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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第6話「ゴールデンウィークの魔王くん-前編-」
42/63

6話目・その1

 世間一般に、ゴールデンウィークと呼称される連休。

 学生や一部の職種を除いた社会人は大抵、窮屈な日常から一時でも解放される為、この連日休暇を満喫する。

 学校帰り、または仕事帰りでは立ち寄ることの出来ない地域まで、足を延ばす者も少なくない。

 公私含めて交通手段が多様な現代では、国内のあらゆる地域、果ては海外にまでも、行って帰ってくるには充分過ぎる程の時間があるのだ。

 普段行かない場所に赴くのは、大半が観光や遊びが主目的だろうが、本日、久十里くじゅうり駅から深里みさと市営バスに乗り込む“彼ら”の目的はそれではない。

 目指す先は深里市内の外れ。

 特に観光目的で足を運ぶような場所ではない。

 その証拠に、駅から目的地に近付くに連れ、バス内の人数は減少する一方だった。

 人が少なくなった後、到着までの約10分間、彼らは声を潜めて、一方は熱心に語り、一方は殆どを聞きに徹していた。

「…つまり、お前は何か違和感を感じたり気付いたことがあれば、その都度、オレに報告してくれれば良い。」

「…ふむ。大体分かった。」

 語り手は藤原ふじわら 朋希ともき。聞き手はエル・ヘッシェルヴェン・ロアキーヌ・ド・サタン。

 彼らは私立久十里学園の学生であり、超常現象解明同好会という名の、新設されたばかりの同好会に属する者達だ。

 4月末日に、学園から正式に同好会の承認を得て、記念すべき第一回目の活動として、朋希はゴールデンウィーク1日目である今日を出発点に選んだのだ。

 2人の乗ったバスが、目的地───扇原おうぎはらと書かれたバス停に着いた頃には、彼らを除いた乗客の数は3人になっていた。

 降車の際に料金を支払い、2人は美里市の境へと降り立つ。

「寂れてんなぁ。」

 と、朋希が漏らしてしまうのも、仕方がないだろう。

 贔屓ひいき目に見ても、栄えているとは到底言えない、築数十年といった老朽化が進んだ建物ばかりが並ぶ風景。

 比較的新しい家屋も点在するが、表通りにあるような高層の建造物などは一切見られない。

 徒歩圏内に駅などは無く、公共交通手段が市バスに限られた、暮らしにくい土地。

 更に、どことなく空気も淀んでいる。

 誰もが第一に、そんな印象を受ける。

 同じ深里市…というよりは、同じ世界とは思えない。

 バスに乗っている間に、全く気付かない内に、別の世界へ飛ばされてしまったのではないか…?

 魔法という超能力的な力によって、魔界から人間界にやって来た魔人エルにとっては、有り得ないこととは言い切れず、そんな錯覚さえ抱いてしまう程だ。

 だが、疎らに歩く人間達が、人間達の話す日本語が、この場所が紛れもなく日本である、と主張していた。

 エルは人間界を熟知している訳ではない。

 一時期、分かり切った様に思っていた時期もあったが、この景色を見、改めて、まだまだ知らないことが多すぎる世界なのだと思い知らされる。

 表通りと裏通りを比べても、貧富の差というものをハッキリと感じた。

 が、ここはそれを遥かに逸脱している。

 道路は辛うじて整備されているものの、走る車の数は少ない。

 人の喧騒や、生活音が、余りに小さい。

 15分、そんな風に周囲を観察しながら、ゆったりと歩くと、

「着いたぞ。ここっぽい。」

 携帯電話スマフォで地図を参照しながら進んでいた朋希が立ち止まり、そう告げたのは、荒廃した一軒の家屋の前だった。

「ここが…か?」

 エルは言いながら、眼前の建物を、まじまじと見上げる。

 普通の一軒家とは言い難いその家屋は、広い壁に囲まれ、正面には2m以上も高さのある仰々しさを感じさせる門戸を有し、かつて裕福な家族が暮らしていたであろうことを、容易に想像させる。

 昔は綺麗な庭園だったであろう庭先は、手入れなどされておらず、雑草が我が物顔でふんぞり返る。

 所々錆びの付いた鉄門に、「売物件」と大きく書かれた看板が貼り付けられた、朽ちた洋館。

 家というより、屋敷と呼ぶ方が相応しいだろう。

 といった風に、頭の中で冷静に分析をするエルに、

「な、それっぽいだろ?」

 不意に朋希が、得意気に同意を求める。

「ま、まぁ…うむ。」

 朋希の言う“それっぽい”の意味が分からないエルは、取り敢えず朋希に合わせて頷いておく。

 何せ、説明を受けたとはいえ、超常現象解明同好会の活動内容を、正確に理解出来てはいないのだから。

 尤も、この場合の“それっぽい”とは、他の心霊スポットと対比しての発言であるが、当然エルは心霊スポットの類など知らない。

 それっぽさが微塵も伝わらないという点では、意味を取り違えていようと、あまり大差は無いのだが。

 エルの曖昧な返しを、怖がっているのだと勘違いした朋希は、

「ビビってんのか?何もありゃしないから安心しろよ。」

 と、陽気に笑い掛けてみせる。

「否、そんなことは…。まぁ、どう受け取ろうとお前の自由だが。」

 勘違いされるのは、エルとしては癪だが、ここで問答していても仕方がないだろう…と思い直し、半ば諦めに近い態度を取る。

「まぁまぁ、別に誰にも言わねーって。んじゃ、早速入ろうぜ。」

「入る?どのようにして、だ?」

 誤解したまま笑う朋希に、エルは内心不機嫌になりつつも、あくまで平静を装い、問い掛ける。

 見たところ、門は固く閉ざされていて、人が通り抜けられる程の隙間は無い。

 だがエルの中では既に、朋希から返って来るであろう答えは予想出来ていた。

 …というより、朋希の性格であれば、元より選択肢は一つしか浮かばない。

「そんなの、乗り越えりゃ良いだろ。」

 さも当然のように、エルの予想通りの答えを返す朋希に、

「我にそのような芸当が可能だと思うのか?」

 間髪入れず、呆れ顔を見せるエル。

 しかし、その突っ込みには、朋希もちゃんと対応を考えていたようで、

「あー、別にエルはやらなくて良いぜ。オレが中から開けてやるから。鞄だけ頼むわ。」

 言うが早いか、持っていた手提げ鞄をエルに押し付け、自らは少し後ろに下がって門から距離を取る。

 エルは朋希の突拍子もない考えを即実行する姿勢に軽い溜め息を吐くが、本人がやる気なら仕方がないか…と諦め、進路妨害をしないように、サッと横に捌ける。

 大きく息を吐いて呼吸を整えると、朋希は軽い走り出しから徐々に加速して、体当たりするかの如き勢いで向かい、直前で強く踏み込み、門目掛けて跳んだ。

 そのまま跳び越える…とは流石にいかない。

 朋希はジャンプの最高到達点で錆びた鉄柵を掴み、グッと力を入れて懸垂の要領で身体を持ち上げる。

 売物件の看板を、損傷しない程度に足場に利用して門の頂上を掴み、身体を引き上げた勢いで片足を門に跨いで、もう片方の足も向こう側へ回すと、敷地の中へと飛び降りた。

 エルは門に近寄り、

「…凄いな、朋希は。」

 と、有言実行を成し遂げた朋希への、驚嘆の声を上げる。

 今までの人生の殆どを、魔法により不自由なく過ごし、運動など一切して来なかったエルには、到底真似出来ない。

 魔法を使えば至極簡単だが、己の身一つでこれだけの事をやってのける朋希を、エルは素直に称賛する。

「いやぁ、それほどでも…あるな。」

 運動神経の良さに自信があるからこそ、朋希はそう言えるのだろう。

 だが、次の瞬間には、

「あっ…!」

 朋希は間の抜けた声を上げていた。

「ん?」

 エルはどうしたのかと疑問に思ったが、次の朋希の発言で、朋希が実は無駄な行動を取っていたのだと理解する。

「この門、鍵なんて掛かってねぇじゃねーか!騙された!」

 言いながら朋希は門を蹴り付けていた。

 完全に八つ当たりである。

 考えてみれば、鍵という物は、中に人が居てこそ、掛けられも開けられもする。

 南京錠のような、外から施錠するタイプの物ならいざ知らず、そうでないのなら、無人の屋敷の門に、鍵など掛かっているはずもない。

 放置された家屋であれば尚の事、鍵が掛かっていなかったとしても、特に疑問を感じず、むしろ当たり前とも思える。

 朋希が門を力任せに横に引っ張ると、固く閉ざされていたように思われた鉄の門は、錆びた金属の擦れ合う甲高い音を立てながら、ゆっくりと開いて行った。

 エルはどの様にフォローして良いか分からず、苦笑を浮かべるしかない。

「…まぁ仕方ねーか。気を取り直して探索始めようぜ。」

 溜め息混じりに、パンパン、と手に付いた錆鉄を叩き落とし、朋希は気持ちを切り替えて、エルを未知の屋敷の中へと招き入れるのだった。




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