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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第5話「会談の魔王くん」
34/63

5話目・その1

 深里みさと市と呼ばれる地域は、近代になって急成長を遂げた都市である。

 大都市化に伴い、いくつかの市が併合し、深里という市名へと改められた。

 表通りと呼ばれる、地価が今も尚高騰し、ビル群や高層マンションの多く立ち並ぶ、都市と呼ぶに相応しい賑やかな通りが目立つ一方で、裏通りと呼ばれる、地価の安い住宅街や商店街を主とした、発展を放棄された区域も存在する。

 そんな所謂いわゆる、街の影の部分である裏通りに、猫カフェ『STRAYストレイト’t』は、一年ほど前から、ひっそりと店を構える。

『STRAY’t』とは、英語のSTRAY CAT(ストレイ キャット=野良猫)を縮めた造語で、また、同じ語感であるSTRAIT(ストレイト=海峡)とも掛けられている。

 2つを統合した”野良猫海峡”というのが、つまりは『STRAY’t』である。

 世界各地に海峡と名付けられた場所は複数あるが、海峡とは簡潔に言えば、定期的に船が行き来している水域、と定義付けられている。

 猫を海峡に、客を船舶に見立てて、客が定期的に猫に会いに来られる場所…そんな意味が込められた店名だ。

 4月第5週の日曜日。時刻は朝11時半を回った。

 本日の『STRAY’t』には、常連客もいれば、今日が初めての来店になる客もいる。

 食事をする者、飲み物を飲んで寛ぐ者、猫と遊ぶ者。

 繁盛しているとは言い難い為、客の数はそれほど多くはないが、集う客達は、猫を眺める、あるいは愛でる目的で集まっているはずだ…本来なら。

 この日は、それに該当しない者達───異様な雰囲気を漂わせる四名が、角のボックス席に座っていた。

 一人は、常連客である、眼鏡をかけた老婆。

 一人は、2度目の来店である、執事服を着た初老の男。

 一人は、今日が初めての来店である、齢16の少年。

 そしてもう一人は、猫耳にウェイトレス姿という奇抜な格好をした、この店の従業員。

 傍目からでも、彼らは店内において異質だった。

 何故このような、おかしな空間が発生するに至ったのかというと、刻は2週間ほど前まで遡る───。




 約2週間前の月曜日。

 魔界の執事グラゼル・アルエインが夕食の買い出しに向かう道すがら、運命は再び彼を、眼鏡の老婆と引き合わせた。

 生活圏が同じなのだろうとはいえ、偶然か必然か、グラゼルが人間界へ降り立ってから、これで二度目の邂逅となる。

 グラゼルは老婆の姿を認めると、深々と頭を下げた。

「帰らずに済んだんか、グラゼル?」

 老婆は相変わらずの独特なイントネーションで問う。

 前回の別れ際、グラゼルが「すぐ帰ることになるかもしれない。」と漏らしていたことを覚えていたようだ。

 心配しているのか単純な疑問なのか、どちらとも言い難く、表情からは読み取れない。

「ええ、一先ずは…ですが。」

 答えるグラゼルの言葉は、弱々しい。

 今回彼が人間界に来たのは、魔王の息子であるエルの付き添いの為であり、自ら志願した訳ではない。

 過去に一度、数年間を過ごした時期があり、少なからず人間の社会に対する知識を持つ…という理由で抜擢されたのだ。

 長期に渡る不本意な異世界旅行という点に於いても、グラゼルにしてみれば、人間界に滞在し続けることを喜ぶべき感情は湧いて来ようはずもない。

 それどころか、正直、人間界に居続けることによる心配の種がある現状に、参ってしまっている。

 そんな老執事の心中をどこまで察したのかは分からないが、

「あぁ。お前さんも苦労しとるんだねぇ。」

 納得したように老婆は何度か頷く。

「はい…私なりに努力してはいるのですが、やはり…何とも難しいことでございますね…。」

 普段のグラゼルからは想像出来ない、更に弱々しい返答が口から零れる。

 見ていて痛々しいと感じる程だ。

「悩んどるんだったら話してみな?」

「悩みと言いますか、何と言いますか……あ、いえ…お心遣いは有り難いのですが…その…。」

 老婆の申し出を、グラゼルはやんわりと断った。

 断ったというよりは、躊躇した。

 今のグラゼルにとっては、相談相手が居るというのは大変に心強い。

 しかし、半ば愚痴ることになりそうなそれを、老婆に引き受けて貰うのは心苦しい…という葛藤があるのだ。

 老婆は眼鏡の奥から、彼の心の動きを見透かすような視線を流し、

「そんなシケた面したまま別れたんじゃ、寝覚めが悪くなりそうで敵わんよ。」

「…申し訳ございません。では、悩みを聞いて頂けると助かります。」

 グラゼルは老婆の誘導に素直に従った。

「まぁ、こんなとこで立ち話もなんだ、近くによく行く喫茶店があるで、そこで話すとしようや。」

 そう提案した老婆の先導で10分ほど歩き、彼らは裏通りの猫カフェ『STRAY’t』へと腰を落ち着けた。

「なんだか、独創的な格好の給仕でございますね…。」

 テーブル席…眼鏡の老婆の対面に座ったグラゼルは、物珍しそうに、キョロキョロと店内の様子を窺う。

 視線は、動きまわる猫耳ウェイトレス達を追っていた。

「あまりジロジロ見るもんじゃないよ、グラゼル。」

 挙動不審な老執事を訝しみ、老婆は窘めるように言う。

「あ、いえ…つい…!申し訳ございません…!」

 自分の無遠慮を指摘され、ハッとなると、グラゼルは座したままの姿勢で、急ぎ滑るように席の窓側へと身体をスライドさせた。

 その意図は、なるべく視界に入らないようにする為である。

 見なければ気にならないだろう、と思いながらも、

「失礼します。ご注文はお決まりでしょうか?」

 と、猫耳ウェイトレス達の一人が注文を取りにやって来ると、やはり異様な猫耳を凝視してしまうグラゼルだった。

 老婆が二人分のコーヒーを注文し終え、ウェイトレスが自分達の座る席から遠ざかって行くと、何故かホッと安堵を漏らす程だ。

 未知なる遭遇に対し、グラゼルの警戒心は解けないでいる。

 一見いちげんの来店客の中には、彼と同じように猫耳を奇異の目で見る者は多い為、ウェイトレス達もそういった反応には慣れている。

 大抵の客は、店を出る頃には、「この店では、そういう格好が普通なのだ」と思ってしまうもので、それはグラゼルに於いても例外ではなかったが、これ程過剰に意識する客も珍しかった。

 注文したコーヒーがグラゼル達の前に運ばれて来ると、ようやく本題に入る準備が整った。

「それ飲んで一旦落ち着きな。」

「は、はい。では失礼して…。」

 老婆に促されるまま、湯気の立つコーヒーに息を吹きかけ、グラゼルはコーヒーを少量コクリと喉に流し込む。

 深みのある薫りが鼻腔を突き抜け、ほろ苦く濃厚な味わいを舌で感じると、彼の過敏になっていた神経は、次第に落ち着きを取り戻していく。

 長い呼吸を数度した後には、すっかり普段の落ち着きある執事の顔に戻っていた。

 その変化を見届けると、老婆は早速、話を進めようと口を開く。

「ほんで、話しってのは?」

「えぇ…実は…。」

 問われたグラゼルは、エルと茉莉の関係や、人間界に来てからのこれまでについて、包み隠さず、老婆に語り始める。

 自分の主…魔王の息子であり、人間の学校に通う為に人間界にやって来たエルと、人間の少女が恋仲になっていること。

 どうにか二人を別れさせる為に、人間的な解決法を考え、実行したが、失敗に終わったこと。

 暫く滞在していたエルの妹リアが、初めは協力的だったが、いつの間にかエルの恋人を気に入ってしまい、1週間近く行動が起こせなかったこと。

 エルに人間の恋人が出来たことは、魔界に帰ったリアから、既に魔王の耳にも届いているだろうこと。

 今後も別れさせる努力をするべきなのか、グラゼル自身答えが出せないでいること。

「………といったことが、ありまして…。」

 語り終えたグラゼルは、意見を求め、まるで縋るように、目の前の老婆を見遣る。

 老婆は少しぬるくなったコーヒーを啜ると、難しい顔で、

「…一度その子らと話させな、グラゼルよ。」

 ポツリと告げる。

「…協力して、頂けるのですか?」

「まぁ…そうさね、今回あたしゃ部外者だけど、そういう気持ちが分かる人間の一人ではいるつもりだ。ただ、協力になるかは分からん。話して、その子らがどう思うか、判断は、アンタとその子らに任せるよ。それ以上の口出しはせんけどね。」

 悩んでいたグラゼルとしては、思ってもみない援軍を得た気分だ。

「じゃあ、日はお前さんの方で決めとくれ。」

「は、はい!ありがとうございます!宜しくお願い致します…!」

 グラゼルは、誠意を込め、対面に座る老婆に何度も頭を下げた。

 そうして、2週間後の日曜日…時刻は11時半頃、場所は此処、猫カフェ『STRAY’t』にて、グラゼルがエルとエルの恋人を連れ、老婆と落ち合う約束をした。




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