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 あれから、半年ほどが経過した。


 事件の翌朝に旅程を変え、急行列車で次の飛行船が発着する駅まで目指した後、そこから飛行船に乗りかえた。飛行船は魔族が運用していて、そこには魔族の国に属している大勢の獣人も働いていた。


 これにはスウェイが驚きを隠せなかったようで、いろいろと従業員と会話をして情報を交換していた。

 そのうちの男性の一人とは、今ではとても仲の良い友人らしい。

 彼がオルブレイトを仕事で訪れるたびに食事に誘われていて、仲の良さにはこちらが妬けてしまう。

 わたしにもあんな男性がいてくれたらなあ、と思うも、まずは子供たちを迎える準備を始めた。最初にしたことが家を買うことだった。


 オルブレイトの物価は王国より、三割増しで高いくらい。

 父親から贈られた金貨が役立ち、広くて古い屋敷を市内に購入した。

 生活がある程度落ち着いてみたら、今度はカイエの行き先を調べなくてはならず、し。リグとラグの転校の件も含めてわたしはブレア先生を、市内の帝国学院分校に訪ねることにした。


「卒業生の、リシェルと申します。王国の出身で、ブレア校長先生の門下生です」


 と、受付で告げ、待つことしばし。

 最後に魔道具を介して会話をしてから、五年近い歳月が経過していた。

 最初に教えを受けたときは十代だったブレア先生は、いまでは三十代の大人の男性へと姿を変えていた。


「リシェル! まさか、本当に会いにこられるなんて、驚きだ。あの穴倉から抜け出られたのだね」

「先生! はい‥‥‥ようやく、お会いできることが叶いました!」


 他人と交わした約束をこれでようやく一つ果たせた。

 ブレア先生と再会できたことは、わたしにも生きる意味がある、生きる権利があるのだと、あらためて自信をくれたのだ。


「先生、子供を取り返したいのです」


応接室に通されてこれまでどんなことを経験して来たのか、それを先生に伝えた。

 訪れたのは昼前だったのに、気づけば外は薄暗くなっていて、四時間か五時間か。それ以上かもしれない時間を、先生はいきなりやってきたわたしに割いてくださった。


 リグとラグことはどうにかなるかもしれない、と先生は仰ってくれて。

 それは数か月後に二人の転校という形で、実現した。

 だけど、カイエの行方だけはどうしても判明しなかった。


「リシェルから連絡を取れば、居場所を伝えることになる。それは賢くないですね」


 先生はそう言い、帝国学院の名義でいろいろと各方面を当たって下さった。自分の子供のようにカイエのことを心配してくれて、わたしは何度もその温かさに泣きそうになった。

 でも、あの子はまだ幼くてわたしよりももしかしたら辛い目に遭っているかもしれないと思うと、それは瞳から零れて落ちることはなく。


「この国で子供たちを扶養していくには、どうすればいいでしょうか、先生」


 そうこれから先の相談をすると、先生は困ったような。微妙な笑顔を浮かべて「聞こえていますよ」とおっしゃった。

 最初、その意味はわからず、わたしはきょとんとして小首を傾げる。


「先輩から、あなたの功績を聞いています。墨色の治癒師をよく育て上げた、とね」

「あ。ああっ。あれは、その――っ!」


 あの魔導列車の一件か、と理解して恥ずかしさで頬が紅潮していくのが手に取るように分かった。

 まさか、あの件が伝わっていて「墨色」なんて二つ名がこの市まで響いているなんて、そう思うと彼の顔をまともに見ることができない。

 先生は意地悪く提案する。


「市内でも有名になっているようですね。列車で助けられた人たちがあちこちで触れ回っているとか。いい宣伝になっているように思いますよ、リシェル?」


 治癒師の免許もあるし、いま住んでいる屋敷で開業してはどうかと誘われていたのだ。

 ついでに帝国学院との提携医院というお墨付きまで頂いて、とうとう断り切れず‥‥‥わたしは、屋敷の改装が済み共に暮らしていた双子ちゃんとスウェイの声援を受けて「治癒師ラバンシア」の看板を出すことになったのだった。


「リシェルの腕は上々だと、街中でも評判ですよ」


 半年が経過したころ、スウェイは街中でそんな噂を聞きつけては、毎日のように報告をしてくる。

 双子ちゃんたちは九歳となり、リグはまだまだ諦めも悪く剣の勝負を挑んでくるし、ラグは学院で習ったさまざまな魔法を試そうとして、スウェイの尾の先を魔法で焦がしたらしく、延々と怒られてしょんぼりとしていた。


「あとはカイエ様だけ‥‥‥なんだけど、ね。ないですね、情報」

「エドワードが養子に出したから、あの人なら分かるだろうけれど。でも‥‥‥」


 どうしようかと思い、今一つ、動きが取れないわたしがいた。

 あの忌々しい男爵夫人の情報ならこんなにもあるのに、とスウェイが王国の新聞を持ち出して見せる。

 そこには新たに男爵夫人となったあのエルスティーネが大々的に特集されていた。魔眼を持ち、正当な光の神殿の血筋であり、神殿を統括する貴族たちの信頼を集めて、光の聖女の存在意義を論じたという、宗教裁判のようなものが一面を飾っていた。


 カミーナの聖女説を覆す新たな神託だのなんだの‥‥‥あのまま王国に残っていたら間違いなくわたしたちは闇に葬られただろう、そんな内容の記事だった。


「失脚しましたね、エドワード様」

「知らないわ‥‥‥関係ないし」

「それはそうですが」


 病床に伏していた父が死去し、その跡をエドワードが継いだとも記事には書かれていた。

 お父様の最後を見届けたかったけれど、もうそれもできないと思うと、人の縁ははかないものだと感じる。

 父の訃報を聞いて、あんな酷い仕打ちを受けても、やはり肉親の情というのは消えないのだな、と数日ほどぼんやりとして治癒師の仕事に身が入らなかった。

 ようやく立ち直ったころにブレア先生から、魔道具に通信が入る。それは嬉しい吉報だった。


「どうしました、先生」

「リシェル、吉報です。カイエが入学してきましたよ」

「……え」


 入学? どうやって? 貴族の子供で――あるだろうけれど‥‥‥なぜ、帝国学院に?

 多くの疑問が脳裏を飛び交う。先生は「来週、彼女がこちらに来ます。会えますね」とのんびりと、安堵したようにおっしゃった。

 カイエに会えるということがあまりにも衝撃的で、わたしの心は上の空のようになってしまい、「はい、会います」と抑揚のないものになってしまった。


 あの子に会える、最愛のカイエに。

 ただそう思っただけで、頬を熱く伝うものがあることに気づく。


 その喜びに、わたしは涙を流して驚いていた。



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