第24話 おめでとう!
どれだけ試験結果に自信があろうとも、合格発表当日は胸の高鳴りを押さえることはできやしない。ましてそれが、王都セレスタインにある魔術学院[ヘルボーガン]の合格発表であれば、なおさらだ。
「……あった。やった!」
自身の受験番号は当然、覚えていた。校門前のホワイトボードに張り出された数字の羅列を上から順に目で追うと、22番目に俺の番号は書かれていた。
「まぁ、自己採点では全部合ってたしな。実技試験もノーミスだったし」
個人的には満点合格のつもりでいる。獲得した点数までわかるワケじゃないから、それは学院のみぞ知るってところだろうが。
あ、俺の事はもういいか。
魔術科の合格発表がどうなったかのほうが気になる。
魔術科のホワイトボードは、ここから少し距離を置いた東側にある。と言ってもあっちの様子はここからでも確認できる。あの人だかりがそうだ。魔術科のほうが受験生は多いから、悲喜交々の人間模様は錬金術科とは比べ物にならない様子だ。
さて、ユーリちゃんはどこにいるのかなっと。エリザさんも一緒だし、たぶんすぐ見つかる……あ、いた。
「ユーリちゃーん!エリザさーん!」
「お、ビエル。結果はどうだった?」
「楽・勝!」
「そうか!おめでとう!」
俺の呼びかけに気付いたエリザさんの元に駆け寄り、合格の知らせを告げる。軽くエリザさんと喜びを分かち合い、すぐに隣にいたユーリちゃんの様子が気になった。
「……ぐすん」
「えっ、嘘。まさか不合格……」
「まったく。ユーリの奴、最近涙もろ過ぎじゃないか?合格だよ」
「……えっ?」
「ユーリも合格だ!2人とも本当によく頑張ったな!心からおめでとうだ!!」
い、い、いやったぁぁぁぁぁ!!
ユーリちゃんも合格したぁぁぁぁ!!!
マジでガチで心底ありえないくらい嬉しい!!いやー試験30日前から彼女のサポートをしてあげて本当に良かった!!自分の事より正直嬉しいよ!!
「おやおやぁ。そこではしゃぎ散らかしている高テンションボーイは、新米冒険者のビエル君じゃないですかぁ。あら、ユーリちゃんは泣き虫ガール?。キミたち、見事合格できたみたいだね!」
「あ、モモチさん」
感情爆発させてワッショイしてたら、この学院の錬金術科教師、特級錬金術師のモモチさんに見つかってしまったようだ。先日会った時と同じように、デカい眼鏡を鼻からずらし、上目遣いで俺のパーソナルスペースに詰めよってきた。
「おいエロばばぁ。私を無視するな」
「ピチピチの17歳女子(自称)をエロばばぁ呼ばわりするババァはお前か、エリザ」
あれ?エリザさんとモモチさんって旧知なのか?明らかに初対面ではなさそうだ。
「私のかわいいビエルの担任が、貴様のようなアバズレ鯖読み女でないことだけは、神に祈っておかねばならんようだな」
「なんでアンタがこんなところにいるのよ、エリザ」
「ん?知らないのか?ビエルとユーリは今、私と一緒に住んでいる」
「な、な、な……なんですってぇぇぇぇ!!」
モモチさんに錬金術師ギルドで会ったことはエリザさんに話していたから、エリザさんがここでモモチさんと出会っても特に驚きはないようだった。逆にモモチさんはエリザさんの事を知らなかったようで、とても驚いていた。
「(う、うらやまけしからん!)」
「ん?なんだエロばばぁ。言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうだ?」
「べ、別にうらやましくなんか、ないんだからねッ!!」
羨ましいんだ。
「気をつけろよビエル。この女は……」
「ああ!!エリザ!!ねぇあそこ!!理事長!!」
「お、ちょうどいいところに。これから二人が世話になる学校のトップだからな。ちょっと挨拶しておくか」
まるでこうなることが予見されたかのように、エリザさんは俺たちを置いて理事長と言われた人の元へすぐに挨拶しに行った。エリザさんの動きを完全に読みきったこの対応。モモチさんはエリザさんの性格を知り尽くしているようだ。
「あ、あぶなぁ!ふぅ。それじゃ、ビエル君にユーリちゃん。私、忙しいからこのへんで。アナタ達がこの学園へ通う日を楽しみに待ってるわ!では失敬!」
陽気に去っていくモモチさん。ちなみに彼女が若い男女に並々ならぬ思いをもっているってことは、すでにわかっている。
「あ、相変わらずテンションの高い方ですね……」
「モモチさんが担任だったら、楽しそうではあるんだけどね……」
嫌いではないけれど、なんとなく少し苦手なタイプだと会った時から思っていた。モモチ先生、担任じゃないほうが正直ありがたい。
……ん?
さっきエリザさんが挨拶しに行った理事長の取巻きが数名、こちらに近づいてきている。周囲を警戒しながら歩いて来る大人2人は護衛。その中央を偉そうに闊歩してくる、だらしのない体型をした若い男はその雇い主といったところか。
「うっわ。めっちゃ手ごろな可愛い子ちゃんがいるじゃん!ラッキー」
とても失礼な物言いで近づいてきたので、以後ヤツの呼称はブタとする。ユーリちゃんに向かって「手ごろ」とは何事だ。食べごろのブタが、俺の親友を貶める失礼発言をすることは許されない。
「手ごろって親しみやすいってことでしょうか?」
「いや、軽い女だって言われてるよ」
「はぁ?なんで私があんなクソブタに、初対面でそんな事言われなきゃいけないんですか!」
ユーリちゃん……俺ですらクソはつけていないのに。相変わらず、ユーリちゃんのサイコパスっぷりはご健在のようで。
「おい貴様等!理事長のご子息に向かってなんだその言い草は!」
「ブタ箱に入りたくなけりゃ土下座して深く詫びを入れることだな!」
喚く護衛たち。いやさらっとブタ箱とか言うのも、今の状況だと言葉のチョイスを誤っているとしか思えないぞ。てか、なんだコイツ等。偉そうに。
「お前らぁ……俺はこの学院の理事長の息子、ターナー様なんだぞ!今の発言、全部お父様に言いつけてやるんだからな!お前らみたいなカス共、お父様の力を使えば簡単に……」
「ターナー。大人しくしていろと言ったはずだが」
「お、お父様……」
どうやら俺たちのひと悶着に気が付いた理事長が、大量の護衛達と共にいざこざの仲介に入って来たようだ。エリザさんも一緒だった。
「ビエル。あれほど学院では大人しくしていろと……」
「いや、俺はなんも言ってないよ」
「違うんです、師匠!どうやらこの学院には人語を操るブタの魔物がいるようで、私達はそいつをデストロイしようとしただけなんですッ!」
デストロイしようとしてたのはユーリちゃんだけです。
「お、お父様ぁ。あのクソ女が酷い事ばっかり言うんです。あんな奴らの入学なんて認めちゃいけませ……」
バチコォォォン!!
えっ?
「お、お父様……」
右手で頬を押さえるブタ君。今、理事長から結構強烈なビンタ喰らってなかった?
「仮にも実力で魔術科の入学を決めたお前が、低俗な挑発で心を乱すな。というより、お前が先に仕掛けたのだろう?私が見ていないとでも思ったか」
「いや、俺はなにも……」
「エリザ殿、申し訳ない。ウチのダメ息子が粗相をしたようで」
「いや、理事長。ウチのバカ共も度が過ぎています。しっかり教育します故、今日のところはおあいこということで、御容赦を」
「お互い、不詳の子を持つと精神が擦り減りますな」
「同感です」
大人の会話をしているようで、理事長もエリザさんも顔は笑っていない。内心、腸煮えくり返っているんだろうな。無礼だろうと、可愛い自分の子供たちがバカにされる様を、心穏やかに眺めていられる親はいないと思う。エリザさんは実の親じゃないけど、実質親みたいな存在だから。
「では、我々はこれで失礼させてもらいます。ターナー、行くぞ」
「……クソ共が。覚えていろよ」
捨て台詞吐いて帰りやがったな、あのブタ。
確か理事長がヤツは魔術科に合格したとか言ってたな。俺は錬金術科だから無視できそうだが、ユーリちゃんはもしかしたら同じクラスになる可能性もある。ああいうヤツはねちっこいから、俺がしっかりユーリちゃんを守ってやらなきゃいけなくなったな。やれやれ。面倒だけど、ほっとくわけにはいかないしな。
「次会ったらカッチカチに瞬間冷凍して屋上から叩き落としてやるんだから覚悟しときなさいよッ」
「……」
うん。ユーリちゃんはホントにデストロイしちゃいそうだから、俺がしっかり見張ってなきゃガチでデンジャー(危険)だな、コレ。




