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第87話 知らない記憶かと思ったら、別人格の記憶じゃない

 これはいつの記憶なのだろうか。

 突如、瞬間的に、脳裏に浮かんでくる。



「はああっ!!」


「ぐああっ!!!」



 鈍い衝撃音と共に、クロの身体が宙を舞った。

 星々が瞬く夜空の下、王宮の広場に無数の小石が散らばる音が響く。

 月光が石畳を青白く照らし出し、転がったクロの影を長く伸ばしていた。



「だあっ……はあ……はあ……!」



 荒い息遣いが夜の静寂を破り、クロは仰向けに倒れたまま胸を激しく上下させている。

 汗が額を伝い落ち、乱れた髪が石畳に張り付いていた。


 私はその姿を、腕を組んでただ見下ろしている。


 いや————そこにいるのは私ではなかった。



「どうして強さを求める?」



 私は低い声で問う。

 普段よりも鋭さがあり、威圧的な響きを帯びた声だった。



「勇者の仲間となったのだろう。だったらてめえは、もう望みは果たしたんじゃないのか?」



 自分自身から発せられる粗野で男性的な口調で、私は悟る。


 これは、私の別人格の記憶だ。

 私の中に眠る別の人格————ゴーキと呼ばれるその男の意識が支配していた時の光景。

 彼とクロが夜な夜な繰り返していた秘密の鍛錬の記憶が、今まさに私の脳裏に鮮明に蘇っている。



「————マリーのためです」



 石畳に手をついて、クロは震える腕で必死に身体を起こそうとしていた。

 血の滲んだ唇を噛み締めながら、彼は私————いや、ゴーキに真剣な眼差しを向けてきた。



「王女であり、別人格のあなたもいて————マリーは強い人なんじゃないかと勘違いしていた。でも、違ったんだ」



 マリーは、等身大の女の子なんだ————


 普通の会話をしている時が一番楽しそう。

 彼女の笑顔は周りを明るくしてくれる。

 人の気持ちに寄り添える素敵な人。


 権力とか、強い力とか、そんなものからは離れたところにいるべき人なんじゃないか。


 クロの感情の吐露は、夜風に乗って静かに続いた。

 月明かりが彼の頬を濡らす涙を銀色に光らせている。



「マリーを、守りたい……!」



 凶悪なモンスターからも、悪徳な権力者からも。

 彼女を守りたい。



 僕が前に立って、彼女を害する者から全てを跳ね除けたい。


 もうこれ以上————彼女を危険な目に合わせたくない。



 その声は絞り出すような切実さに満ちていた。



「————なんなら、あなたすらも追い出したいと思ってますよ」


「ふん……言うじゃないか」



 私は面白そうに笑い声を上げている。


 すると、私は両手を前に出し、格闘技のような構えを取った。

 その動作は流れるように美しく、筋肉が躍動し、夜風が服の裾を揺らす。



「だったら、俺を倒すことだな」



 挑発するような声音には、圧倒的な自信と余裕が滲んでいた。

 取るに足らない相手だと言わんばかりに。



「やってやりますよ……!」



 立ち上がったクロの瞳に、先ほどまでとは違う炎が宿った。

 傷だらけの身体を引きずりながらも、彼は再び戦いの構えを取る。


 再び————星空の下、石畳を蹴る足音が響き、クロがこちらに向かってきた。


読んでくださりありがとうございます。



主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。

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