紅焔の彼女 第一話
とある街の外れにある小高い丘。木々が繁り人気のないこの場所の空間に突如として火柱が立ち昇る。中から長い黒髪に耳が尖り瞳が炎の様に真っ赤な、年齢にして16歳くらいの少女が顕現した。
「よし。異送空間は問題無く開いた様だな」
少女が辺りを見回すと同時に異送空間と呼ばれた火柱は空間へと消えた。地面や周囲には不思議と焦げ跡などは残っていない。
「さて…問題は目的の物がどこにあるかなのだが…その前に力を使って靴の中が蒸れてしまったな…炎の力も考え物だ」
炎の熱で汗をかいたブーツを脱ぐと、中から白い素足と蒸れて朱色に染まった足裏が姿を現す。
「よし。しばらく風に晒して乾かすとしよう」
少女は茂みに身を隠す様に座り込み心地よく吹く風にその素足を当てる。
誰も居ないと思われたこの丘には実は先客が一人いた。学校帰りにいつもこの丘に来ては昼寝をしている高校二年生の鹿屋蒼太郎である。今日も今日とて昼寝をしようとゴロンと地面に横になる。
「ふう…やっぱり風を浴びながらの学校終わりの昼寝は最高だな」
上機嫌でいざ眠ろうとした時近くの茂みからガサゴソと音が聞こえ途端に不機嫌になる蒼太郎。
「あ⁉︎ 誰だ! 俺の安眠を妨害する奴は!」
蒼太郎は安眠妨害に対して抗議しようと音のした茂みの方へと向かう。そこにはブーツを脱ぎ素足を晒す先程の少女の後ろ姿があった。
蒼太郎は鼻の下をこれでもかと言う程伸ばしてその素足に見入っている。そう、何を隠そう蒼太郎は足フェチの変態である。
そんな蒼太郎の視線を感じると素早く立ち上がりその場を飛び退き、振り返る少女。
「しまった! 人が居たのか!」
少女は蒼太郎に燃えるような眼光を飛ばすが、彼はそんな事はお構いなしに少女の足を凝視し続けていた。
その事に気付いた少女の顔は火が出ているのかと思う程みるみる真っ赤になっていく。
「あ…足を見られた…裸足を見られた…! 足裏も…も…も…」
少女は言い淀んだかと思うと、掌を上に向けてその手の上に火球を作り出し真っ赤な目を光らせた。
「最早焼き尽くすのみ!」
「何でそうなる!」
手から火を出している異常事態にではなく、素足を見ただけにしては激しすぎる仕打ちにツッコミを入れる蒼太郎。
少女はまだ真っ赤な顔で蒼太郎に向かって叫ぶ。
「我が種族は夫以外の男に素足を晒してはならない掟なのだ!」
「はた迷惑な掟だな」
迷惑そうに呆れると少女の顔を見据え蒼太郎は拳を握り締め彼女に答える。
「ならば! 俺が夫になれば問題なかろう!」
堂々と言い放つ蒼太郎に少女の心にドーンと言う音が聞こえるくらいの衝撃が走った。
「な…なるほど…! 確かに一理ある…! で…では…宜しく頼む…」
「あー…いや…自分で言っといて何だが…お前はそれでいいのか…?」
手の炎も消え真っ赤な顔でしおらしくなり、そしてあっさりと受け入れようとする少女に蒼太郎は少し呆れ気味に言うのであった。
蒼太郎は昼寝を切り上げ帰路につくと、少女もその後ろをついて歩いてくる。蒼太郎は頭を掻きながら少女の方を見て尋ねる。
「お前もついてくんのかよ…」
「当然だ。夫(候補)となる者の住居は把握しておかないとな。その後に私は私の用事を済ませる事にする」
やれやれとため息を吐くと蒼太郎は立ち止まり親指で何の変哲もない一軒家を指した。
「ここが俺の家だ。まあ茶でも入れるからちょっと寄ってけ」
「そうか。ならばお邪魔しよう」
二人が揃って玄関から中へ入ると丁度スティックアイスを齧りながら台所から出てきたタンクトップに短パン素足と言う、いかにも部屋着な蒼太郎の妹、茶髪ショートカットの髪型のくれはと鉢合わせした。
「よーっす。今帰ったぞーい」
「何だアニキか」
どうでもよさそうに答えるくれはだったが横に立つ見慣れない少女に気付き、左足で右足を掻きながらダルそうに蒼太郎に尋ねる。
「誰その人? カノジョ?」
「ああ、こいつは向こうの丘でさっき会った…」
蒼太郎がそこまで言うと少女はそこに割って入るようにくれはに答えた。
「私はこいつの妻(候補)だ!」
「つ…⁉︎」
堂々と言い放った少女の言葉にアイスを落としそうになりながら目をまん丸にして驚くくれは。
「いやすまん…さっき言ったのは…」
蒼太郎が少女に向かい訂正しようとすると、彼女は俯き低い声で蒼太郎に「おい…」と呟くと、すぐに顔を上げて大声で叫び出す。
「妻(候補)と言うと物凄く恥ずかしいぞ⁉︎ 何とかしろ!」
「知るか! お前が勝手に言ったんだろうが!」
真っ赤な顔で叫ぶ少女とつっこむ蒼太郎を見ながらくれはは思う。
「夫婦漫才」
しばらく二人の夫婦漫才が続いた後お互い息切れを起こし、はあはあ言いながら黙り込む。
「と…とりあえず一旦入って落ち着こう…」
「そうだな…」
蒼太郎の提案に少女も冷静になったのかそれに従おうとするが、くれはの足を見て気付いてしまった。
「おい待て! ここは靴を脱いで入るのか⁉︎」
「当然だ。うちは土足厳禁だ」
蒼太郎の無情の宣告に少女は玄関にへたり込む。
「またしても素足を晒す事になるとは…何たる恥辱…!」
涙を浮かべながらブーツを脱ぐ少女の素足は先程にも増してさらに蒸れていた。
そんな少女を見てくれはが蒼太郎に言う。
「何と言うかあの人、アニキにお似合いだわ」
「そうか?」
蒼太郎は腰に手を当て疑問形で答え、少女を一瞥した後彼女を和室へと案内する。
お茶を用意してそれを飲んで一息つくとお互い自己紹介をする事となった。
「俺は鹿屋蒼太郎。こっちは妹のくれはだ」
「ヨロシク」
蒼太郎がくれはも紹介し、挨拶すると一口お茶を啜り、それに続いて少女が自己紹介をする。
「私はフラム。フラム・リュビ・フラムだ」
「ほう? 名前と名字が同じなのか?」
「佐倉さくらさん的な? てか真っ赤って感じの名前」
くれはは湯呑みのお茶をクルクル回しながら思った事を適当に言うと、フラムが頷いて名前の由来を話し始める。
「うむ。我が一族は炎の使い手でな。母が情熱の籠った炎を放つ者になる様にと名付けてくれたのだ」
誇らしげに胸を張ったフラムはそこまで言って慌てて口を押さえた。こちらの世界には魔法という物が存在しない。無用な混乱を避けるため、人前では魔法を使わずその話もしない様心掛けていたつもりであった。だが蒼太郎に魔法を見せ、それに対して何の疑問も抱かれなかったので心に油断が生じてしまった。
フラムは黙り込み様子を伺う様に蒼太郎とくれはに順番に視線をやる。魔法の事が知られたのではないかと鼓動を早くするフラムの後ろから、
「そして! あたしが二人のママ! マリちゃんで〜す!」
そんな元気な大声が聞こえフラムの心臓が口から飛び出しそうになるほど驚いた。
フラムが振り向いてみると、茶髪ロングヘアのTシャツにレギンス姿の素足の女性がそこに立っていた。
蒼太郎とくれははお茶を飲みながら冷たい声で母に苦言を呈する。
「母よ。いい年をして自分の事を名前で呼ぶのはいただけない」ずずっとお茶を啜る蒼太郎。
「え〜⁉︎ かわいいでしょ⁇」蒼太郎の後ろで困惑しながらアピールする母。
「因みに生まれてこのかた母の事をママと呼んだ事は無い」ずずっとお茶を啜り冷徹に冷酷な事実を突きつけるくれは。
「一回くらいママって呼んで⁉︎」くれはの後ろで涙を流しながらぴょこぴょこ跳ねる母。
親子のやり取りで魔法の事を誤魔化せた様で胸を撫で下ろすフラム。そんな彼女を見て目を爛々と輝かせ母が近寄っていく。
「でもでも! そーちゃんが彼女連れて来るなんて! ママうれし〜!」
「母御よ…少し落ち着かれては如何か」
大はしゃぎする母を嗜める様に言う初対面の彼女フラム。だがそんな言葉で止まる母ではなかった。
「さっき玄関でそーちゃんの妻って言ってたけど〜…実際どんな仲なのぉ?」
イタズラっぽい笑みを浮かべ少し意地悪そうに言う母に、フラムは頬を染めて返答する。
「い…いや…まだ出会ったばかりで…どうこう言う中では…」
「あらそうなの? じゃあちゅ〜もまだなのね?」
「と…ととと…当然接吻などまだ…!」
フラムはさらに真っ赤になり、両手をブンブンさせて否定する。
そんな二人の様子を見て蒼太郎は湯呑みをテーブルに置き母に静かに抗議する。
「そうだぞ母よ。俺でもそこは弁えている」
低い声で真剣に言う蒼太郎の言葉の迫力に母もフラムも沈黙する。
「女性の足をよく眺めてもいないのに関係を深めるなど失礼極まりない!」
変態この上ない発言に場の空気は凍りつく。
だがしかしフラムだけは違った様で体は今にも燃え出しそうなほど熱を帯びていた。
「確かに! 一理ある!」
「いや、ないから」
食い気味にツッコミを入れるくれはの言葉はフラムには届かない。
「私の足で良ければ存分に見てくれ…」
恥じらいながら蒸れた素足を蒼太郎の方へと差し出すフラム。
「では、遠慮なく」
蒼太郎がそう言うやいなや、
『見るな!』
母のゲンコツとくれはの繰り出した踵落としが蒼太郎の頭に直撃し、撃沈されたのだった。
そんなこんながありあっという間に夕暮れ時。フラムはお暇しようとするが泊まる所を決めていないと告げると母とくれはに引き留められ一晩お世話になる事となる。未だ気絶中の蒼太郎は厳重に部屋に封印されフラムの安全は確保された。
食事が終わりフラムとくれはは共にお風呂に入る事に。
「で、あんたどっから来たの?」
くれはが湯船に浸かりながら、体を洗っているフラムに尋ねる。
「リュヌシエールという…遠い場所から探し物のためにやって来た」
「聞いた事ない場所。探し物ってのは何?」
「願いの紅玉と言ってな…そうだな…占いに使う赤い石だ」
「へえ…ま…いいけどね」
湯船の中で手で水鉄砲の様にお湯を飛ばしながら興味無さそうに聞くくれは。フラムもあまり詮索してこないくれはに安堵し、体を洗い終わり浴室から出ようとした所で呼び止められる。
「あんた、浸からないの?」
「え? 風呂と言うのは体を洗い出るものではないのか?」
「ふーん。あんたの国ではそうなのか。いいね。そう言う異文化の話興味あるよ。聞かせてよ」
手招きして湯船に誘うくれはにフラムは戸惑い躊躇する。湯気の立つお湯の中に身を投じる恐怖と、話すうちにボロを出してしまうのでは無いかと言う自身に対する恐怖。
だが湯船に浸かると言う興味には勝てず、フラムはくれはの前にゆっくりと入ってみた。すると思ったほど熱くはなく、心地よいお湯の温度にフラムは身も心も溶けていくのを感じた。
フラムはリュヌシエールの当たり障りのない事を話し、くれはも聞き上手で、お風呂の違いの様にフラムの故郷とこちらの違いを聞くに留め、話が盛り上がり結局二時間の長風呂となった。
お風呂を上がった後くれはの部屋で中学時代の部活であるサッカーの話をし、フラムもリュヌシエール独自のスポーツ、チェスブレイカーを語り盛り上がる。
「二人一組合計四人で行う競技で、一人はチェスを打ち、もう一人は守備と攻撃に別れチェス盤を狙ったり守ったりする。チェスに勝てば二点、チェス盤を攻撃によりブレイクした場合ブレイクした方に一点が入る。まずは先攻チームに攻撃権があり、守備側がチェスでチェックをされたり、得点されたチームに攻撃権が移る。攻撃側は無闇にチェックせず、逆に守備側はチェックトラップを張ったりする。攻防も見応えがあるが、チェスの勝負も駆け引きがあり楽しいぞ。チェスの持ち時間は一手三十秒。五点先取した方が勝利となる」
攻撃と守備は魔法で行うのだがそこはうまく誤魔化しつつ話すフラム。
「運動苦手な人もスポーツ選手として注目されるしいいね」
「うむ。ぜひこちらでもやってもらいたいものだ」
その後も二人で他愛もない話をして布団を並べて眠るのだった。
そして同時に蒼太郎は自室で目を覚まし、自分の置かれた状況にため息をつく。
「…いくら何でもここまでせんでも…」
蒼太郎は布団に簀巻きにされその周りをロープで何重にも縛られて封印されていたのだった。(※蒼太郎は特殊な訓練を受けています。危険ですので真似しない様に)




