6話目・その3
何もないと思っていた扇原のバス停留所近くには幸いコンビニがあり、時間も昼過ぎだった為、2人はコンビニで昼食を買って食べることにした。
停留所にはバスを待つ用のベンチがあり、買った食べ物を持ってバス停まで戻るつもりだった。
しかし、次の到着まで時間が空くこともあり、折角だから少し探索してみよう、と朋希が提案したので、引き返さずにコンビニの敷地内で昼食を終える算段となった。
エル達の生活圏である深里市久十里の表通り近辺には、駐車場を擁するコンビニなど存在しないが、扇原は開発を放棄された土地柄故か、小さいながらも駐車場が存在した。
なので、行儀が良いとは言えないが、彼らは営業の邪魔にならなそうな辺りにしゃがみ込んで、昼食を摂り始めた。
エルは惣菜パンと紅茶を、朋希はおにぎりと烏龍茶を何個か買っていた。
普段からグラゼルの料理を食べ慣れているエルにしてみれば、コンビニで売っているパンは、お世辞にも美味しいとは言えない。
尤も、朋希は至って普通に食事を進めていたので、人間と魔人との味覚の違いだろうか?と思い、口に出すことはしなかった。
手早く食事を済ませ、ゴミを片付けた後、二人はあてもなく歩き始める。
今回彼らが扇原へやって来たのは、心霊スポットという噂の扇原屋敷を調査する為。
それは約一時間半という時間で決着が付いたのだが、実は他にも目的があった。
同好会活動に興味を示していなかったエルが、朋希に付き添った理由…それが、もう一つの目的である。
否、目的と言ってしまうと語弊が生じるかもしれない。
何故なら、扇原に来なければ達成出来ない訳ではなく、物のついで程度の事柄なのだ。
尤も、エルにとっては、そのついでの方が重要だった。
ゴールデンウィークに入る直近の日曜日、エルは自分の曾祖母に当たるという人物───神無月 詩鶴から話を聞いた。
そこには、現在進行系で恋人関係にある(と、エルが公言しているだけで、実際は違うが)夏川 茉莉との仲をどうにかして解消、あるいは破綻させたいと考えているグラゼル・アルエインの思惑も当然乗っかっていたが、それを差し引いたとしても、詩鶴は魔人と人間の関係に対する、極々現実的な問題を指摘していた。
言われるまでもなく遠くない未来に直面する問題であり、エル自身、覚悟はしていたつもりだった。
しかし、自分さえ我慢すれば良い問題…と、ある意味楽観視していたのだ。
改めて問われれば、その問題は必然、関わった人間を巻き込む物であった事に気付かされる。
故に、エルは問題の降りかかるであろう人物達に、その問題に対する考えを聞いてみたいと思うのだった。
茉莉とは既に話し合いは終わっていて、しっかりとした答えを貰っている。
だが、十人十色という言葉があるように、人の考えは様々違う。
人間の中でも一番付き合いの長い茉莉だからこそ、出せた答えだったのかもしれない。
そう思えば、茉莉以外にも、この問題に関わってくる者の考えを知ろうとする行いは、例え全く同じ答えが返って来たとしても、決して徒労には終わらないはずだ。
他に巻き込まれる人物といえば、今のところ、朋希以外にない。
自分が何れ人間界を去る上で、決して避けては通れないこの問題に対して、朋希の考えを聞く事こそが、エルにとっては主目的なのだ。
勿論そのことは朋希も承知の上だ。
朋希もエルと話したい事があると言っており、そもそも、扇原へ誘ったのは朋希の方からなので、忘れている訳でもないのだろう。
つまり、互いの同意の上で、今回の扇原での活動が成立していた。
そして、エルにとっての本題は正に、これからなのだ。
それが表情に出ていた所為と、周りに特に目を引く建物もなかった事も相俟ってか、コンビニを発って5分もしない内に、朋希の方から話を切り出した。
「そういや、話しがあるんだったよな?」
ふと思い出した…という風を装っているが、忘れていた訳ではない。
事実はどうあれ、エルはそう思いたい。
「お前も我に何か話しがあるのであったな?先に話してくれても構わぬぞ?」
と、エルが返答した際に、
「ん?オレそんなこと言ってたか?」
まるで身に覚えのない事を問われたかのような反応だったとしても、だ。
「ま、まぁあれだ、お前から話してくれ。その間に思い出すかもしれねぇし。」
「…では、先に話させて貰うとしよう。」
誤魔化す様に朋希に促されたが、それには目を瞑って、エルは心を落ち着かせる為に息を吐き出してから、話しを始めた。
「三年後、我は故郷へ帰る。どんな理由があろうと、日本に留まることはない。三年が経過すれば、我とお前は、必ず離れ離れになる。故あって、その後の連絡は一切取れぬ。それでも朋希は…我と、友達になったことを後悔せぬか?」
真面目な表情で語り始めたエルの言葉を、朋希も真面目に受け止めていた。
が、それも最初だけだった。
朋希は最後には溜め息を吐き、
「んなこと考えながら生きてて楽しいか?」
呆れを前面に押し出した声音で切り返していた。
「お、おい…!我は真面目に話しておるのだぞ!」
エルに生まれた感情は、怒りではなく焦りだ。
自分が真剣な話をしているのに、ちゃんと取り合って貰えない…という事態が、彼の焦燥感を煽った。
「真面目なぁ…。じゃあ残念だけどオレは真面目じゃないから、真面目な話しをしたいなら、他の真面目な奴と話してくれ。」
話を打ち切りたい意思が伝わってくるが、構わずエルは自分の内を表に出す。
「それは、やはり我と友達で居続けるのは嫌、ということか?」
「んなこと言ってねーだろ。オレじゃお前が満足するような、ちゃんとした答えなんか出せねーっての。」
「それでも良い。お前の率直な意見を聞きたいのだ。」
拒否されても尚、エルは引き下がらない。
そのエルの必死さに、一際大きな溜め息を漏らした朋希は、
「…別に友達付き合いが三年だろうが何とも思わねーよ。」
「………そうか。」
突き放したようにも聞こえる言い方をして、エルは呟くように絞り出した。
そんな返事を返されるとは、思いもしなかった。
朋希の中で自分は、別れを惜しまれる程の友好関係を未だ築けていなかったのだ…とエルは消沈する。
2人が友達になって、丁度1週間。
その間に親交を深めるに値する出来事があった訳でもない。
元々、朋希との友人関係は、エルにとっては携帯電話を手に入れる為、朋希にとっては同好会を設立する為、の協力関係が発端だった。
エルが携帯を入手する際には、積極的に助力してくれた朋希だが、それは単に、エルが一方的に朋希に助けられただけの話である。
言わば、現時点では、自分達の友達関係というのは表面上の付き合いでしかない。
そう思えば、朋希の反応は当然なのかもしれない。
今の段階では、中途半端な繋がりしか持たない朋希に対し、答えを望んだ自分の方が間違っていたのだ…と、エルは悔い改めた。
「…悪かったな、変なことを聞いて。」
ハッキリと自分の反省点を認識したエルは、謝罪と共に、今回はこの話は打ち切るつもりだった。
恐らく朋希も最初から、それを望んでいたのだ、と朋希の心中を察するエルに、
「エル、お前何か勝手に変な想像して、勝手に勘違いして終わろうとしてねーか?」
何故か朋希からの追及が入る。
それがなければ、話は済んでいたというのに。
否、終わらせようと思えば、まだ終わらせることは出来た。
しかし、それをしなかったのは、朋希の台詞が、全て見透かした上での発言のように錯覚し、無視出来なかった故だ。
「どういう、意味だ…?」
魔法でも使わない限り、他人の心を読めるはずがないのに、考え違いを咎められた気になり、思わず聞き返していた。
「取り敢えずあれだ。“そうか”から“悪かったな”の間に考えたこと全部言ってみろ。」
「は…?」
「良いから言ってみろって。」
半ば強引に、エルの考えを引き出そうとする朋希。
その勢いに飲まれたエルは、、
「う…む。そうだな…今の朋希とは別れを惜しまれる程の関係は築けておらぬ。そんなお前に、今答えを求めるのは間違いであった…と。」
どこか弱々しく、先程の心中を端的に述べる。
自身で導き出した結論であり、間違っていないはずの意見は、それでも朋希には否定される予感がした。
そして、エルの予感は、残念ながら的中してしまうのだ。
「お前は思い込みの激しい馬鹿野郎だな…!オレはお前が、来年でも再来年でも、全く同じ質問をして来たら、全く同じように答えるぞ!真面目な話は他の奴とやれ、ってな!」
語調を強め、朋希はエルの考えにハッキリ異を唱える。
「何故だ…?」
考えても、エルにはさっぱり理由が分からない。
何故朋希は、そこまで頑なに解答を拒否するのか。
「お前が満足する答えなんか、出せねーって。さっきも言ったろ?」
「否、だからそれは今の時点での話では…。」
というエルの疑問を遮り、
「違ぇよ!」
そろそろ苛立ちを隠し切れなくなってきた朋希は、短く吼える。
友好関係がどれだけ深まろうとも、自分が答えることはない…という意思表示だ。
続けて、
「つーか、そんなん一々考えるのが馬鹿馬鹿しいんだよ!」
「なっ…!?」
エルの真剣な悩みは、朋希に一蹴されてしまい、エルは言葉を失った。
「少なくともオレは馬鹿な悩みだと思う。考えるだけ時間の無駄。そんなこと考えてる暇あったら、他にやる事いくらでもあんだろ!」
辛辣な台詞を、朋希は感情のまま吐き出す。
「む、無駄ではあるまい…。」
深刻な悩みとして捉えてしまっているからこそ、エルには無視出来ない問題だった。
相手が何とも思わない…などと楽観的には考えられない。
しかし、またしても朋希は、そんなエルに否定を返すのだ。
「いいや、無駄だ。友達になった奴が気にするか気にしないかなんて、その時になってみるまで分かんねーだろ。」
「だからこうして、予め知ろうとしておるのではないか…。」
「んじゃあれか?オレがお前と別れるの寂しいっつったら、今の内に友達やめようってのか?」
「そ、それは…。」
エルは図星を突かれ、言葉を詰まらせる。
最終的に後悔しか生まないのであれば、今の内に関わりを絶ってしまうのも仕方がない…という考えは、確かにエルの中に存在した。
「友達になる奴に毎回同じ事聞いて、それで別れが辛いって言われたら、友達になるのやめるのか?他人の顔色窺って、それで当たり障りない奴を選んで友達にしたら、お前はそれで満足すんのか?楽しいと思うのか?」
エルが黙った後も、更に朋希は己の信念に従い続ける。
「違ぇだろ?自分で友達になりたいと思った奴とは友達になるのが普通だ。オレは今までそうしてきたし、これからもそうだ。お前がオレとは合わねーから友達やめるってんなら、そりゃ仕方ねーなって思うけど、別れるのが寂しくなるから関係が深くなる前に縁を切ろうって考えてんなら、正直ふざけんなってレベルだぞ!」
容赦なく、エルの間違いを切り捨てて行く。
諭す為ではなく、単純に気に入らないから。
一方的に憤りをぶつけているに過ぎない。
しかし、朋希は何も間違った事は言っていない。
口調はキツいが、だからこそ、それが剥き出しの本心であることも疑わない。
そして、朋希が感情をぶつけたことで、エルは自分の考え方が根本的に誤りだったと気付かされた。
「………お前の言う通りだな。…我が…間違っておった。」
「分かったんなら良い。」
エルは、しっかりと自らの誤謬を認め、それを受けて朋希は、毅然として応えた。
「茉莉にも似たようなことを言われたのだ。我はそのことを、正しく理解出来ていなかったのだな。」
つい、そう口から漏らしてしまったエルは、己を自嘲している風にも見えた。
「何だよ、まーちゃんにも同じこと聞いたのか?今更だけど、やっぱお前って相当めんどくさい性格してるんじゃねぇの?」
「…かもしれぬな。」
茶化す様に言う朋希にも、真面目に返してしまうくらいだ。面倒な性格と言われても、認めざるを得ない。
「そもそも、朋希には面倒な部分ばかり見せておる気がするな…。」
エルが携帯電話を買って貰う条件───2人目の友人として、朋希を家に連れて行った時も、面倒な野郎だ、と言われてしまっていた事を思い出す。
「おう、そうだな。まぁオレはもっとめんどくさい奴と友達だったこともあるし、気にしねーけど。そう思うとまーちゃんは苦労してんだろうなぁ。」
「う、うむ…。」
特にフォローしようという気もない朋希であるが、エルも励ましを期待していた訳ではないので、ばつが悪そうにして受け止めるだけだ。
その直後、
「あ、そうそう。お前に聞きたかったことな、今思い出したわ。」
と、思い出したのか思い付いたのかは定かではないが、今度は自分が話を聞いて貰う番だ、とばかりに朋希は話題を転換する。
エルにとっては、いつまでも自分の非を責め立てられる(朋希にそんな気は無いにしても)状態よりは有難い。
或いは、意図的な朋希の気遣いだったのかもしれないが、次に放たれた朋希からの質問に、エルは少し戸惑う結果となる。
その内容はというと、
「まーちゃんとはいつから付き合ってんの?」
というものだった。
“まーちゃん”…つまり茉莉との付き合い始めを、エルに問うたのだ。
付き合う、とは一般的には恋人という括りに対して用いる言葉である。
ただ、ご近所付き合いや友達付き合いといった表現も存在し、付き合う、にはそれらの意味も含まれている。
一瞬疑問を感じたエルだが、日本語には同じ発音でも複数の意味を持つ単語がある以上、朋希の言っているのは友達付き合いなのだろう、と判断すると、
「入学式の日…であろうな。」
と、ぎこちなく答えを口にした。
初めて茉莉と会話を交わしたのは入学式の日で、茉莉を認めたのは、その翌日。
だから正確には、入学式の翌日と言うべきだったのだろうが、些細な違いだろう。
「何で興味持ったんだ?」
朋希は更に突っ込んで質問を続けた。
「興味を持ったのは茉莉の方からだ。」
「入学式の日ってことは、お前が魔王って言った後ってことか?」
「ま、まぁな…。」
遠慮のない朋希は、悪びれもせずエルの黒歴史を掘り返し、当然気にしている本人は微妙な反応を返す。
しかし、朋希は次の瞬間には一転、
「それで仲良くなれるってのも、すげーな。」
驚きとも感心とも取れる表情を見せた。
それに対してエルは、
「お前も似たようなものではないか。」
と、冷静に告げる。
「そうか?」
「我が魔王になる、と言ったのを知りながら、声を掛けたのであろう?」
朋希が噂を知った上で、エルを同好会に勧誘したのは、茉莉がエルと友達になろうとした事と、何ら変わりはない。
少なくともエルは、そう思っている。
「んーまぁ、オレはお前みたいな奴、嫌いじゃないからな。…そうか、他にもオレみたいに思う奴がいてもおかしくはないか。」
「そうだな。」
朋希が納得した風だったので、エルは適当に相槌を打つに留まった。
だが、続けて、
「でもなぁ…、まーちゃんがエルに興味持ったってのは意外なんだよなぁ。」
何やら煮え切らないといった反応を見せる朋希だった。
茉莉と朋希が知り合いらしいことは、以前二人が出会った際の反応で、エルも分かっている。
“意外”という言葉が出て来るのは、知り合ってから短くない時間が経っているからだろう。
エルは益々、彼らの関係が分からなくなる。
朋希が茉莉の女装趣味を知っているのかどうか、それが最大の疑問だ。
しかし、それを問う訳にはいかない。
仮に朋希が知っていたとしても、尋ねて良い理由にはならない。
だから余計に、もやもやするのだろう。
そんなエルの複雑そうな様子を、別の解釈として捉えた朋希は、
「前にも言ったと思うけどな、別にまーちゃんのこと取ったりしねーから、心配すんなって。」
と、安心させるように告げるが、
「う、…うむ?」
言われた覚えがないのと、何故このタイミングで言われたのか、二重の意味で疑問を持ったエルの返事は曖昧だった。
エルの反応が思わしくなかったので、朋希は何と続けて良いか暫し悩むが、
「………まぁ兎に角だ、オレが知りたいのは、エルとまーちゃんがどうやって仲良くなったのか、だ。」
と、正直に告白することにした。
それに対してエルは、正直に返してやることは出来ない。
というより、エルの方こそ、朋希と茉莉の関係を問いたいとさえ思うのだ。
以前から茉莉のアルバイト先に朋希を誘うつもりでいたが、茉莉の女装趣味を知っている確証が得られなければ、誘う訳にはいかないのだから。
ただ、どちらにせよ、朋希の話が一段落するまでは、我慢しようと思うのだった。
正直に答えられない質問を、どのように躱すかを、先ずは考えなくてはならない。
「どうやって…と、言われてもな…。茉莉が我に興味を持って、我に話し掛けた流れで…としか言えぬ。」
「何で興味持ったんだよ。」
「それを我に聞かれても、答えられはせぬぞ…。」
朋希からの問い掛けに、エルは、嘘は言わないように注意しながら、言葉を濁してやり過ごそうと決めた。
その様な対応を取ってしまえば、何かを隠しているだろうことは、一目瞭然なのだが。
それでも、エルが隠している事に関しては、朋希には心当たりがある為、敢えて追及はしなかった。
心当たりというのは、茉莉の趣味に関することである。
趣味を公にはしたくない、という茉莉の思いを、朋希は知っている。
だから、朋希としても、それを話題に挙げる気はない。
誰が聞いているとも分からない場所で、話すべきではない…と配慮した故だ。
はぐらかそうとするエルにとっても、都合が良いのは承知の上だが、朋希はそれでも、茉莉に迷惑を掛けるような事態が万が一にでも起こらないように…と、触れてはいけない話題を避けつつ、アプローチを進める他ない。
それならば、
「じゃあ、まーちゃんは何て言ってお前に話し掛けたんだよ?」
と、当たり障りの無さそうな所から、段階を踏んで質問攻めにしようとして、
「…忘れた。」
「何だそりゃ…。」
エルの無慈悲な一言により、即座に躓いた。
勿論エルは、言葉通り忘れた訳ではなく、「忘れた」と言った方が面倒がないから、そう言ったのだ。
朋希の方は、それをそのまま鵜呑みにこそしないが、エルが答えを拒否しているのが明白な以上、このまま質問を続けても、埒が明かないと判断するに至った。
エルと茉莉の関係は、他人には説明出来ない部分が多い。
互いに秘密を持ち、それらを共有した上で、彼らの関係は成り立っているのだから。
余計なことを口走ってしまわないよう、慎重になるのは当然だ。
加えて、エルには危惧すべき事柄があった。
茉莉との出会いに、“魔王くん”という単語は外せない。
以前、エルが茉莉から“魔王くん”と呼ばれた現場を見て笑い転げた朋希に、自ら進んで“魔王くん”という愛称を口に出したくない…というのも一つの理由だ。
だが、勿論そんな幼稚な理由だけではない。
初対面で「魔王くんって呼んでも良い?」と問われた、最悪のファーストコンタクトであるにも関わらず、現在では仲の良い友人レベルまで関係を昇華させているのだから、仲良くなるまでの経緯は、余計に気になるだろう。
質問全てに逐一答えを返していては、説明に困る場面は必ず訪れる。
求められるまま、包み隠さず答えを与え続けることは出来ない。
質問には虚実を混ぜて語らなければならない。
友達に嘘を吐きたくないという思い、更には、もし嘘の部分を悟られ、茉莉に追及されてしまっては、面倒事が増えるという懸念も在る。
ならば、これ以上踏み込まれまいと、話をはぐらかす方向へ持って行こうとしたのだ。
だが、これでは先程のエルの話に対して、真面目に取り合おうとしなかった朋希への意趣返しの様である。
エルにはそんなつもりは無いし、朋希にそう思われてしまうのも、悪い結果しか生まないだろう…と考え、最低限会話の意思だけは示そうと、今度は逆に自分から質問を返す。
「そもそも何故、我にそんなことを聞く?茉莉に直接聞けば良いではないか?」
などと言ってしまっては、茉莉に丸投げのようであるが、それ以外は咄嗟に思い浮かばなかった。
そして、この質問というのは、標的を逸らす為でなく、エルの純粋な疑問でもあるのだから、口を衝いて出てしまったとしても、仕方がないだろう。
ただ、本人は何気ない問い掛けのつもりだった。
しかし朋希は、語気を強めて、
「まーちゃんに聞けねーから、エルに聞いてんだよ!」
と、食い気味に掛かって来た。
朋希の反応が予想外すぎて、一瞬どう判断して良いか迷ったエルだが、直ぐに思い当たり、
「…ああ、そうか。茉莉は連休中、忙しいのであったな。」
だから自分に聞いたのか…と、納得しかけたが、
「いや、そういうことじゃなくて…!」
またしても、朋希は間を置かずに否定する。
「ん?」
他に適当な理由が浮かばなかった為に、エルは当惑していた。
その反応から、恐らくエルは勘違いをしているのだ…と朋希は理解すると、逡巡しながらも、正直に打ち明けることを決めた。
「まーちゃんとはさ…その…友達じゃないんだよ。…友達になりたいんだ。」
そう言い出した朋希の声は、先程と打って変わって、弱々しい。
嘘を吐いている訳ではなさそうだ、とはエルにも伝わった。
そもそも、嘘を吐く理由が無いだろう、とも。
「まーちゃんさ…オレに対しては、他人行儀なんだよ…。オレはまーちゃんと友達になりたいんだ。でも、まーちゃんはオレのこと友達だと思ってくれてない。」
と、言い辛そうに、朋希は続ける。
「だから、どうすれば茉莉から興味を持たれるのか知りたかった…ということか?」
「まぁ、…そういうことだけど。」
今度こそ、エルは朋希の言い分を理解出来た。
それならば、朋希が茉莉を“まーちゃん”と呼ぶ理由も、他人行儀だと言う理由も、察しが付くのである。
朋希は、茉莉のアルバイト先で、客として茉莉と知り合い、そして、朋希が茉莉の女装を看破してしまった為に、仲良くなるきっかけを失ってしまったのだろう、と。
茉莉からすると、朋希は周囲に自分の秘密をバラしてしまうかもしれない相手に当たる。警戒せずにはいられないだろう。
だが、朋希にそのつもりがなく、むしろ友達になりたいと思うのなら、
「友達になりたいと言えば良いだけであろう?」
エルからは、こう助言する以外ないのだ。
「うーん…。」
しかし、それにも朋希は渋い顔をする。
「茉莉は、友達になりたいと言われて、無下に断るような事はせぬだろう。」
「いや、そりゃ断られはしないんじゃないかとは思うけど…。でも、お前には分かんねーんだよ!まーちゃんって結構ガード固いんだよ!」
エルの後押しにも、朋希は、半ば愚痴の様にも、言い訳の様にも聞こえる台詞を吐く。
朋希自身も、エルに言われるまでもなく、そんなことは百も承知なのだ。
「なんつーかさ、表面上は友達として付き合ってくれるかもしれないけど、実際は距離を置いて物を見てる節があるんだ。お前に対してだけは、そういう距離を感じないから、正直羨ましい。」
自分ではエルのように仲の良い相手としては扱われないだろう…という、諦めにも似た言い方だった。
本音は、羨ましい、だけなのだ。
エルという存在さえ居なければ、茉莉は他の誰に対しても同じ態度を取り、朋希もそんな茉莉の態度が普通に思えたのかもしれない。
しかし、本当に仲の良い相手には、こういう顔を見せるのだ、と知ってしまったが為に、自分に対する対応が、ひどく冷たいものに感じてしまったのだろう。
誰が悪い訳でもない。
誰も悪くないからこそ、憤りをぶつける先がなく、こうしてエルに向いてしまっただけだ。
それを咎めるなど、出来ようはずもない。
むしろ、エルが何も言わずとも、
「いくらお前に言っても仕方ないってことは、オレも分かってんだよ…。悪かったな。」
朋希自身、八つ当たりでしかないのは、ちゃんと理解しているのだ。
「…気にするな。」
だからエルも、文句の一つも漏らさず、自然と許すことが出来た。
「いや…ほんと悪い、変なこと言って。」
尚も続けて謝罪を口にする朋希には、
「変なことを言ったのはお互い様だ。」
「…ま、それもそうだったな。」
と、気まずい雰囲気にならない程度に、落ち着くことも出来た。
次に口を開いた朋希は、
「まぁ…ありがとな。吐き出せて、ちょっとはスッキリしたぜ。」
もう先刻の質問を続けはしなかった。
後日、場を改めて問われる可能性も勿論あるが、今日はこれ以上、訊く気はないということだろう。
朋希の真摯さを目の当たりにしたエルは、茉莉には今度それとなく聞いてみるとしよう…と、心の中で発した。
口に出さないのは、恩着せがましいのが嫌なのである。
「っと、結構話しちまってたみたいだな。そろそろ戻らねーと、また1時間待つことになっちまう。」
「そうか。では引き返すとしよう。」
と、反転した2人だったが、気付けば途中から立ち止まって話し込んでいた為、殆ど景色が変わっておらず、折角だからもうちょっと探索しようということになる。
その際に久十里周辺では見かけたことのない駄菓子屋を発見し、テンションの上がった朋希がエルに商品の説明をしながら物色している内に、刻々と時間が過ぎ、結局もう1時間待つ羽目になってから、扇原を発ったのだった。




