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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第1話「内緒の魔王くん」
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1話目・その4

 エルは自分の部屋のベッドに身体を預け、焦点の定まらない目で天井を見つめていた。

 夏川 茉莉がエルに核心めいた質問を投げかけたのは、さかのぼること10分前にも満たない。

 今までにないくらいに、エルは動揺していた。

 あの質問をされた後、あくまで冷静に見えるよう振る舞い、茉莉に否定的な答えを告げたはずだが、心中穏やかでなかった為、何を口にしたのかは全く覚えていなかった。

 エルが否定を発して直ぐ、茉莉は自分の家への帰り道を通り過ぎていることに気付き、慌てて引き返して行ったので、二人はそこで別れたのだった。

 茉莉がいなくなったことで、エルは安堵していた。

 彼があの質問をするに至った原因、及び今後の茉莉への対策を、考える余裕が出来たからだ。

 だからこうして、帰宅するとすぐに自室に引っ込み、ベッドの上で思考を巡らせる。

 しかし、悪い方向にばかり、考えが及んでしまう。

 考えれば考える程、次々にそれらが連鎖的に浮かぶのだった。

 茉莉は自分が魔法を使ったところを見ていたのではないか。

 それを確認する為に、あのような問いかけをしたのではないか。

 茉莉が魔法を使うところを見ていたとして、それを他の人間に話さないとも限らない。

 そもそも見られていた場合、問答無用で人間界から去らなければならない。

 最悪な思考の渦に、沈んでいた。

 その渦中からエルを引き戻したのは、彼の部屋の扉を叩くノック音だった。

「何やらエル様のご様子が普段と違っておりましたので、差し出がましいとは思いましたが、ご様子を伺いに参りました。」

 グラゼル・アルエイン…魔王の息子エルが幼少の頃から、エルの身の回りの世話をしてきた執事は、当然のように彼の変化を見抜いていた。

「入って良いぞ。」

 悪循環にはまってしまった頭を切り替えるべく、エルはグラゼルの立ち入りを許可する。

「失礼致します。」

 グラゼルはドアを開き、エルが横になるベッドの前まで歩み、そこで立ち止まる。

「何を悩んでおられるのですかな、エル様?」

 ゆっくりと、まるで子供をあやす時のように、柔らかいトーンでグラゼルはエルに話しかけた。

 どう切り出そうか、と悩んでいたが、隠しても何れはグラゼルにも分かってしまうだろう。

 同じ魔人であるグラゼルの意見を聞いてみたいという考えもあって、エルは結局、包み隠さず話すことにした。

「昨夜…人間に魔法を使うところを見られていたかもしれぬ。未だ、そうと決まった訳ではないが…魔法が使えるのか?と我に問うた人間がいる。我が人間でないと知られてしまえば、我は人間界にはいられなくなるのであろう?だから、悩んでおるのだ…。」

 エルが話しを終えるまで、グラゼルは口を挟もうとはしなかった。

「我は自分の意思で、こうして人間界までやって来て…両親にも心配をかけておるのも解っておる。だが…否、だからこそだ。我はこのまま何も得ぬまま魔界へ帰りたくはない。」

 悔悟の念を抱きながら、苦しみに満ちた表情でエルは先を語る。

「このような問題が起こったのは、我の不注意が招いた結果であるのは理解しておる。グラゼルよ…お前が、直ぐにでも我に魔界に帰れと言うのならば、何も言わず従おう。」

 エルはそれ以上、自分から話しを続ける素振りを見せなかった。

 故に今度はグラゼルが口を開く。

「一度その人間を連れてきては頂けませんか?もしその人間が、本当にエル様が魔法を使うところを見ており、魔法の存在を知ったのであれば、その人間からエル様に関する記憶を抹消しなければなりません。」

 真面目な顔で、グラゼルは続けた。

「ですが、そのような場合は確かにエル様ご自身の不注意でもありますので、エル様にも魔界にお戻り頂くことに致しましょう。」

「ああ。それで良い。」

 エルは素直に、下された裁定を受け入れる。

「では、私はそろそろ食事の買出しに行って参ります。エル様はお食事までの間、お休みになられた方が良いと思いますぞ。」

 グラゼルはそう言うと、一礼してから部屋を出て行った。

 一人になったエルは、誰に言うでもなく、ポツリ、と呟いた。

「人間の世界で暮らすというのは、我らには難しいのかもしれぬな…。」

 そして目を閉じると、そのまま、まどろみの中へと落ちていった。




 昼食の時間に起こされ、食事を摂り、午後になった。

 短時間でも睡眠を挟んだことで、少し頭の中はスッキリしていた。

 いつまでも悩んでいても仕方ないと、昼食の後、エルは外出することにした。

 明日の夕刻には、魔界に帰らなければいけなくなっているかもしれない。

 そう思うと、帰る前に少しでも人間から何かを学んでおかなければ、という気力が湧いてきたのだった。

 カードキーの所持を確認すると、エルは玄関の扉を開け、マンションの廊下に出た。

 エルの暮らすマンションは25階から成っており、彼の部屋はというと、20階に位置している。

 いつものように階段を使って1階まで降りて行こうとするのだが、ちょうどエルの視界の隅で扉が開かれた。

 その扉には、部屋名の変わりに、20の数字が書かれた札が貼り付けられ、その下に三角形が正位置、逆位置になって上下に並んでいる物がくっついている。

 通常の部屋と異なる扉、異なる表札…初めて見た時から、エルはその扉の内部が気になっていた。

 だから彼は扉が開いた瞬間、反射的にそちらを見、部屋の中を覗き込んだ。

 そして、そこから出てきた、20歳そこそこの冴えない男性と、目が合った。

「君、乗るのか?」

 男性はエルに部屋の中を覗かれたというのに、意外と友好的に話しかけてきた。

 エルは問いかけられた内容や、その男の態度が理解出来なかった為、頭に疑問符を浮かべていたが、

「早くしないとドア閉まるぞ。」

 と急かされる形で、よく分からない内に、その部屋の中へと入った。

 中に入ると、勝手に入り口が閉まっていく。

 そこは閉鎖的な箱状の空間だった。

 この密閉空間で、あの人間は何をしていたのだ…と、エルの疑問は更に深まるのだ。

 冷静に部屋の中を見回し観察すると、唯一の出入り口である扉の横には番号の書かれた札が貼り付けられ、そしてその下には左右に向かい合った矢印と、左右に外を向いた矢印が一組ずつある。

 この番号は、どうやら1から25までの数字しかない。

 マンションが25階建てであること、部屋の入り口で出会った人間がエルに、「乗るのか?」と聞いたことから考えると、答えは自ずと導き出された。

 つまりこれは移動手段として用いるのだろう…と、そこまでは分かる。

 ではどうやって動かせば良いのだ、とエルが考えを次の段階に移そうとした時、何の前触れもなく、この四角い部屋自体が下降を始めた。

 下降を始めたことによる室内の変化といえば、15の番号の書かれた札が光っていたことだ。

 数字が光ったのを見てエルは、これに乗ることで対応する数字の階へと移動が可能なのだ…そう、はっきりと確信を持つに至った。

 魔法が使えない人間が驚くべき技術を持っていることに、エルは素直に感嘆していた。

 数秒の後、15階に到着したらしく、部屋の降下は止まる。

 扉が開くと、眼鏡を掛けた老婆が、室内へと入って来た。

 そして番号の並ぶ場所を見遣り、

「なんじゃ、まだ押しとらんかったのか?」

 と、老婆は独特なイントネーションで、エルに問いかけた。

「なぁ坊や、ボーっと突っ立ってたって、動きゃしないよ。ボタンはちゃんと押さんとね。1階で良いんだろ?」

 返事を聞く前に、老婆は1の番号に指で触れた。

 1の番号が光り、箱状の室内は、先程のようにゆっくり下へと落ちていく。

「あ、ああ。丁度1階へ行きたかったのだ。」

 遅まきながらエルは返事をする。

 タイミングを逃した形になったが、老婆も特に気にした様子はなかった。

 また数秒掛けてエレベーターは静止し、移動が止まると、1階へと到着していた。

「それじゃ坊や、気を付けて行くんだね。」

 エレベーターから降りる際に老婆はエルにそう言い放った。

 老婆の名前も顔も知らなかったが、そうしてかけられた言葉は、何故かエルの心を落ち着かせるのだった。

 人間とは、思ったより面白い生き物かもしれぬな…。

 心の中でそう呟くと、エルは目的地を持たないままに、自由にこの街を見て回ろうと思うのだった。

 部屋を出る時には感じていたはずの義務感は、いつの間にか消えていた。

 単に人間達の暮らしを見て回るのも悪くないのではないか…と、そう考えられた故だった。

 要因は心の変化によるものだったが、この時のエルは、未だそのことに気付いていなかった。

 人間の持つ知識だけに興味を示していた彼が、少しずつ人間自体に興味を持ち始めていた事に。

 エルは自身の心境の変化を認識しないまま、ただ思ったままに、足の向く方角に進むだけの、あてのない散策に出る。

 昨日、初めて街に出た時のような極端な緊張も疾うに無く、それは良い気分転換にもなった。

 画一的な建物が立ち並び活気のある表通り、そこから路地へ入り込み表通りを外れると、人の数は疎らになっていく。

 一人一人の人間に其々、別の暮らしがあるという事実を、今更ながら知覚させられていた。

 魔界でも、魔人にも個々人に、人間と同じように一人ずつ違った生活がある。

 だがそんなことすら、魔界に居た頃のエルは、考えたことがない。

 魔王の城から殆ど出る機会のなかった彼にとって、魔王城だけが世界の全てであったからだ。

 人間界へ来てまだ二日足らずではあるが、エルが学んだことは思った以上に多かった。

 魔界にだって同じように、自分の知らなかった世界が存在しているだろうことにも、この世界を見回る内に気付けたのだから。

 もし魔界へ帰ることになったとしても、魔界で改めて学校に通うのも悪くはないのかもしれない…と、今はそう思えている。

 それほどに、彼の気付かない内に生じた心境の変化は、著しいものだった。




 陽が傾き始め、エルは帰路に就いた。

 それと同じ頃、グラゼルは夕食の材料を買いに出掛けていた。

 グラゼルは人間界に少なからず知識を持っている。

 それは、過去に人間界で暮らしていた経緯があった為である。

 読み書き、言語…エルが人間の学校に通うのが決まってから約半年間、魔界でエルに勉強を教えたのも、多くはグラゼルだった。

「これも、血なのでしょうかねぇ…。」

 と、買い物カゴに豚肉のパックを入れながら、物思いに更ける様に一人呟く。

 そんなグラゼルに声をかける者がいた。

「おやまぁ、あんたグラゼルか。こっち戻って来とったとはね。」

 眼鏡をかけた老婆は、老執事の名を呼んだ。

「お久しぶりでございます。」

 グラゼルはその老婆の存在を認めると、うやうやしく頭を下げる。

 老婆はそれに一切動じることなく話を続けた。

「あんたがいるってことは、もしかしてあの子が来てるのかい?」

「はい。ですが、直に帰ることになるやもしれません。」

 苦笑しながら、グラゼルは答える。

「そうか、そりゃ残念だよ。一度顔見ておきかったんだがね。」

「連絡先をお教え頂ければ、お伺い致しますぞ。」

「すぐ帰るならえぇわ。こんな老い先短い婆に会ったとこで、あの子も何も楽しいこたねぇだろう。また何かの縁で会ったら、その時また話しでもしようやグラゼル。」

 グラゼルの返事を待たず、老婆は踵を返す。

「はい、その際は是非。お茶でも飲みながらゆっくりとお話を致しましょう。」

 ゆったりとした足取りで歩き去る老婆の背中に、グラゼルはそう応え、深く一礼をした。




 エルがマンションに着いたのは、グラゼルが買い物を終えて帰って来た15分程後のことだった。

 学校から帰った時と同じようにエルは自室へと籠るが、グラゼルはエルの雰囲気から、彼の心情が良い方に変化したことを感じ取った。

 夕食の準備が完了し部屋へ呼びに行った時も、エルはまるで昼頃とは別人のように落ち着き払っていた。

 何が彼をそこまで変えたのか、彼自身にも明確な答えはなかった。

 だから彼は語ることはなかったし、彼の従者たるグラゼルも、敢えて自分から聞くことはしなかった。

 エルは夕食を食べ終えると、

「少し出る。」

 と言って、マンションの部屋を出て行った。

 グラゼルは、こんな時間からどちらに…などと野暮なことは聞かなかった。

 そもそも執事であるグラゼルに、外出する主君を引き止める権利などはない。

「あまり遅くなり過ぎないよう、お戻り下さいませ。」

 と、エルを見送る役目を果たすだけだった。

 共用廊下へ出たエルは、今日覚えたばかりのエレベーターを利用して、大した労力もなく夜の街へ足を向けた。

 陽が沈み切った後の外気は冷たく、昨夜カードキーを忘れて屋上で過ごした時間を、エルに思い起こさせる。

 その時はまさか、自分が魔法を見られて、魔界へ帰ることになる可能性など、少しも考えていなかった。

 屋上から見下ろしていた時は気付かなかったが、夜になっても地表は光に溢れ、一定以上の明るさを保っていた。

 だが、それもやはり表通りだけの話だった。

 路地裏の街並みは多くの色を失い、濃い暗闇の中、民家や外灯による明かりだけが、頼りなさげにその場を照らしていた。

 光には影があるように、コインに裏表があるように、二つの世界は同一の場所に存在しているにも関わらず、全くの別物のように見えてしまう。

 影や裏といった存在を無くし、全てを光や表にすることは出来ないのか…と、エルはふと思う。

 その考えの行き着く先は、全ての者が完全に平等、ということにしかならない。

 完全なる平等は、何を頑張ろうが、何を努力しようが、生まれた時点で全ての人の運命が、等しく同一のものに決定されているということに他ならない。

 この表裏の関係があるからこそ、人は努力し、競い合う。

 魔界であってもそれは変わらないのだろう。

 世界の影を無くすには、根本的な部分から何かを作り変える必要があるのかもしれない。

 エルは魔人達の王に相応しい魔王に成りたいと願う。

 だからこそ、魔王に成った後、何を成したいかを思惟する。

 人間界で世界の表裏を目の当たりにしながら、未だ持たないその答えを捜すのだった。




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