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これまで『隠匿者』を発動させたまま、長い距離を移動した経験が、わたしにはない。
それは常時誰かの視線がこちらに向けられている環境で生活してきたからだった。
地下室にいたときもそうだし、結婚してからもそう。
地下にいた時はスウェイを困らせるようなことになってはいけないと考えて、唯一の気心の知れた友達を失うようなことをしたくなくって、スキルを使って檻の中から抜け出すといった冒険を試みたことはなかった。
結婚してからもそうだ。
子供たちが常に側にいたし、このスキルを使うことで闇属性を持つ忌まわしい存在だと、誰かに余計なことを吹き込まれるようなことは、控えなければならなかった。
もちろん、わたしが闇属性の神に疎まれた存在で、世間からも隔離されなければならないそんな女だったことは自覚している。
ただ、子供たちにまで心無い誰かが、善意という名の悪意を持って、「あなたの母親は――」などと言われたくなかったのだ。
いつかは子供たちも大人になれば現実を知るだろう。
そうなったとき、家族がそうしたように母親に嫌悪感を抱き、憎悪の眼差しで見られても仕方がないと思っていた。
でも、それは今じゃない。
今ではないことだけは、確かだとわたしはそう自分に言い聞かせていた。
どんなトラブルに巻き込まれても、主体的に動こうとすることはないようにしようと自制してきたのに。
「他人からまさかのこんな仕打ちを受ける展開なんて、ですか?」
「は? ああ、うん……なんで」
心のなかで悶々とした感情を抱いていたら、スウェイにその思いは看破されていた。
時折、うちの侍女は他人の心を覗けるスキルでもあるのではないか、と思うほど。
あいにく、わたしの三種類のスキルを使って調べても、スウェイには闇属性だけれどスキルはない、という結果が随分前に出て、彼女をがっかりさせたことがある。
それはさておき。
「お嬢様、たまに自分の世界に入り込んで、考えていることがだだ洩れの時がありますよ。結婚してからはそうでもなかったけど。離婚したから、心に穴でもできたせいかしら」
「穴って‥‥‥あんな夫、いまさらいなくても平気だもの」
「元旦那様ではなく。お子様たちのことです」
「……」
先頭車両までそんな会話をしながら、歩いていく。
向こうからこちらに通路を渡ってきたり、両隣のガラス戸を開けて通路へと足を踏み出す誰かは、幸か不幸かいなかった。
最初の自分たちがいた車両には特にこれといって、危険な思想を持つ人物はおらず。
かといって、さっさと歩きすぎて分析がすぐにできるのかといえば、そこはそうでもない。
一つの部屋に一分程度の時間を用いて、探査、分析、報告という手順を取るから、行く時は右手側。戻る時は左手側。
両側でそれぞれ部屋数が十六程。
合計で一時間近くがかかる計算になる。
これはトンネルを通過する時間を加味しても、オーバーワークだ。
たった一室を調査しただけで、わたしの足は止まってしまった。




