第25話 憂鬱(ラヴィ視点)
「はぁ……」
「ラヴィ様。ビエル様とお別れしてから、これまで一体何千回ため息を付いていらっしゃるのですか?幸せが逃げてしまいますよ」
「し、知らないわよそんな事ッ!ため息じゃないし!深呼吸だし!」
いくら取り繕ってみせていても、ヴァンにはいつも私の真意を見抜かれる。
リベリアに鍛えられていた魔女の住処から魔王宮に帰ってきてからもう半年近くが経過した。魔族にとって半年はとても短い期間ではあるけれど、ビエルと別れてから今に至るまで、我の心は未だに空虚な穴が空いたままだった。
我の名はラヴィ。魔王ゼルビアの長女で、ゆくゆくは魔王になる宿命を背負ったか弱き乙女。年齢は人間換算で言えばだいたい二十歳そこそこの歳になる。
ただ、魔族の寿命は人間の5倍~10倍くらいはあるので、この魔王宮では私はまだまだひよっこ。魔王の娘ということで偉い立場ではあるけど、魔王軍の幹部たちにしてみれば我はまだ子供だ。ちなみにヴァンの年齢は人間換算で五十歳くらいだ。
「ビエル様は立派な冒険者になられていました。ラヴィ様も早く一人前の魔族になれるよう、しっかり魔術の修行に集中して強くなっていただかなくてはいけません」
「わ、わかってるわよ。うるさいわね」
ヴァンは立場上そういうことを言ってくるのはわかるけど、何回も何回も同じことを毎日毎日言われ続けると腹も立ってくるよね。すでに耳タコだよ。
「いえ、ラヴィ様。私もお気持ちは私もわかるのです。ビエル様、私がガレスウッドでお会いした時は、近いうちに魔王宮へ遊びに来ていただけるとお約束していたのに。あれから約半年近く、一向に来る気配すらありませんものね」
「でしょ?そうなのよ!アイツの足なら一日あれば魔王宮ぐらいすぐ来れるのにさ。なんで来てくれないのよ?もしかして、我のこと忘れちゃったの?」
言っててちょっと泣きそうになった。
ビエルの奴、めちゃくちゃ頭いいけど結構忘れっぽいところとかあるからさ。我のこのモヤモヤした気持ちなど無視して、人間の雌とイチャコラしてるのかと考えるだけで……
「ラヴィ様。魔気が盛っております。お鎮めください」
「あ、しまった!我としたことが……」
訓練でもないのに魔気を高めることに意味などない。それこそ無駄な労力。
くそー!全部ビエルのせいだかんね!
「以前から度々申し上げておりますが、ラヴィ様のほうから一度ウォーレンへ出向かれてはいかがですか?ビエル様はきっと、お忙しいのです」
「そ、そんな事できるワケないって前から言ってるでしょ!バカヴァン!!」
「まぁ確かに、貴女様が人間の住む街を訪れるとなると、それ相応の政治的手続きが必要ではありますが……」
「プライドの問題よッ!」
本当は自尊心なんかどうでもいいんだけど、私の憎たらしい口からはその言葉しか発せられない。素直になれない自分に嫌気が差す。
まぁ、別にいいんだけどね。ヴァンがこの間一度ビエルと会って、元気そうにしてたってことがわかっただけでも嬉しかったから。アイツのことだから、待っていればそのうちきっとヒョコっと遊びに来てくれるでしょ。でも……
……はぁ。早く来てよ、ビエル。
「はっはっは!まだまだ子供だと思っていたが、ラヴィもそういう年頃になったのだな!」
「お、お父様」
ビエルと別れてから通算2025回目のため息をついていたら、お父様が我の私室にやってきた。漆黒の長い髪を後ろに流し、頭には年季の入った巨大な角が伸びている。彫の深い目鼻口。皴の数だけ苦労はあるのだろうけど、逆にそれが威厳となってなんとも言えない威圧感を醸し出している。
人間換算で言えば六十歳くらいの年齢で衰えは隠しきれないが、それでも未だに筋骨隆々の肉体には若干の恐怖さえ感じる。
魔王ゼルビア。我の父。
今は平和だからお父様が戦う姿は見たことないけど、ヴァンの話だと全盛期の父は全ての生きとし生ける者が恐怖でおののくほどの絶対的な力を有していて、人間も魔族も誰も逆らえなかったらしい。
「実は3日後、そのウォーレンで会談があってだな。ラヴィ、そんなにビエル君と会いたいのなら、お前も一緒に来るか?大義名分があれば、お前も来やすかろう」
「えっ!本当ですか、お父様!?で、でも……」
確実に動揺している自分に腹が立つ。
なんで我がビエルの事くらいでこんなにもソワソワしなきゃいけないの?全部アイツのせいなんだから、次会ったら絶対タダじゃおかないんだからねッ!
「私も前々から一度ビエル君には直接会ってみたいと思っておった。魔王軍の幹部に手傷を負わせられる人間などそうはおらんからな」
「魔王様。私、結構傷ついていたんですから。その件は……」
「おっとスマンスマン。まさか人間の、しかも子供の蹴りでガードした右腕を粉砕されるとは思わなんだものな、ヴァン」
ヴァンがビエルと再会して攻撃を仕掛けられ時、防御した腕を無惨に破壊されたことはヴァンから直接聞いていた。お父様や他の幹部連中は騒然としていたが、我だけは大した驚きもなかった。そう思わせるくらい、ビエルは旅立った時すでに規格外の強さをすでに体得していたことを、我は身を持って知っていたからだ。
あれから半年。ビエル、お前はさらに強くなっているのだろうな。
「おっとそんな話をしにきた訳ではなかったな。どうだ、ラヴィ。一緒に来るか?」
「……少し、考えさせてもらっていいですか?」
「意外な答えだな。ラヴィ、私は人間と魔族の恋路を邪魔したりはしないぞ。そう言う事も最近では増えていると聞いている。まぁ、本質的には相容れぬ者同士かもしれぬが、そういうものも乗り越えてこその真の和平!私は応援しているぞ、ラヴィ」
「もう、お父様!そんなんじゃないんですから!あー……そ、そうだお父様!会談はどうしてウォーレンで開かれるのですか?そういうのって普通王都とか大きな都市でやるものなんじゃ……」
よくわからない恋バナに発展しそうな予感がしたので、半ば無理やり話を変える我。もうこの件は正直、そっとしといてほしい。
「ああ。ウォーレンの前の領主が半年前に失踪し、今の領主になってからまだ一度も挨拶に行っていなかったものでな。ちょうどいい機会だから、今回の人魔会談はこちらからウォーレンを指定させてもらったのだよ」
「例の件もありますしね……」
「ヴァン」
「失言でした。申し訳ございません、魔王様」
ヴァンがお父様に睨まれた。これまでの柔和な雰囲気とは打って変わった厳しい目つき。ちょっと怖い。ヴァンはここでしてはいけない話をしてしまったのだろう。
ただ、我は察した。
ヴァンがガレスウッドの調査任務から戻った時、冷凍したオークキングの頭を魔王宮の研究施設に検体として提供した事実は知っている。ウォーレンはガレスウッドに取り囲まれるように隣接する広い森。そのウォーレンの前領主が半年前に失踪。
この事実を繋ぎ合わせるだけでも、あの中堅都市とその周辺でなにかよからぬことが起きているのだと推察できる。
ビエル……
ちょっと心配になってきた。
「あ、お父様!やっぱり我も一緒に行きます!」
「おお、そうかそうか!恋は猛進!機会を逃していては一生いい恋はできんからな」
「もう!しつこいですよ、お父様!」
いい加減腹立ってきた。
おじさんってこういうところあるから娘に嫌われるんだぞ。気づけよ、父。
「はっはっは!スマンスマン!だがラヴィ、会談には参加してもらうぞ?まだ子供とはいえ、お前は私の後を継ぐ魔王の後継者。早めにそういう政治的な会談の場も経験しておかねばならんからな」
私を連れて行きたい真の目的はそっちなのだろう。まぁそれは別に構わない。むしろ好都合。さっき考えていた推察を補足する追加情報を得られるかもしれないし。
「はい、お父様!」
「あとビエル君に会う時は私も一緒に行くからな。将来ラヴィの旦那さんになるかもしれない男の顔は早めに見ておきた……いや、そんな顔しないでくれ、ラヴィ」
いい加減にしなさい、父。
「少し前の情報になりますが、ビエル様はリゼリア様のお弟子様の工房でお世話になっているそうですよ」
さすがはヴァン。もうそういうことは調べてあるんだ。
てか知ってるんだったら教えてよ!
「よし、それでは3日後の早朝、日の出前に出立する。準備しておけよ、ラヴィ」
「了解しました、お父様」
そう言い残し、私の部屋を去る父とヴァン。
ようやく1人になれる時間が訪れた。
「ビエル……」
思いもよらぬ形で、我はビエルに会える機会を得た。
悲願の再会。本来であれば心が躍るような予定になったんだけど、どうしてもさっきの話の展開から一抹の不安がぬぐえない。
「なにもなければいいんだけど……」
3日後、中堅都市ウォーレンの現領主が住む辺境の城で、人魔会談が開かれる。




