第26話 教室で制裁
俺とユーリちゃんが魔術学院『ヘルボーガン』に入学して、すでに1ヵ月の時が過ぎようとしていた。
「えー、であるからして……」
2時限目、錬金術総論Ⅰ。の授業を受けていた俺は暇を持て余していた。
「(全部知ってる知識ばっかりじゃねぇか)」
この授業科目の担当教員はモモチさんだ。特級錬金術師の彼女がこういう基礎的な学問の教鞭をとってくれること自体、本来であればとてもありがたい話なのだが、俺にとっては既知の内容ばかり。暇でしょうがない。
周りの生徒たち、いわゆる俺の同級生たちはモモチさんが教える錬金術の基礎内容を一言一句逃さないよう、真剣にノートをとったり、聞きながら頷いたりしている。みんな真面目だな。こんなことくらい、入試の勉強するついでに全部覚えただろ?
まぁ中には、モモチさんの魅力的なバディに鼻の下を伸ばす、不届きな輩もちらほらいるようではあるが、それでも多くの生徒はちゃんと授業を受けている。
ちなみに、俺の願いもむなしく、モモチさんはこのクラスの担任でもあった。
「ちょっとビエル君!さっきからキョロキョロよそ見ばっかりしてるけど、ちゃんと授業聞いてるの?先生が今教えたここ!ちょっと説明してみなさい!」
モモチさんが自身で黒板に書いた、錬金術の基礎理論を刺し棒でビシッと差し示し、俺に説明するよう求めてきた。
「はぁ。えっとですね、錬金術における物質変換は、「等価交換」の原則に基づきます。これは、物質Aを物質Bに変える際、エネルギーと質量が常に保存されるというものです。具体例を挙げますと、鉛を金に変える場合、鉛の原子構造を分解し、金の構造に再構築するためのエネルギーが必要、みたいな感じですかね。そのためには膨大な魔力や触媒が求められます。錬金術師はこの理論を応用して、不要な鉱石を希少金属に変えたり、廃材を再利用可能な素材に変換したりして……」
「も、もういいわ!わかりました!でもビエル君。授業を聞く態度ってのは大事なんだから、ちゃんとしてもらわないと困るんだからねッ!」
「うい」
ったく。俺より態度悪いヤツらがいるのに、なんで俺だけ注意されるんだよ。面識があるから言いやすいのはわかるけど、一番後ろの席でモモチさんを舐めるように見てるアイツらのほうを当てろよ。
ちなみに席の最後列の真ん中でニヤニヤしまくってる憎たらしい顔をしたアイツは、入学前に俺とユーリちゃんに絡んできた理事長の息子ターナーの連れだ。まだなにも仕掛けれてはいないが、ずっと俺を監視していることはすでにわかっている。
「ビ、ビエル君すごい……」
「完璧に答えやがった……」
「さすが主席合格した男は違うな……」
「くそ。負けねぇぞ!」
入学してから1ヵ月少々。俺はクラスの同級生とはつかず離れずの距離を保ち続けている。正直あまり仲良くしようとは思っていない。何故なら、めんどくさいから。
俺は目立ちたくないから基本陰キャ路線で大人しくしてるつもりだが、それでもたまにこういうことがあると羨望やら競争心やらの眼差しを向けられる。
まったく。こういうのが嫌だから静かにしてるのに、モモチさんときたら……
まぁいっか。これで彼女がもう俺を当てる事もないだろう。
ってことで!
「(昔の魔術科応用理論Ⅲ。これでも読みながら時間潰すとしますかね)」
実はエリザさんが現役の時に使っていた魔術科3年時の教科書をコッソリ工房から持ち出してきていた俺。もう何回か読んだけど、まだ理解が浅いところもあるので密かに準備してきたんだ。
「(コレ、理論が結構古くてまぁまぁ理解しずらいんだよな。ただ時間はたっぷりあるし、モモチさんに見つからないようにじっくり読むとしますか……)」
教科書を立て板にして、死角を作ってっと。よし、これで手元は見えないだろ。仮に見られても教科書っぽい本だから言い訳もできる……
……ああ。後ろからなんか見られてるね。
最後列に座る態度の悪いターナーの取巻きに。名前は知らん。
俺の席は窓際の一番前で別に振り返った訳ではないが、俺にはわかる。ねっとりとした、憎悪と嫉妬が混じった視線。ほんのり魔力も帯びている。
そろそろ、仕掛けてくるかもな。
「えー、で、あるからしてぇ……」
モモチさんが憮然とした表情をしたまま再び授業を続けている。俺、なんか悪い事しちゃったのかなぁ。釈然としない部分はあるけれど、モモチさんはこのクラスの担任でもあるし。気まずいのはイヤだから、この授業が終わったら軽く謝っておくか。俺、オトナだし。
「(さ、読書しよ!)」
細かいことは気にしない。
授業は俺の知識で補完すべきところがある時だけ聞くことにして。
流れゆく時間は取り戻せない。一分一秒を有効活用し、少しでも知識に厚みを持たせるための時間を過ごそうか。
◇◇ ◆ ◇◇
「おいビエル。ちょっとツラ貸せよ」
案の定、授業が終わり、モモチさんが教室を去ってすぐだった。最後列で太々しい態度を取っていたターナーの取巻きが机の前に立ちはだかり、急に啖呵を切り始めた。
「……」
「おい!返事しろや、テメェ!」
返事をしない俺に業を煮やし、激しく机を叩き威圧するターナーの……いや、もうめんどくさいんで取り巻きAにしとく。取り巻きA君。うるさいんだけど。
「あまり激しくやるなよ。周りがみてるぞ」
「タ、ターナーさん!授業の合間にわざわざ来てくれたんですか?」
取り巻きA君の横に何故かターナーがやってきた。お前魔術科だろ?こんな中途半端な時間に魔術科の棟から錬金術科の棟までやって来たってこと?次の授業、絶対遅れるだろ。それも理事長特権ってやつなのか?
「俺の案件だ。お前は見ていればいい」
「あ、ありがとうございます!ターナーさん!」
何言ってんだコイツ等。案件ってなんだよ。
どこの企業の社畜さんなんでしょうかね?
「昼まで待つと昼飯やらなんやらで他の生徒の邪魔が入りやすいからな。この時間なら屋上は誰もいないだろう。来いよ」
「ふむ……」
「ふむ……って、テメー……俺の事舐め腐りすぎだろ!スカしてんじゃねぇぞコラぁぁ!こっち向きやがれ……ぐえっ」
やれやれ、だな。
「タ、ターナーさん!てめぇ!こんなところで魔力解放してんじゃ……ぐえっ」
いい加減うざくなってきた俺は、座ったまま両手をかざし、魔力の鎖でターナー他1名の首を締め上げた。
まったく。ギャーギャーギャーギャーうるさいんだよ。デカい声出すなってんだ。みんなこっち見てるじゃん。俺は目立ちたくないんだよ。それにこっちはさっきモモチ先生に怒られて気が立ってるんだ。静かにしてくれないか?読書の邪魔だし。
「おい、アレはさすがにまずくないか……」
「ビエル君、やりすぎだって……」
「誰か先生読んで来いよ……」
「いやアイツらイキりすぎだからいい気味」
「ちょっとざまぁって感じで気持ちいいかも」
クラス内の賛否の声は聞こえている。案外、肯定的な意見もあるようでよかった。
まぁ安心してくれよ。ちょっとお灸を据えるだけだから。頸動脈締め上げてるからそろそろ落ちるはず。3、2、1……。
ボトリ
よし!これで静かになったな。さて、本の続きを読もう……
「ビエル君。職員室まで来るように」
「あっ……」
嘘っ!?さっき教室出ていったじゃんか!なんでモモチ先生が戻って来てるんだよ!ケンカが始まったと思って誰か先生呼びに言ってたの?てか、すぐ真横まで迫られていたことに全然気が付かなかった。気配消してたのかな。
……特級錬金術師、やるじゃん。
「ビエル君」
「はい。すいませんでした」
いつものハイテンションを封印し、明らかに冷徹になっているモモチ先生。
彼女の職員室への連行宣言は教室内の空気を凍らせていた。




