僕よりかっこいい事言うの止めてくれる?
三週間が経ち学校生活にも慣れてきた頃、メルから連絡が届いた。妊娠していたそうだ。
メルと婚約したあの日から精液提供の度に二回はヤッていたので、その内妊娠するだろうとは思っていたけどこんなに早いとは。
既に退職する事は決まっていて、寿退社となるそうだ。懲戒解雇でなくてよかった。
寿退社の場合、結婚(婚約)退職金というのが貰え、更にメルは自然妊娠なので、自然妊娠祝い金というのも貰えるらしい。
それが結構な額になるのだが、それは子供の為に取っておいてもらって、メルの生活に必要なお金は全て僕が出す事にした。
子供が男の子なら、医療費全額免除、教育機関の授業料全額免除等、いろんな制度があってあまりお金は掛からないのだが、その確率はかなり低い。
そもそも男の子が生まれにくいのに加え、姫士の子供は女の子、それも武姫になる確率が高いのだ。姫士が持つ精霊の欠片が影響しているという説が有力だが、詳しくは判明していない。
ともあれ、男の子だろうが、女の子だろうが、やりたい事をやらせてあげたいので、貯蓄は多いに越した事はない。精液提供の回数を増やそうかな。もっと子供は増えるだろうし。
そんなこんなで休日、メルの新居を買いに行く為に、メルと喫茶店で待ち合わせをしていたのだが、何故かシノアもついてきた。
「メルさん、久しぶりね」
「お久しぶりでございます、シノア様」
「様なんていらないわよ。家族になるのだから」
「いえ、武姫であり、正妻であるシノア様と私では立場が違いますので」
恭しく頭を下げるメルに、シノアは不満げに溜息を吐いた。
「立場って……まあいいわ。好きにしなさい。私も好きにするから。いいわよね、メル」
「仰せのままに」
取り敢えず、シノアがメルの事を悪く思っていないようで良かった。
「ごめんね、メル。なんか、勝手について来ちゃって」
「勝手に、って何よ!」
「申し訳ありません、アーク様。私がシノア様をお呼びしました」
「そうなの?」
ふん、とシノアはそっぽを向いてしまった。仕方ない、甘い物でも注文して機嫌を取っておこう。
「で、なんでシノアを呼んだの?」
「それは……シノア様に謝罪をする為です」
「謝罪? なんの?」
シノアもキョトンとしている。二人の接点は殆ど無い筈だけど、本当になんの謝罪だ?
「シノア様を差し置いて、私がアーク様の子を宿してしまった事について、謝罪を」
「え?」
「厚かましい願いとは存じておりますが、どうかこの子を産む許可を――」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! アンタ何言ってるのよ!」
シノアが勢いよく立ち上がる。それを勘違いしたのか、メルは諦めたような顔でツー、と一筋の涙を溢した。
「そう、ですよね。申し訳ございません」
「だから、謝るのをやめなさいよ!」
「へ?」
シノアはメルの隣に移動し、硬く握られた手を両手で包み込む。
「メルが謝る必要も、私に許可を取る必要もないわよ。子供よ。新しい命よ。おめでたい事じゃない。私より先なんて気にしなくていいのよ。どうせ、私はあと五年子供を作れないんだから」
女神と見紛うような慈愛に満ちた微笑みを浮かべたシノアは、メルの握られた両手をゆっくりとほぐし開き、胸元まで持ち上げる。
「シノア、様……」
「おめでとう、メル。メルとアークの子なら、美人に決まっているわね。名前はもう考えているのかしら? お金の事は心配いらないわよ。アークが稼いでくれるから。ああ、楽しみだわ。メルは大丈夫? 不安な事はない? 小娘が何言ってんだ、って思うかもしれないけれど、何かあったら相談してね。力になるわ。アークに不満があったら私がぶん殴ってやるから、遠慮なく言うのよ」
「シノア様……私は……」
先程とは違う涙がメルの頬を伝った。
「メル、私達は家族よ。何があろうと私は貴女の味方だから、それを忘れないで」
「ありがとう、ございます、シノア様。そのような、お言葉を頂けるとは……」
「ねえ、メル、お腹触ってもいい?」
「は、はい。どうぞ」
服越しにメルのお腹をさすり目を輝かせる。
「ここに命があるのね。凄いわ。本当に、凄いわ!」
急に語彙力を失ってしまったが、気持ちはわかる。本当に凄い事だ。
「メル、遅くなってごめん。妊娠おめでとう。それと、ありがとう。絶対にメルも、僕達の子供も幸せにするからね」
「アーク様、シノア様、私はもう、十分幸せでございます。これ以上など」
「何言ってるのよ。あまり私を舐めないでくれる? 私の家族は世界で一番幸せになるのよ。この程度で満足してもらっては困るわ!」
「ちょっと、シノア、僕よりかっこいい事言うの止めてくれる?」
ふふん、とドヤ顔を向けて来るシノアが少しムカついたので、注文したパンケーキは僕が食べる事にした。
「まあ、そういう訳だから、幸せになる覚悟をしておいてね。手始めに、家を買いに行こっか」
「わざわざ買って頂かなくても、アパートを借りれば良いので」
「遠慮しなくていいのよ、メル。めちゃくちゃ高い家を買わせてやりなさい!」
「シノアはちょっと黙ってようね」
そんなこんなで、僕達は不動産屋に向かった。パンケーキはシノアに取られた。
不動産屋に到着すると、予約していたわけではないのに明らかにVIP用の応接室に通された。
「大変お待たせ致しました。担当させて頂くメトリアと申します」
キッチリとスーツを着こなした女性、メトリアさんに名刺を渡され、おっかなびっくり受け取ると、ふふ、と微笑ましそうに笑われた。
「本日はどのような物件をお探しでしょうか?」
「武姫姫士専門学校の寮の近くの家を買いたいのですが」
「ああ、婚約者様のお家ですか。お客様は今年入学された姫士様ですか?」
「はい、そうです」
メトリアさんはパン、と手を合わせてニコリと笑う。
「それでしたら、三年賃貸契約をなさってはいかがですか? こちらは姫士様限定の契約になるのですが、通常の契約に比べ、月々最大で五万Cお安くなります。更に、敷金礼金はゼロ。退去費用は最大で三万C、それ以上頂く事はございません」
「へえ、そんなのがあるんですね。じゃあ、それでいいかな」
「待ちなさい、アーク。上手い話には絶対裏があるのよ」
キリッとした表情でシノアが僕の前に手を差し出して来た。楽しそうでなにより。
「仰る通りです! こちらの契約、三年賃貸契約と言いましたが、正確な契約期間は姫士様が学校を卒業されるまで、となっております。ですが、その、申し上げ難いのですが、姫士様が学校を退学になった場合、契約は解除され、違約金を支払っていただく事になります」
「なんだ、そんな事。それなら問題ないわね。退学なんてしないもの。アーク、これにしましょう」
いや、まあ、別にシノアが楽しいなら良いんだけどさ。一応、これはメルの家で、お金を出すのは僕だからね。
「一軒家が良いんですけど、寮の近くにありますか?」
「はい、ございますよ。他に条件はありますか?」
「メルは何かある?」
「その、お風呂が大きいと嬉しいです」
確かにメルは足が長いから、足を伸ばせるような大きめのお風呂がいいか。
「いいわね! あと、キッチンは全部電気式にしなさい。子供が生まれたら、火は危ないわ」
おお、たまには良い事を言う。よしよししてあげよう。
頭を撫でると、シノアは何もわかっていなさそうな顔で頭を摺り寄せてきた。
「一戸建てで大きめの風呂付き、オール電化の賃貸は三つありますね。内見されますか?」
「はい、お願いします」
そんなわけで、僕達は三つの物件を内見に行く事になった。
「うーん、場所は悪くないけど、狭いわね。どうせ、あと二、三人は婚約者が増えるだろうから、もう少し部屋が欲しいわね」
「部屋は多いけど、寮から遠いわね。流石にここまで毎日通うのは大変ね」
「寮から近くて、部屋も多い。良いじゃない! 何より、庭があるっていうのが良いわ! ここにしましょう!」
「一応言っておくけど、今探してるのはメルの家だからね? シノアが住むわけではないからね?」
「わかってるわよ! メルもここがいいでしょ?」
「はい、三つの中ではここが一番良かったのですが、その、お家賃はいくらなのでしょうか?」
そういえば、どこも家賃を聞いていなかったな。いくらでも、メルが良いと思うのならここに決めようと思うが。
「ここは、一か月八万Cですね」
「八万!? やっす!」
一戸建て4LDKって普通なら月二十万はするぞ。安すぎて怪しいくらいだ。
「ここは姫士様専用の賃貸住宅なので、国から補助金が出ているのです。家賃は月八万C、敷金礼金ゼロ、家具は備え付けで、お客様が退去される際に全て取り替えますので、壊しても弁償して頂く必要はありません。なんなら、不要な物は捨てて頂いても構いません」
なるほど、姫士は普通の男性以上の優遇を受けているから、これもその一つというわけか。
「リフォーム等、建物に手を加えたい時はご一報ください。私が立ち会わさせて頂きます」
「リフォームしてもいいんですか?」
「はい、ご自由にどうぞ。それを理由に退去費用を追加で頂くような事はないので、ご安心ください。ただ、稀にあるのですが、お子様が武姫で、能力が暴走して部屋が吹き飛んだ、となると、流石に修理費用を頂く事になります。細かい条件等は契約書をご覧ください」
シノアも小さい頃に家を燃やしかけたし、そういう事もあるか。家もそうだけど、メルの安全も確保しておかないていけないな。僕やシノアが常に傍にいられるわけではないから。まあ、それは子供が武姫かどうかわかってからでも良いか。
「僕はここが良いと思うけど、メルはどう?」
「はい、お家賃も安いですし、良いと思います」
お金の事は気にしなくていいんだけど、普通に気に入ったみたいだし良かった。
「じゃあ、ここに決めます」
「ありがとうございます! では、一旦お店の方に戻って、契約書にサインをお願いします」
こうして、メルの新たな家が決まった。




