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「ここで何をしているの、ラグ?」
双子の片割れは、我が家であるかのように、結婚式場を歩き回っては、新婦に与えられた部屋を物色していた。
「これからお母様がお父様と結婚するから、いずれ私も参考にしようと思って。来週、デートなの」
「デート……」
娘の成長ぶりはたくましい。
王国から見れば田舎でしかないうらぶれた公国にやってきて数か月。
環境の変化に戸惑い、まだまだ慣れないのかな、と思っていたらいきなり、恋人の存在が飛び出してきた。
驚きに包まれて、支度を整えるのを手伝ってくれているスウェイを見る。
結婚式から披露宴まで一つの建物内で行えるこのホテルはスウェイのお気に入りで、彼女の恋人ディロンが働く魔族の航空会社が経営するものの一つらしい。
本日はコバルトブルーの空の下、少しばかり肌寒さを感じる結婚式となりそうだが、ディロンのおかげで、いくつもの会場を用意し、参加者をそれぞれに移動させる手段を講じる必要がなくなった。
「そろそろ、式の御時間です」
案内の係員が、そう告げてくれる。
わたしとっては二度目の結婚式。
一度目は親族だけのささやかなものだった。
二度目はどうだろう。
こちらの親族は子供たちも含めて、四人だけ。
あちらは、学校の副校長から教師陣、はてはわたしが受けていた通信教育を担当した講師のかたがたまで、参列してくれた。
これもすべて、主人の人徳のおかげだろう。
「さ、奥様。今度こそ、本当の幸せの始まりですよ」
「スウェイ、あまり押さないで。ラインが目立つ――」
「ふーむ。それもこれもはしゃぎすぎたせい」
と、わたしの少しばかり出始めたお腹を見て、スウェイは喜ばしそうにはにかんだ。
空に浮かぶ白を模したようなパールホワイトのウエディングドレス。
肩口を大胆に開いたそれは、腰辺りで締め付けるデザインになっている。
最大限緩めて貰った状態で、コルセットを調節して体のラインを緩やかに控え目にそれでいて美しく優美に飾り立ててくれている。
ふんだんに使われたレースの生地には白いバラを模した刺繍が胸元に華やかさと厳かな美しさをたたえていた。
一人で歩くには難しいふんわりと膨らんだレースの裾を、ラグとカイエが揃って持ってくれる。
彼女たちの付き添いがなければ、わたしは通路のどこかで裾を踏んづけて転げていたに違いにない。
「お母様、綺麗!」
「本当! どこかの国のお姫様みたい!」
褒め称えてくれるその言葉をありがとうと受け止めて、子供たちも本当ならばそのお姫様として生きることができたのに……、と申し訳なさが心に生まれる。
あれからエドワードは捕まり、その後はようとして知れない。子供たちのためにも、情報は仕入れようとしなかった。
赤い屋根の教会に向かうと、参列者で溢れかえっていた。
中にはあのエントス夫人だったパーシャ様も顔を見せてくれて、あとから話を訊くとそれは大変な苦労があったのだとか。
式は野外に場所を移し、花嫁と花婿はそれぞれ、互いの道を左右の裾から歩いてきて、中央に立つ司祭様の前で歩を止める。
闇の神と光の女神は、この世界を作られた神々の王に、忠誠を誓い、夫婦となった。
その神話を模しているのだ。
互いの名を司祭様に呼ばれ、口上を述べて指輪を交わし、誓約のキスを交わす。
会場が歓喜の叫びで祝福され、辺りにさまざまな色鮮やかな花たちが舞った。
ちょいちょいと袖口を引かれた。ラグだ。
「お母様、あれ!」
と、そう言われ、娘の指さす方向をみると、そこにはわたしの名前が、空一面に描かれていた。この結婚式にパーケッジされているサービスだとは聞いていたけれど、これほどのものとは想像していなかった。
「あなた!」
「いいでしょう? 夫婦になって私からの最初の贈り物ですよ、リシェル」
そう言われて、もう一度、キスを奪われる。
その宣言は強引で、傲慢で、それでいて世界の誰よりも心を通わせることのできるものだ。
たった一人の、わたしだけが愛せる男性がようやくそこにいてくれるのだ。
そして家族たちも……。
夫の宣言は空へと描いたサインだけではなく、短い冬の日が落ちて細い月が出てきたことで、更に証明された。
彼は結婚式に際して、国に特別な許可を取り、その有り余る才能を生かして、わたしと子供たちに空の一角から眩いばかりの流星群を降らせてみせた。
もちろん、それは幻覚であり本物ではなかったけれど、月と流星群が交わるその幻想的な光景を忘れることは二度とないだろう。
「おおっ! いいなあ、私も早くなりたいなー」
「スウェイはもうすぐだから、頑張って!」
「でも、カイエ様! あの人、忙しいからって」
と、本日はどうしても仕事の休みが調整できなかったらしい、スウェイの恋人ディロンは欠席だ。
私にはいつ、幸せが来るんだろう、と次女に慰められながら、ぼやくスウェイはしたたかに酔っているらしい。その手には、黄金色に輝く中見のスパークリングワインのグラスが、握られていた。
「彼女も相変わらずだな」
「そんなこと言わないで。わたしたちに訪れたんだもの、スウェイだって幸せになるわ」
「そうだね、リシェル」
わたしは夫と組んでいた腕を解くと、その手にしていた花束を誰に渡そうかな、と周囲を見渡して、その相手を決めた。
未婚者の彼女たちがじっと期待感に満ちた目で、わたしの行方を追う。
そこにいるのは、もちろん……スウェイだ。
「奥様、リシェル。おめでとう、本当に……おめでとう、リシェル!」
本日のスウェイは可愛らしくパステルピンクのワンピース。胸元には大きなリボンが付いていて、彼女の魅力を惹きたてている。
こんな美しい恋人を置いたまま、仕事にでるなんてディロンはひどいやつだ、と冗談めかして言いながら、彼女の抱擁を得た。
「ありがとう、あなたがいてくれなかったら、ここにはやってこれなかった。どんな困難にもあなたとなら打ち勝てた。わたしに幸せをくれてありがとう、スウェイ」
「そんな、私だって、ちゃんと幸せになりますから」
「そうね。だから、これはあなたのものよ。次はスウェイが結婚をするの!」
そう言って、わたしは花束を彼女の手に無理やり、押し付けた。
いただけません、とか拒絶されたら嫌だったから。
感極まったのか、スウェイの涙腺はもろくも崩れ、ぼろぼろと大粒の涙がでてきて、カイエがよしよしとそれをハンカチで拭いてやる。
「絶対、幸せになるんだから!」
大空を見上げて宣言。
それは飛行船で働いている恋人に届けばいいと、願ってのことだろう。
銀と金の狭間にある月の鈍い光が、沈みゆく紅の光景とあいまって、他では見れないような神々しい輝きを放った。
それはこれまで強いられてきた苦境からようやく幸せになる準備が整ったのだ、と闇の神がわたしに告げたような気もして、いえようのない感慨に耽ってしまう。
夫の手に肩を抱かれ、わたしの新しい幸せはこうして始まった。




