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第24話 人格を変えたければ、演劇デートすればいいじゃない

 武器を持たせるだけでは、マリーの裏人格は現れなかった。

 あの人のトリガーになっているのは闘争心ではない。


 よくよく考えてみれば、素のマリーに闘争心というものはなく、暴力的になったのは人格が変わってからである。

 では、人格が変わる前のマリーは何をしていたかと言えば、相手の冒険者に襲われそうになっていた。


 もしかしたら、その時マリーが感じていた感情に、何か人格が入れ替わるきっかけがあったのかもしれない。



 というわけで————マリーの裏人格を引き出そう大作戦その2。



「————マリー、僕と一緒に、演劇を見に行きませんか……?」


「……え?」



 先日同様、マリーと共に剣の特訓をした後、僕はマリーに提案した。

 練習場の木製の床に座り込み、タオルで首元の汗を拭きながら、できるだけ自然を装って言葉を投げかける。


 突然の申し出に、マリーは目を丸くしていた。


 そんな反応をされると、なんだか恥ずかしいことを言ったような気がして、こちらも無性に顔が熱くなってくる。

 頬に広がる熱を感じながら、慌てて言葉を継ぎ足す。



「ほ、ほら……! これも特訓の一つです! 真のバディになるために、同じものを見て、価値観を共有するんです! 相手の考えを知っている方が動きやすいじゃないですか!」


「何でそんな声上擦ってるのよ」



 うう……

 自分の声が裏返っていることに気づき、さらに恥ずかしさが込み上げる。


 何でこんな言い訳みたいなことを……?

 本来の目的を隠すための方便のつもりが、まるで————


 慌てて弁明し、ざわついた心を何とか平常に戻す。



「演劇か……いいわよ————昨日は王宮で宝石のことを探しても全然見つからなかったし、街に出てそれなりのものを探した方が……」


「え? なんですって?」


「いや————うっさいわね! 行くったら行くの!」



 半ば怒りながらも、マリーは僕の申し出を受けてくれた。



 よし……これで作戦開始だ。

 作戦名は————演劇で感情を引き出そう大作戦。


 闘技大会の決勝のあの時、冒険者達に囲まれて、マリーは明らかに怯えていた。

 凶暴な大の大人に囲まれれば無理もないだろう。

 彼女の小さな肩が震え、瞳に恐怖の色が浮かんでいたあの瞬間を思い出す。


 僕が不甲斐ないばかりに……


 ————それはともかく、あの時マリーは「悲しい」とか「つらい」といったネガティブな感情になっていただろう。


 悲しいといったネガティブな感情————それがトリガーとなっている可能性が高い。

 なら、悲しいという感情をマリーに持たせれば、あの人が出てきてくれるかも。


 演劇を見に行って、マリーのことを注意深く観察してみよう。




 王城から見て西側、大通りを抜けた先にあるのが、この街で最も名高いロイヤル・シアター。

 夕闇に浮かび上がる石造りの建物は、三階建てで半円形のドーム屋根を持ち、入口には大理石の柱が並んでいた。

 柱の間には様々な演目を告げる色鮮やかなポスターが貼られ、風に揺れている。

 外観には歴代の名優たちの彫像が並び、幻想的な松明の灯りに照らされていた。


 このシアターでは日々、悲劇、喜劇、叙事詩劇など様々な演劇が上演されており、王国中から観客が集まるる。

 富裕層から庶民にまで愛される劇場だ。



「シアター、初めて来たけどいいところね〜〜。演劇は王宮の晩餐会とかでしか見たことないけど」



 マリーが目を輝かせながら、辺りを見渡している。

 柱の間から漏れる灯りが彼女の独特なツートンの髪を優しく照らし、子供のような無邪気な笑顔を浮かべていた。



「私、見るならコメディ————喜劇がいい! 先週、見た劇団の喜劇がね、腹抱えるほど笑っちゃって————」


「いえ、今日見るのは悲劇です」


「え? でもき————」


「悲劇です」


「ええええ〜〜!?」



 マリーがぶーぶーと口を膨らませているが、これに関しては譲れない。

 作戦のためには悲劇が必要なのだ。

 彼女の不満そうな表情を横目に、僕は入場券を握りしめる。


 二人は悲劇のチケットを2枚受け取り、重厚な木製ドアを開けて劇場内へと足を踏み入れた。

 内部はなかなかに広く、天井から吊るされた巨大なシャンデリアが柔らかな光を放ち、赤いベルベットの座席が扇状に並んでいる。



 僕達は中央よりやや後方の席に案内され、席に座ると、舞台が始まって程なくして会場が暗くなる。

 シャンデリアの光が徐々に弱まり、舞台だけが浮かび上がった。


 この暗闇。


 闘技場も薄暗いところだったし、状況としては悪くない。



 この状態でネガティブな感情が募れば————



 きっとあの人に会える。


 あの人に会って、僕はもっとレベルアップを————




 *




 すぴー……



「何しに来たんだこいつ……」



 まだ演劇が始まってもいないのに、隣で気持ちよく寝ているクロ。

 案外長い睫毛が規則正しく上下し、穏やかな寝息を立てている。


 あんたが来たいって言ったから来たんじゃない。

 何が同じものを見て価値観を共有するよ。


 私はむすっと頬を膨らます。


 それなりにイライラしている自分に少し驚いていた。

 そんなにクロと演劇を見るのを楽しみにしていたのだろうか————



「……しょうがないわね。私だけでもちゃんと見て、感想言えるようにしとこうかしら」



 すると、会場が暗くなっても間もなく、演者が登場し、劇が開始される。

 ベルベットのカーテンがゆっくりと両側に開き、舞台セットが姿を現した。


 かくいう私も、あんまり悲劇に興味ないのよね。


 アクションや笑いどころがあるわけじゃないし。

 絢爛豪華な衣装や派手な剣戟シーンもない。

 ただ静かに紡がれる物語と、人々の感情の機微だけ。


 御涙頂戴の流れってあまり得意じゃない。

 だから、喜劇を見たかったのだけれど。



 まあ、あと120分がまんして————





「うぇええええええん……!」



 シアターから出る頃には、私は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 目の周りが腫れ、頬は涙の跡でべたついている。


 鼻をすすりながら、とんでもなく大きい声で泣くので、周囲の目を引いている。



「ちょ、ちょっと……声抑えてください……!」


「だって〜〜死んだと思った恋人が〜〜生きてて〜〜」



 まさか、あんなに弱々しかった恋人があのタイミングでヒロインを守るために出てくるなんて。

 思わず息を呑むほどの展開だった。


 やはり、人が一生懸命生きる姿には心を揺さぶられる。

 それが演劇で、作り話であったとしても、心臓を掴まれるような感動があった。

 胸の奥がきゅっと締め付けられる感覚に、涙が止まらない。



「ぐすん……あっ! さっきの演者の人だ! 感想を伝えに行ってくるわね!!」


「え、ちょ————」



 困惑するクロを置いて、私は駆け出す。


 あんな演技、並大抵の努力じゃできないもの。

 涙と汗を流しながら、あれほどまでに命を削る演技をしてみせるなんて。


 それを見せられちゃったら、感謝を伝えずにはいられないじゃない。


 私は劇団員たちがいる方へと足早に向かった。




 *




「先程の演技、本当にすごかったです! 宮廷で見たものよりも遥かに心に残りました! もっと大舞台を目指してみても————」



 マリーが先程の演劇の主人公を演じた役者の手を取り、感激しながら感想を伝えている。

 その表情は輝くように生き生きとしており、まるで別人のような華やかさを放っていた。


 周りは突如として現れた一国の王女に、慄き、困惑していた。



 対して僕は————爆睡してしまった!


 気がつけば、終演の音に目を覚ました状態だった。

 首の凝りと、肩の痛みが僕を現実に引き戻す。


 昨晩遅くまで、新しい剣術の練習をしていたのが裏目に出た。


 人格が変わるところを観察しようと思ってたのに、これじゃ変わったのか変わってないのか分からないじゃないか。


 ————まあしかし、マリーめっちゃ泣いてたし。

 悲しいという感情を持ったこと自体は確かなようだ。


 それでも、人格が変わっていないということは、この作戦も空振りだったということだろう。



「そんな風に言ってもらえるなんて……私達も光栄です! これからも頑張ります」


「王女様! 見に来ていただいてありがとうございます!」



 演者達が涙を溜めながら、マリーにお礼を言っている。

 彼らの顔には驚きと喜びが入り混じり、まるで予期せぬ奇跡に出会ったかのような表情だ。


 マリーが演者に敬意を払い、演者達もマリーに敬意を払う。

 空気が輝いているように見えた。

 星屑のような光が周囲に漂っているような錯覚を覚える。



 マリーは日頃の口調や僕との接し方から、王女だけど、王女らしくないなと思っていた。

 時には無礼なほど率直で、時には驚くほど大胆な彼女だが————



 街の人に、慕われているんだな。



 その事実に、何故か胸が温かくなる。



「ねえクロ!」


「は、はい!」



 突然、マリーに呼びかけられる。



「この辺りに宝石店ってないかしら? ちょっと付き合ってよ!」



 マリーはそう言いながら、クロの手を引く。

 夕日に照らされた彼女の顔には、屈託のない笑顔が浮かんでいた。



 前言撤回。



 やっぱり、彼女は王女っぽくないや。


 だけど————そういうところが彼女の魅力なのかもしれない。



読んでくださりありがとうございます。



主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。

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