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列車がトンネルに侵入するまであと五分足らずです、というアナウンスが車両に流れる。
伝声式の魔導具をそこかしこに着けているのだろう。
さすが上級層の車両だと感心しつつ、最新設備の便利さを目の当たりにして、わたしたちは食堂車まで戻った。
これで一端の脅威は去ったことになる。
食堂車でエントス夫人は変わらず、同じような取り巻きに囲まれていて、笑顔で談笑するその様がどこか羨ましく、どこかに憎らしい。
下手すれば、最後尾で心に沸いた闇属性を排除しようとする上級層たちの思惑に殺意が沸きそうになるが、子供たちの顔を思い浮かべてなんとか押しとどめた。
もうすこし。
あと一時間もすれば、帝国に入り、自由が待っている。
三両目の自室に戻るまでそれでも誰に向けられるとでもない理不尽な怒りは収まらなかったけれど‥‥‥。
「トンネルのなか、真っ暗かのかしら」
「それはそうでしょう」
スウェイが閉じた車窓から向こう側にこれから数分後にやってくるだろう闇を覗きこもうとしているのがどこかおかしくて、彼女の尾は闇に魅かれるのかふわふわと左右に揺れて興奮しているように見えた。
いつもあの尻尾を大事そうに握っていたカイエのことを思いだす。
里子に出たあの子を、まずは一番に取り戻さないといけない。
そこまで考えたら、やはり、公国に行くだけでは物足りない気がした。
親権を譲り受けたものの、カイエだけは他家の養女になったから。
もし、あちらの親が彼女を可愛がってくれているとしたら。
ただ戻して欲しい、と願うだけでそれは適うだろうか。
望みは薄く、とても形にならないように思えてしまう。
「どうしよう」と口の端に漏らしたら、スウェイはおや? と不思議そうにこちらを見ていた。
「どうしました、なにか仕損じましたか」
「違うわよ! ‥‥‥そうじゃなくて、王国を出たら、もう爵位もないじゃない。あの国の中に対する影響力もなくなる」
「うーん。確かに。でも、出るときに分かっていたことではないですか」
「――うん。カイエだけでもさらってくるんだった」
後悔めいた口調でそう言うと侍女はふーむ、と目を半分にして闇をにらみながら一計を案じたようで。
なら、と名案を思い付いたのか、にんまりと笑って言った。
「せっかく助けたのに、さんざんなことを言われましたし。紋章関係で、こっちが襲撃されましたし。自分たちの身を守るためにとはいえ、さっきまでの行為は――彼女にとっても寿命を伸ばしてあげたことになりますし」
「何よ。恩返しさせようっていうの」
「まあ、そういうことで良いのではないか、と。襲撃とかその辺りは仄めかしても良いですし、救った礼をしろ、と要求してもよいかと思います。どちらにせよ、金貨十枚程度では身分に対して安すぎる命の代価ではないですか」
「はあ‥‥‥。貴族として生きてきたわたしにそれは絶対、言えない言葉よ。ときどき、スウェイが凄いって思うわ」
「呆れたように言わないで。リシェルだけが成長したわけではないのでー私だって、カイエ様をずっと一緒に過ごしたいもの。誘拐してでも連れて来るべきだったという思いは分かります。そこまで思うなら、そうしないと」
「……うん」
願いを適えるなら、そのためには行動しなければならない。
こちらに来てもらうよりも、彼女の客室に向かう方が現実的だろう。
あらためて七両目まで下るなら、あらかじめ時間制限をかけておいたスキルの解放をしながら歩いた方が、行く手を阻む邪魔にも出くわさない気がした。
「では、行きましょうか」
「待って。行くのはいいけれど‥‥‥タイマーを早めるから」
「は? あれはもう少し後にするのでは」
「トンネルのなかを通過するまでに、なにかが前から襲ってきて‥‥‥ってしたほうが、わたしたちには影響が少ないと思わない?」
えええ……、とスウェイが困惑していた。
「ならさっさと行かないと。私達が移動したからそうなったのだ、とか言われそうで怖いですよ」
「そうね。行きましょうか」
そう言い、わたしは立ち上がると――まずは、タイマーを最初の客室から解除していく。
わたしたちが七両目を訪れたあとに、幾人かは地獄を見ることになるだろうから。
もしかして、治癒の魔法を求められたりしないわよね? なんて思いながら、客室を出てエントス夫人の客室を目指すことにした。




