第89話 クエストをクリアしたなら、帰ればいいじゃない
『セイバー・アポカリプス』
レックスの放った必殺の剣。
刀身に宿る魔力が黄金の軌跡を描き、時の流れが止まったかのような一瞬の静寂の後————刃は見事にエンシェントドラゴンの巨躯へと深々と突き刺さった。
傷口から溢れ出す光は、まるで太陽が解放されたかのように激しく煌めき、薄暗いダンジョンの石壁という石壁を黄金色に染め上げていく。
『ギャアアアアアアアアアオオオオオオオオオオ————————』
古龍の絶叫が地底深くに木霊し、その音波だけで周囲の瓦礫が震え踊る。
だが、その咆哮すらも次第に光の洪水に呑み込まれ、かき消されていくようだった。
まばゆい黄金の輝きが闇という闇を一掃し、四方八方へと拡散していく。
レックスが剣を静かに引き抜くと、ダンジョンのラスボス————エンシェントドラゴンの巨体が淡い光の粒子へと分解され始めた。
その様は、まるで夢から覚めるように穏やかで、数千年の時を生きた古き存在が最後の安息を得たかのように、静寂と共にこの世界から姿を消していった。
「————終わった……のか……?」
息を吐くたびに、肺の奥底が灼熱の炎に焦がされるような激痛が走る。
戦闘中はほとんど息をすることも忘れ、全身の神経を研ぎ澄まし、力の全てをたった今の一瞬で振り絞った。
その壮絶な反動が、今になって怒涛のように押し寄せ、体の隅々まで鈍い痛みとなって響いていた。
けれど、その肉体的な苦痛すら、どこか別次元の出来事のように感じられる。
なんだか不思議な浮遊感に包まれていた。
僕達————
勝ったんだ————
とてつもなく、長く戦っていたような気がする。
心の奥底から湧き上がる達成感が、疲労困憊した胸の内を温かく満たしていく。
天から、光と共に何かが降ってくる。
それは虹色に輝く光の帯に包まれながら、ゆっくりと僕達の前に着地した。
グランドクエストクリアの報酬————『古代の羅針盤』
蒼銀の盤面に刻まれた複雑な魔紋、それが示す先は、大陸中央にあると言われている最後のグランドクエストだ。
勇者の旅の、本当の終わりがある場所。
それに向かう、最後のピースを手に入れたのだった。
その時————僕の隣でふわっと、気配が下に落ちていった。
「マリー!!」
急いで振り返ると、彼女は地面に倒れていた。
幸いにも外傷による出血の痕跡は見当たらない。
安らかな寝息を立てながら、まるで深い眠りに就いているかのような穏やかな表情を浮かべていた。
「限界だったんだな……」
皆がマリーの周りに集まる。
僕はそっと彼女の華奢な体を両腕で抱き上げる。
体調が悪い中、あれだけ戦い続ければ、無理もない。
むしろ、よくここまで耐え抜いた。
最後、倒れる直前に、彼女は何か言おうとしていた気がした。
唇がわずかに動いていた。
だが、あの古龍の咆哮が響き渡る轟音の渦中では、どんな言葉も聞き取れるはずがなかった。
なんだったんだろう。
聞き逃してはいけない言葉だったような、そんな気がしてならない。
「————開いたぞ!」
ラウムの力強い声が響き渡り、僕は顔を上げる。
広間の最奥部で、長らく閉ざされていた巨大な石扉が、ギィィ……という低く重厚な軋み音を立てながら、ゆっくりと開き始めていた。
出口だ。
これで、僕達は助かったんだ。
やはり、このドラゴンこそが、このグランドクエストのターゲットだったようだ。
今の戦いで、すべてが一区切りついたのだ。
あのアンデッドのドラゴンに惑わされなかったのも、マリーのおかげだろう。
「帰ろう、マリー」
優しくマリーに話しかける。
彼女を抱えたまま、僕は歩き出した。
皆も後に続いていく。
勇者達の凱旋だった。
だがその時————最後尾で、レックスだけが立ち止まった。
振り返りざまに、光の残滓がまだ淡く漂う戦場跡を、何か思案するような眼差しで見つめている。
「————杞憂だといいんだがな」
どこか煮え切らない、複雑な感情を湛えた表情を浮かべながら、彼女はそれだけを呟く。
僕達は扉の向こうへと進んでいった。
光はすでに消え、ただ静寂だけが、あとに残っていた。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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