛いんだけど!』

 と、逆ギレに近い苦情までぶつけて来る始末だ。

『………リアよ、ボウリングを甘く見ておると痛い目を見ることになるぞ…。』

 今のエルには、震える声で、忠告よろしく強がるのが精一杯だった。

『はぁ?何それ?私が兄貴みたいに無様な格好を晒すとでも思ってる訳?…ぷっ!思い出させないでよまた笑っちゃうでしょ!?』

 思いっ切り見下した言い方でリアは反発し、更には完全に収まっていなかった笑いが再燃しかけたことを批難までしていた。

 エルが大きな失敗をする姿など、之まで一度たりとも見た記憶がないリアにとって、兄がかつて無い程の醜態を晒していることが何より新鮮で、喜びでもあった。

 その喜びというのは、決して暗い感情に起因するものではない。

 エルは魔界で天才と謳われていても、魔界という限定された空間の、更に魔法という一つの分野に於ける秀才であり、決して万能ではない。

 人には得手・不得手があり、それは兄も例外ではないという様を、如実に目の当たりにすることで、より兄を身近に感じることが出来た故の喜びだった。

 傍目には理解されない感情かもしれないが、リアにとっては、それが真情なのだ。

 リアは、エルの落ち込み様とは反対に、溌剌はつらつとしていた。

 魔界と人間界での、妹と兄の力関係の逆転に、一時酔いしれたのも、事実の一端ではあったのだろうが。

 自分の得意分野を見せ付けてやる、とでも考えていたかもしれない。

『…っていうか、まだ兄貴の番なんでしょ?さっさと投げて来てよ。』

 と、エルに催促の言葉まで投げ付ける。

 だが、そんな散々な言われ様だったからこそ、エルは吹っ切れたらしい。

『………、ふっ…良いだろう!朋希は、最初は誰もが失敗すると言っておったからな…お前の動きも、我とそう変わらぬはずだ!良い気になっておるのも今の内だけだぞ、リア!お前の言うところの無様な格好というものを、自ら実践する覚悟でもしておくが良い!!』

 捨て台詞を吐き終えるとエルはアプローチに上がり、いつの間にかボールリターンに戻っていた9ポンドの球を力強く持ち上げる。

 その様子だけ見れば、エルが立ち直ったように思った朋希は、妹ちゃんから励まされたんだな…という見当違いの感想を抱き、微笑ましいものを見る気持ちでエルを見送った。

 同時に、笑い過ぎであったことを、少しばかり反省するのだった。

 ボールを手に、再びレーンと対峙したエルは、今度は特に脳内でイメージすることも大した集中を練ることもなく、小刻みな足運びと一緒に腕を後ろから前に振って、ボールをレーン上に放った。

 無駄な力が入らなかった為に、一投目よりフォームがマシになっていた。

 といっても、動きにキレは無く、むしろ力を抜き過ぎた所為で、途中でボールがすっぽ抜けてしまうのだが。

 ボールはドンッ!と鈍い音を立てて落下した後、勢いの感じられない速度で、無慈悲にも先程と同じ右側の溝へと転がり落ちて行った。

「しゃーない、しゃーない!でもよ、今のはさっきよりは良かったと思うぜ!」

 朋希は反省を活かし、すかさず励ましの声を掛ける。

「ああ。そうか。」

 何度か頷きながら応えて、エルはすんなり待機エリアまで戻って来た。

「…どうかしたのか?」

 エルの反応が思っていたものと違って、朋希は不審に思う。

 というのも、2連続でガターを出したにも関わらず、エルは意外と落ち込んではいなかった。

「否、どうもせぬ。」

 軽く告げて、エルは朋希の正面の椅子に座る。

 特に意識せずに投げた方が、上手く行きそうだ…という推論を得られた為に、エルは次の実践が待ち遠しくなったのだ。

 投げ方のコツを掴む切っ掛けを手に入れた、成功の為の失敗である、と言えるのだが、エルはどちらかと言うと運動音痴であり、直ぐに上達する訳でもないので、気の長い話ではある。

『まぁさっきよりはマシだったんじゃない?』

 横からリアが、皮肉めいた口調で発する。

 鼻で笑う程度だったので、一投目と比べて変な動きが緩和されていたのは客観的事実であるらしいことも、エルには確認出来た。

 先程の推論が確証へと昇華された嬉しさ故に、エルは不敵に切り返す。

『ふっ…では、お前が我をマシと言える立場なのかどうか、見物させて貰うとしようか。』

『はぁ?私が運動で兄貴に劣るなんてこと、有り得ないでしょ!』

 売り言葉に買い言葉で、リアは勢い良く立ち上がると、エルと朋希の前を通り過ぎて、アプローチへ上がった。

 そんな兄妹の遣り取りを、朋希は、凄く仲が良いんだなぁ…と、あながち間違いでもないが間違った感想を抱きながら、微笑ましそうに見届けるのだった。

 リアは、直接ボールリターンへは向かわずに、先ず床がどのくらい滑るのかを確認する為、一度素振りのような動作をした。

 エルが最初によろめいたことから、滑り易い床なのだろうと予想していたのだ。

『おいリア!ボールを持つのを忘れておるぞ!』

 というエルの勘違い甚だしい指摘には、

『うっさい馬鹿兄貴!別に忘れてる訳じゃない!!』

 と、怒声で返し、床の滑り具合を確認した後で、ボールを取りに戻った。

 やれやれ、やっぱり忘れておったのか手間の掛かる妹だな…云々と、エルの何故か上から目線な呟きが聞こえて来た気がしたが、リアは一切無視した。

 10ポンドの球を右手に颯爽とレーンに向かい合ったリアは、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせてから第一投に入る。

 朋希のフォームをイメージして、しかし、それを完璧に真似るのではなく参考にして、自分の投げ易い歩幅でタイミングを合わせ、腕を振った。

 途中までは良かったが、最後に踏み込んだ左足がブレてしまい、放った球は左側の溝にまっしぐらである。

 リアがいくら運動が得意と言っても、初体験となるボウリングで、更にその一投目では、気持ちが先行し過ぎていた。

 だが、フォーム自体は割とサマになっていた。

 そのことに驚いたのは、リアがボウリング初体験だと知っているエルと朋希の2人だけだ。

「お、おい…!話が違うではないか朋希!最初は誰もが変な動きになると…!!」

 エルが驚愕のあまり、朋希に詰め寄る勢いで捲し立てた程だ。

「いや、オレそんなこと言ってねーし…つーか、そりゃ個人差はあるってもんだぜ…。」

 事実、変な動きになる、とは言っていない。

「個人差…だと…。」

「ま、まぁエルは運動音痴みたいだし…運動得意なリアちゃんと比べたら、そりゃ…な?」

 現実を突き付けられてショックを受けるエルに、朋希が無自覚にトドメを刺した。

 待機場所でそんな遣り取りが繰り広げられているとは分からず、リアは軽く首を傾げてから再び投球位置に立った。

 落ち込んではいない。リアは失敗には慣れている。

 ボールが自分の思った方向に行かなかった理由を、冷静に分析していた。

 その甲斐あってか、二投目では踏み込みの軸足を安定させることを意識して投げ、比較的真っ直ぐボールがピンに向かい、7本を倒した。

『ん、もうちょい左…かな?』

 実際のボールの軌道を目で追い、リアは修正案を一考しながら、エルと朋希の所まで戻って来た。

 朋希の前を通り過ぎる際に、

「リアちゃん筋が良いな!」

 と、賞賛の声を浴びせられるが、

『?』

 エルからの仲介が特に無かったので、何を言われたか分からず、リアは首を傾げてから通り過ぎて、普通に席に着いた。

 本来通訳であるはずのエルが、その役目を果たさなかったのは、他者ともきから発せられた「運動音痴」という言葉に、思ったよりショックを受けた所為である。

 尤も、意地悪で翻訳を放棄している訳ではない。消沈して、自分の殻に引き篭もってしまったのだ。

 そんな風に落ち込むエルを見たリアは、兄貴が自分と私の動きを比較して、あまりにも自分が無様だって気付いて、相当なショックだったんだろうなぁ…と、若干思い込みの激しい感想を抱いていた。

 エルと朋希の会話内容を知らないので、リアがそう思ってしまうのも無理はないが。

 リアは、朋希から何を言われたか気にならないでもなかったが、わざわざエルを現実世界に引き戻してまで聞くのも面倒だ、と考えて結局スルーすることにした。

 一方朋希の方は、それでは困ると思い、エルの肩を揺さぶって無理矢理にでも叩き起こしに入る。

「おいエル!そろそろ自分の世界から帰って来い!そしてオレの言葉を訳せ!!…お前が起きてくれないとオレがリアちゃんに何言っても伝わんねーんだよ!スルーされてるみたいで、すげー悲しいんだ!分かるか!?いや、分かれ!!早く起きろ!!!」

 ぺちぺちと頬を叩きながらの朋希の必死(?)の呼び掛けで、数十秒後ようやく現実に戻って来たエルは、

「はぁ…すまぬ。…迷惑をかけたな。」

 大きな溜め息を吐き、やや低めのトーンで謝罪した。

 リアはというと、朋希が物凄い勢いでエルに話し掛けているのが妙に可笑しくて、声を押し殺して笑っていた。

 そのことに、朋希は全く気付いていなかったが。

 エルの謝罪に対し朋希は「気にすんな。」と返し、続けて「それで…だ。」と、目的を告げる為に口を開く。

「リアちゃんに、筋が良いな、って伝えてくれよ!」

「…ああ、うむ。」

 やるせなさを感じつつも、エルは言われるままリアに言葉を伝えた。

『あ…そう。…ありがと。』

 基本的に褒められ慣れていないリアは、面食らってしまい、小声で目を逸らした。

『ん?何か言ったか?』

『な、何でもない!』

 周りの音が大きい為に、リアの声が耳に届かずにエルは聞き返すが、リアはうっかり口を滑らせただけなので、言い直したりはしなかった。

「おーいエル、伝えてくれたかー?妹ちゃん何か言ってたか?」

 返事を待ちくたびれた朋希が痺れを切らせて、エルに催促の言葉を掛ける。

「ああ…よく分からぬ。」

「はぁ!?よく分からないってお前…それじゃ通訳の意味ねーじゃねーか!っつーか、分からないって何だよ!?」

「何か言っておったとは思うのだが、周りの音が大きいのでな…。聞き返したが、何でもないと言われた。」

「はぁーっ…使えねー!!」

 素直に白状したら、酷い言われ様である。

 エルは、そこまで言われる程のことか…と、頭を抱えた。

 その様子を見たら流石に朋希は気の毒に思って、、

「…悪い、言い過ぎたな。次オレの番だし、投げてくるわ。」

 勢いで言い過ぎてしまったことを謝罪した後、ばつが悪そうに席から立ち上がって、ボールを取りに向かった。

 朋希が去った後も苦い顔で項垂れるエルに、リアは溜め息を吐きながら、呆れた風にジト目を向ける。

『兄貴が運動で私に敵わないのなんて、分かり切ってるじゃん。そんなに落ち込むことでもないでしょ?』

『………まぁ、な。だが、あまりにも格好悪過ぎるであろう…。兄としての威厳が…。』

 エルは正直なところ、妹には尊敬される兄で居たかったのだ。

 しかし、そんな痛々しい姿を見せてしまっては、どうやっても尊敬なんて出来ないだろうことには、今は頭が回らないらしい。

 立て続けにショックを受けすぎた反動である。

 リアは毒の一つでも吐いてやろうとも思ったが、実際はそんな気分にもなれなかった。

『何言ってんの。いくら運動が出来ても、魔界じゃ何の役にも立たないっての。…私は兄貴の得意分野には敵わないし、兄貴は私の得意分野には敵わない。それで対等なんだから、文句ないでしょ。』

 それは普段は天邪鬼あまのじゃくなリアにして最大限素直な励ましであり、エルにもリアの気持ちは充分以上に伝わった。

『リア…。』

『か、勘違いしないで!立ち直ってくれないと、張り合いがないから…っ!』

 そっぽを向き、頬を紅潮させるリアの横顔を見ながら、エルは、

『………なるべく期待に応えられるように、努力してみよう。』

 優しく頷いた。




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