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(先生、いつか。いつか、ご挨拶に……まいります。自由になれたなら。きっと)
(ええ、いつか。待っていますよ。私の賢いリシェル)
自由になれたら‥‥‥それはまさしく、今ではないか。
そう思うと、ゆっくりと心の荒波が収まっていくのを感じる。
「はあっ‥‥‥はあっ。はあ……」
肩で息をしてどうにかそれらを沈めると、わたしはそっと閉じていた目を開いた。
「どちらの御令嬢ですか、旦那様。いいえ‥‥‥エドワード。新たにあなたの愛を射止めた女性は?」
彼は怯えた表情でこちらをにらみ、うっとなりながら言葉を続けた。
それはもう二度と聞きたくない言葉の一つになってしまった。
「君の妹だ‥‥‥。済まない」
「妹? カミーナはまだ十七歳ですよ? あなたはもう‥‥‥まだ大人になりきらないあの子を手にして、どうするおつもりですか!」
「ロメロが! あれが、騎士団長になり爵位を新たに賜った。俺はその跡を継ぐ‥‥‥だから、伯爵家の当主になるには、光の属性が必要なんだ。闇では――誰も付いてこない」
「そんなっ! そんな理由で? ‥‥‥あの子たちはどうするつもりですか。まだ幼い、あの三人はどうするの? カイエは養女になったからまだいいけれど、リグとラグは! 戻る家はここしかないのに‥‥‥また新しい母親をあてがう気ですか?」
悲鳴に近い叫びがわたしの口を突いて出た。
わたしのことなど、いまはどうでも良かった。
子供のことが優先されるべきだ。離縁? そんなことはどうにでもすればいい。
妹? 勝手に娶ればいい。
わたしはまだあの子たちの母親なのだ。
自分が幼い頃、両親にされたような仕打ちを。
心に闇を抱えるような生き方をさせることだけは、絶対に認めるわけにはいかなかった。
「好きにすればいい」
「何ですって! あなた、それでも父親なの? あの子たちの誇れる存在でいようとは思わないの!」
「好きにしろ! あれはもう必要ない。俺には伯爵家という栄光がある。リグも庶民の出だった最初の妻の息子だ。この家を継ぐには相応しくない」
「……呆れた。ならば、好きにさせて頂きます。もうあなたには愛想が尽きたわ」
「勝手にしろ。だが、お前には二度とこの家の敷居はまたがせないからな」
「こんな家! ‥‥‥わたしを拒んできたこんな家なんて、滅びればいいんだわ!」
呪いの言葉を吐いたら、下されたのは彼の拳だった。
平手でないのかと、眼前に迫るそれを見てせせら笑いそうになる。
あいにくと、こちらも武術を学んではいない。
反撃はできなくても、それを交わす術くらいは学んでいた」
「なんっだと‥‥‥!」
「はっ。女一人殴れない拳を振りかざすなんて、騎士も落ちたものね」
「貴様!」
騒ぎを聞きつけて他の家人が集まっていた。
その中にいた執事が、「そこまで!」と制止の声をかけてくれなければ、もしかしたらわたしは彼の腰にあった剣で斬り殺されていたかもしれない。
それほどに、エドワードは激高していた。
「……子供達の養育権などくれてやる。さっさとこの屋敷から出て行け。俺がおまえにこの剣先を向ける前にな」
「ええ。そういたします。でも、もう一つ条件があるわ」
「なんだ! 金か! それとも、土地か? あの住んでいたボロ屋ならくれてやる! ああ、村ごとくれてやる。それで満足か? 金が欲しいなら好きなだけ持って行け!」
そう叫ぶ彼は、書斎の後ろにあった金庫の鍵を回すと、なかから一つ二つ、革袋を取り出して机の上に置いた。
中身は銀貨だ。
その程度のことはこの三年間で知っていた。
けれど足りない。
あと二つだけ、わたしには必要なものがあったのだ。
それを告げると、彼は「なんだそんなことか」とぼやくように言い、こちらの言い分を受け入れてくれた。




