イヤード家の食卓
「ぎゃー!寝坊です!」
艶やかな黒髪をボサボサにしながら、テス・イヤードは叫んだ。
「メフィ!メーフィ!起きるのです!」
ぼふぼふと布団を叩くと、金糸の髪が覗いた。
太陽のような和毛が尖った耳にかかる。
儚い寝顔にテスは思わず見惚れそうになって、我に帰った。
「遅刻!遅刻!遅刻です!」
「うん……?」
「メフィのお寝坊さん!
お仕事遅れるですよ!」
テスはネグリジェのまま慌ただしく部屋の外に出ると、三男のニバリスが出勤準備をしてるところだった。
「あ、おはようございます。
母さん起きてこないので朝食作っておきました。」
緑と赤茶の混じった髪を櫛で撫でながら、彼は焦げかけの目玉焼きを差し出す。
ランチプレートには不恰好なハッシュドポテトもついていた。
「へ……ああ、ありがとうございます。
あっ、ウルツカとネイドは⁉︎」
「それなら支度させて、もう学校に行かせましたよ。」
テスは口を開けてニバリスを見る。
あら、まあ有能だわ!の顔だ。
「それじゃあ行ってきますね。
父さんにもよろしくお願いします。」
そう言うとニバリスは家を出て行った。
後ろからのんびりと起きてきたメフィ・イヤードに声をかけられる。
「おはよ、テス。」
「ニバリスがご飯用意してくれたんで食べちゃってください。お弁当は……あれ?みんなお弁当どうしたんだろ。」
メフィが一枚の紙を持って、ひらひらと振る。
そこには、お弁当は自分たちで買うとだけ書いてあった。
「ニバリスはメフィに似ましたねぇ。」
テスはほっこりとした顔で、目玉焼きをつまむ。
焼きは粗いが美味しかった。
「お前似だろうテス。」
「もう、あなたってば!ささ、遅れますよ。」
メフィはさっと朝食を済ませると、食器を片付けて身支度を整える。
ピシリと髪を整えると、ニバリスに続いてメフィも出勤していった。
「朝のチュウをし忘れたのです。」
テスは口を尖らせて残念そうに言う。
すると、玄関扉が開いてメフィが戻ってきた。
「行ってくる。」
軽くテスの頬にキスをするとメフィは出ていった。
テスはニヤけてしまう。
愛されているのだと実感して幸せだった。
「えへへ、お掃除頑張るのです。」
テスは洗濯機の前に立つと、籠の中の衣類を仕分けて放り込む。
洗剤を入れてピッとボタンを押せば完成だ。
その間に掃除機を掛けたり、晩ご飯の仕込みをしたりやることは沢山ある。
「ふぃー、目が回っちゃう。」
眼鏡をクイっとあげて、テスは次々にこなしていく。
気がつけば昼はあっという間だ。
自身のご飯は軽食で済ませて、ドラマでも見る。
「うーん、今日はなかなか不穏な展開なのです。」
あとは、ゆっくりおやつでも作りながら子どもたちの帰りを待とうとしていたとき。
電話がかかってきた。
ちりりりん、と可愛らしい音とは裏腹にテスは嫌な予感を覚える。
どうか学校からでは無いように、と祈りながら取った受話器。
その先は、聞き覚えのある声に繋がっていた。
「ヤードさん?
ウルツカさんとネイドさんの担任のゴーマです。」
学校からだったことに肩を落としながら、テスは話を聞く。
また双子のウルツカとネイドが問題を起こしたようだった。
すぐに学校に向かうと約束をして、受話器を置く。
適当なニットに着替えて、髪を軽く束ねたあと、自転車の鍵を持って外へと向かう。
ああ、そうそう!携帯もわすれずに。
テスはバタバタと準備をして何度目かわからない呼び出しに備えた。
学校に着くと、ブスくれた顔でウルツカとネイドが座らされている。
顔には幾つか絆創膏が貼られており、電話で言ってた殴り合いの喧嘩をしたというのは本当だったようだ。
また、菓子折りだな。これは。
そうテスが考えていると、こちらに気づいたウルツカとネイドが少し涙を滲ませて、ママと呼ぶのが見えた。
こんな状況で甘える胆力にテスはよろめきそうになる。
「今回は。」
教師の説明を聞くところによると、言い合いが原因のようだった。
しばらく説明を聞いていると、ドアがガラリと開き、相手児童の親が入ってきた。
「あなたがヤードさん⁉︎」
顔を真っ赤にして怒り心頭だ。
そりゃそうだろう、とテスは思う。
母親の後ろにいる児童の顔には大きなアザができている。
「はい……この度は。」
「これだから、移民は!」
テスが最後まで言う前に、母親に遮られた。
「親がマトモじゃなければ、子もマトモじゃないのね。」
教師が苦い顔をする。
落ち着かせようと、母親とテスの間に入るが無意味だ。
テスはただ頭を下げていた。
「なんとか言いなさいよ。」
母親のバッグがテスに当たる。
ウルツカとネイドが歯軋りする音が聞こえた。
「……この度はご迷惑をおかけしました。」
ニヤッと怪我をした児童が笑ったような気がした。
ウルツカとネイドが絶望の表情を浮かべる。
テスはあと何時間この説教が続くか気掛かりだった。
これだから母親というものは嫌いだ。
もしこの場で暴力が許されるなら、子どもと同じように母親の頬にも青いアザをつけてやるのにと思っていた。
なんやかんやで話し合いが終わり、双子が今にも泣きそうな顔でテスを見てくる。
叱られることを覚悟してる目というより、もっと深いところで傷ついた表情だ。
「……なんで謝ったの。」
ネイドがしゃくり上げながら、テスに尋ねる。
「怪我させたのは事実なんで。」
ウルツカが歯を食いしばりながら言った。
「あいつが先に母様を馬鹿にしてきたんです!
男なのはおかしいって。
僕らは……僕らは養子だから愛されてないって!」
「酷いですねぇ。」
「ねえ、本当に僕らは養子なの⁉︎」
ウルツカとネイドはニバリスと同じく、春の新緑に赤土色の髪が混じった不思議な見た目だ。
黄金の瞳が、くりくりと輝いている。
けれど今は、悲しみに濡れていた。
両親に似ても似つかないうえに、両親が男なお陰で、周りからは養子だと思われている。
「いや、普通に腹を痛めて産みましたよ。」
帰り道何度目かわからない質問を受ける。
その度に同じ返しをしているが、年々その返しが通用しなくなっていた。
「嘘つき!男だから赤ちゃん産めない!」
「写真見せたでしょ。」
「偽物写真だ!」
テスは疑り深い双子を抱えて困る。
「なんで長男もそうだし、みんな同じこと言うんですかね。顔そっくりなのに。」
テスは双子を見る。メフィにそっくりだと思っていた。
「チビちゃん、あなたたちは私の子どもです。
誰が何を言おうとね。」
くすりと微笑んでテスは双子の頭を撫でる。
その横顔があまりにも優しくて、ウルツカとネイドは黙った。




